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最終章

第五十三話 己が鏡と共に(11)

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   ◆◆◆

 そして案内された場所、それは裏にある倉庫だった。
 ごちゃごちゃと物が乱雑に積み重なっている。

「……ほこりっぽいですねえ」

 ちゃっかりと途中で合流していたフレディは、素直で不躾な感想を述べた後、

「これがその見せたいもの、ですかい?」

 ある箱を指差しながらルイスに尋ねた。
 これにルイスは「ほう」と素直に感心した。
 もしかしたら、ある点においてはサイラスよりもこのフレディという男のほうが厄介かもしれない、そう思えるほどに。
 なぜなら、フレディはルイスの心を読まず、直感だけで正解を引き当てたからだ。
 ルイスはその荷物を隠していたつもりであった。
 木の葉を隠すのであれば森の中、に近い考え方で。
 上蓋が無いその箱にはがらくたが詰め込まれているようにしか見えない。
 しかしフレディはそのがらくたの積まれ方に違和感を覚えたのだ。
 そしてがらくたに統一感が無い。
 されどゴミ箱では無い、フレディはその事実を箱が置かれている位置から看破していた。
 ゆえにルイスはなるほど、と思った。感知に頼らない、このような探知技術もあるのだなと。
 フレディ特有の経験に基づく技であり、しかも積み重ねられた技術であることをルイスは察した。
 なぜなら、フレディの計算が「反射行動」であったからだ。
 反射とは体を動かすことだけでは無い。何度も繰り返し使われた思考、計算も本能の管轄になる。
 だからルイスは感心しながら、フレディに対して肯定を返した。

「その通りだ。すまないが、持ってきてくれるか?」

 重いから、という理由をルイスは隠したが、これもフレディは心を覗くまでも無く察した。
 フレディは当然のように嫌そうな表情を浮かべたが、渋々、といった感じで従った。
 が、

「……お、重っ!」

 フレディは不満を叫ぶ権利を当然のように行使した。
 しかしルイスはその言葉を無視し、箱が眼前に来るのを待ってから口を開いた。

「ご苦労。見せたいものはこのがらくたの下だ」

 ルイスは有り難味の薄い礼を述べながら、がらくたを取り除いた。
 そして「それ」は姿を現したのだが、

「……?」

 フレディには「それ」がばらばらにされた何か、ということだけしか分からなかった。
 だが、サイラスは一瞬で正解を引き当てた。

「武器、か?」

 ルイスは「そうだ」と答えながら感じ取った。
 それが飛び道具であることまでサイラスは直感で理解したことを。
 されど、どれほどの性能を有しているのかまでは想像がつかないようだ。
 ルイスはその点については今は説明する必要は無いと判断し、口を開いた。

「雲水には輸送のための安全な経路を調べる仕事を頼んでおいた。じきにこれと同じものが大量に運びこまれてくる」

 そしてルイスはその武器から視線を外し、サイラスと目を合わせながら言葉を続けた。

「武器を秘密裏に集めているのだから、我々が何をしようとしているのかは答えるまでも無いな?」

 これにサイラスは当然の頷きを返しながら口を開いた。

「決行日などは具体的に決まっているのか?」

 ルイスは首を振った。

「それはまだ決められない」

 これにサイラスが「なぜだ?」という当然の問いを投げかけると、ルイスは薄い笑みと共に答えた。

「……『前の』シャロンはお前達の国で何をしていたと思う?」
「……」

 分からない、その意を示す沈黙をサイラスが返すと、ルイスは笑みを少し強めながら口を開いた。

「単純だ。お前達の国を弱くしようとしていたのだ。魔王の味方であるフリをしてな」

 シャロン本人に監視がついていたようだから信用はされていなかったようだが、語る必要の無いその言葉を飲み込み、ルイスは言葉を続けた。

「そうしなければ魔王が食いつかないからだ。内乱や分裂を誘って、弱ったところを攻撃する、それが魔王の常套手段なのさ」

 そしてルイスははっきりとした笑みを浮かべながら、「ふふっ」という堪え笑いをした後、笑みの理由を答えた。

「だが、それは我々にも使える手。魔王の国だけに許された特別では無い」

 そう言った後、ルイスは笑みを消し、表情を戻しながら言葉を続けた。

「しかし魔王とまったく同じ手は使えない。私からすればあれは下策。内乱を誘うなど、どうやっても目立ちすぎる」

 そしてルイスはまた笑みを顔に浮かべながら口を開いた。

「だから我々が選んだ手は『腐敗』。具体的には『怠惰』だ」

 ルイスの笑みは再び強まり、同時にその口もよく回った。

「これは面白いように成功したよ。勝利を重ねたことで酔っている連中をさらに増長させることは簡単だった。怠け者を生み出し、国の足を引っ張るだけの組織や宗教が次々と出来上がっていった。いまでは、魔王は野心からでは無く、国力の維持のために戦争をするか否かを迫られてしまっている状況だ」

 そして――

「そして我々はついに――」

 ルイスは視線を箱の方に戻しながら、笑みと共に述べた。

「ついに魔王と正面から戦うための武器を得た」

 その意をルイスは続けて言葉にした。

「この地域には強力な魔法使いが少ない。だが、これでその問題も解決した」

 正しくは「奴隷として奪われてしまったから」であったが、言うまでも無いことであったゆえにルイスはもう一つ解決しなければならない条件を付け加えた。

「後は、『次の戦い』で魔王軍が圧勝しなければいい」

 それを聞いたサイラスは即座に尋ねた。

「それは、魔王軍に損害を与えてくれさえすればアランは負けてもいい、ということか?」

 その声に不信感が滲むのを感じ取ったルイスは即座に言葉を訂正した。

「……少し言葉が足りなかったようだな。私はアラン達のことを『捨て石』などとは思っていない。むしろアランには勝ってほしいと願っているさ」

 その言葉は真実であったが、

「……」

 サイラスの不信感は消えなかった。
 だからルイスはさらに言葉を重ねた。

「……言葉だけでは信用出来ないか? ならば、後でその証拠を見せよう」

 後で、という部分にひっかかったサイラスは当然それを尋ねた。

「どうして今言えない?」

 これにルイスは少し言葉を選ぶ様子を見せたあと、口を開いた。

「……その前に一つ確認しておかなければならないからだ」

 そしてルイスはサイラスと目を合わせながらそれを述べた。

「単刀直入に聞こう。サイラス、私についてこないか?」
「……」

 サイラスは即答出来なかった。
 その沈黙に、フレディは、

「どうします? 大将?」

 決定権をサイラスにゆだねた。
 これにサイラスは、どうするもこうするもない、という言葉を飲み込んだ。
 これは恐らく、かつて自分がクラウスに対してやったのと同じ類のものだ。
 拒否すればおそらく――そういうお誘いだ。
 だからこの男は雲水が来るのを待ったのだ。
 考えるまでも無く当たり前のことだ。こんなに重要な秘密を知った人間を自由にするわけが無い。
 今も何かしらの手段で雲水と繋がっているはずだ。
 死にたくなければ回答は一つしかない。
 しかし苛立たしい。
 ルイスの心ははっきりとは読めないが、自分のことを軽視していることは間違い無い。
 でなければこのように話を運ばない。
 この場をイエスでやりすごした後、我々が逃げたり、我々から情報が相手方に漏れる危険性をルイスは問題無いと判断しているのだ。

「……」

 ルイスはそんなサイラスの心を盗み聞きながら、

(……ふふっ)

 心の中で密かに笑った。
 やはり言葉が足りなかったようだな、とルイスは思った。

(軽視しているという推察は半分間違いだ。シャロンに対して与える影響について私は危惧している)

 いま突然サイラスがいなくなれば、シャロンに悪影響が出る可能性がある。
 いざとなれば再調整すればいいだけの話だが、良い影響となる可能性を潰すのは惜しい。
 だからこんな強制的な選択肢を迫っているのだ。
 だから早く答えて欲しい、そう思ったルイスは、

「……あまり難しく考えなくていい。何か質問があるなら先に聞くが?」

 軽視しているという推察が半分正解であることを答えるかのように、軽い言葉を投げた。
 これにサイラスは首を振った後、

「特に質問は無い。お前に従おう。……他にやることも無いからな」

 一つしかない返事を軽く選んだ。
 それを聞いたルイスは、

「君が賢い男でうれしいよ」

 笑みとともにその返事を歓迎した。
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