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最終章
第五十三話 己が鏡と共に(8)
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「つまり、この技術を極めれば私でもカルロや魔王のようになれるということか?」
「……」
しかしその問いにルイスは肯定も否定も返さなかった。
その理由をルイスは答えた。
「正直、分からない。少なくとも今の私には出来ない」
どうして? 尋ねるよりも早くルイスは述べた。
「理由はいくつかある。まず第一に設計図を持っていない。設計図を描けない。私の理解はそこまで及んでいない」
これにサイラスは物申した。
「頭を自由にいじくる技術があるのにか? 魂を自在に扱えるのにか?」
買いかぶりすぎだ、そう言うかのようにルイスは首を振った後、口を開いた。
「それは『虫』などの便利な道具があるからだ。仕事を割り当てればほぼ自動でやってくれる。私がある程度自由に出来るのは頭の中のことくらいだ」
その道具の基礎技術を産み出したのはルイスでは無く、過去の先人達、かつて人を魂で使役していた者達であった。
だから機能が頭に関することにかたよっている。
しかしルイスはこの説明は省き、「第二に、」と言葉を繋げた。
「恐らく、設計図を描けても『今の私には』出来ない。そんな作業が出来る道具を、魂では無く肉体そのものを加工出来る道具が無い。そういうことは『小さな住人』にやってもらうしか無い」
『今の』、という部分から分かるように、ルイスは「いつかは」という思いを抱いている。
が、サイラスはその部分よりも強く興味を引かれた言葉について尋ねた。
「『小さな住人』? なんだそれは?」
「……」
これにもルイスは沈黙を返した。
どう説明すればいいのか難しい内容だったからだ。
しかし幸いなことに、分かりやすくそして遠からずな表現を思いついたのでそれを採用することにした。
「……一言で表すならば、『大工』だ。彼らは我々のこの肉の体を設計、建築している者達だ。我々が子供から大人に成長出来るのはこの者達の仕事のおかげなのだ。そんな存在が我々の体の中に住んでいるのだ」
この言葉だけでサイラスが理解したのを感じ取ったルイスは、その理解が正解であることを述べた。
「そしてそれが第三の理由。私は彼らと密接な交流が出来ないのだ。多少言葉のようなものを聞き取れるだけだ」
サイラスがここに来た理由を既に知っているがゆえに、ルイスは「アランのように」という部分を飲み込み、隠した。
そして直後に、何も出来ないわけでは無いこともルイスは付け加えた。
「お前が魔王のようになれるかどうかは彼らの技術力次第……だが、こちらから何も出来ないわけでは無い。虫を魔法制御の補助にあてることくらいは出来る。魔王のようになるのは無理でも、多少の改善は出来る」
光と炎の使い分けくらいはすぐに習得出来る、ルイスはそう続けようとしたが、これも飲み込んだ。
今のサイラスは基本的な光魔法の放出すら出来ないからだ。出力がゼロでは使い分けもなにも無い。そも、光魔法を使えれば炎も絶対に使えるようになる、というわけでも無い。攻撃用に使えるかどうかは結局炎魔法の出力が高いかどうかの話である。
そして光魔法を放出すら出来ないという事実は、サイラスの大工がかなりの未熟者、または怠け者であることを意味している。
もしくは、『あえてそのように弱く作られたか』。
どっちにしろ気持ちの良い内容では無い。
だからルイスはこれ以上この話題を続けるべきではないと判断し、話を次に移すことにした。
そして次の話題はサイラスが抱いた最後の疑問、ここで何が起きているのか、そして自分に出来ることはあるのか、という問いへの答えであった。
ルイスはそれについて話し始めようとしたが、
(いや……)
それは『彼』がここに着いてからのほうが良い、そう判断し、
「……少し喋り疲れた。だから今日はこれでお開きにしよう」
勝手に、そして唐突に終わりを宣言した。
「……」
突然のことにサイラスは少し不服げな顔をしたが、
「……わかった。では、続きはまた明日にでも」
それ以上食い下がるようなことはせず、ルイスの前から去った。
その背を見送ってから、ルイスは思った。
(やはり慎重な男だ。同時に大胆さも兼ね備えている。感情の使い方が上手い。こちらが格上の能力者であることを理解し、そして状況を上手く利用している)
調整という行為に対して恐怖の念を発露した時がそれであった。
今のルイスは無害である「ふり」をしている。良い人を演じている。
だから「恐怖」というカードを切られると、回答がやや難しくなるのだ。
今回は真実を「含めた」答えでごまかした。
その一連の流れをルイスは思い出した後、先の言葉について訂正を加えた。
(……いや、上手いというのは違うか。本人は意識してやっているわけでは無い。あれは天性のもの、生来の気質だな。……その点に関しては、彼の大工はいい仕事をしている)
そして今、ルイスはサイラスよりも感知能力者として格上であることを実証していた。
サイラスはまだ起きている。そしてルイスの心の声を盗み聞いている。
なのにルイスは大きな心の声で、堂々と大きな波を発しながら考えていた。
発せられる波のほうは聞かれても問題無いからだ。
サイラスには、ルイスはいま「明日の予定」について考えているように聞こえていた。
これは以前アランが見せたものと同じ類のもの、「暗号化」であった。
しかしアランがやってみせたような未熟なものでは無い。自分専用の言語を作っているようなものだ。言葉を紡いでいるほうでは無く、受け取っている処理側のほうをよく調べなくては見破れないものだ。
しかしそれほどの技術を持っているルイスであっても、
(……正直、困るな)
サイラスは不安要素であった。
(……彼がここに来るという事態は予想していなかった。この事態に備えた『調整』は出来ていない)
ルイスは可能性を想像しながら思考を巡らせていった。
(いまのシャロンにとって害になると決まったわけでは無い。むしろ利になる可能性もある)
そしてルイスはもしもの未来を想像しながら不穏な思考を巡らせていった。
(だが、もしも、都合が悪くなるようであれば……)
危害を加える理由は無い、とルイスは確かに言った。そしてそれは真実であった。
しかしそれはあくまでも「今はまだ」というだけの話であった。
そして、一連の回答から察せられるように、『あえて弱く作られる理由』をルイスはまだ知らない。
その答えの片鱗をナチャが持っていることを、ルイスは知らない。
だがナチャに頼らずとも、自力で知ることが出来る神秘であることをルイスは知らない。
まだその場面を、現象をちゃんと観察したことが無い、ただそれだけなのだ。
そしてその答えは『大工はどこから来たのか』に通ずるものであった。
「……」
しかしその問いにルイスは肯定も否定も返さなかった。
その理由をルイスは答えた。
「正直、分からない。少なくとも今の私には出来ない」
どうして? 尋ねるよりも早くルイスは述べた。
「理由はいくつかある。まず第一に設計図を持っていない。設計図を描けない。私の理解はそこまで及んでいない」
これにサイラスは物申した。
「頭を自由にいじくる技術があるのにか? 魂を自在に扱えるのにか?」
買いかぶりすぎだ、そう言うかのようにルイスは首を振った後、口を開いた。
「それは『虫』などの便利な道具があるからだ。仕事を割り当てればほぼ自動でやってくれる。私がある程度自由に出来るのは頭の中のことくらいだ」
その道具の基礎技術を産み出したのはルイスでは無く、過去の先人達、かつて人を魂で使役していた者達であった。
だから機能が頭に関することにかたよっている。
しかしルイスはこの説明は省き、「第二に、」と言葉を繋げた。
「恐らく、設計図を描けても『今の私には』出来ない。そんな作業が出来る道具を、魂では無く肉体そのものを加工出来る道具が無い。そういうことは『小さな住人』にやってもらうしか無い」
『今の』、という部分から分かるように、ルイスは「いつかは」という思いを抱いている。
が、サイラスはその部分よりも強く興味を引かれた言葉について尋ねた。
「『小さな住人』? なんだそれは?」
「……」
これにもルイスは沈黙を返した。
どう説明すればいいのか難しい内容だったからだ。
しかし幸いなことに、分かりやすくそして遠からずな表現を思いついたのでそれを採用することにした。
「……一言で表すならば、『大工』だ。彼らは我々のこの肉の体を設計、建築している者達だ。我々が子供から大人に成長出来るのはこの者達の仕事のおかげなのだ。そんな存在が我々の体の中に住んでいるのだ」
この言葉だけでサイラスが理解したのを感じ取ったルイスは、その理解が正解であることを述べた。
「そしてそれが第三の理由。私は彼らと密接な交流が出来ないのだ。多少言葉のようなものを聞き取れるだけだ」
サイラスがここに来た理由を既に知っているがゆえに、ルイスは「アランのように」という部分を飲み込み、隠した。
そして直後に、何も出来ないわけでは無いこともルイスは付け加えた。
「お前が魔王のようになれるかどうかは彼らの技術力次第……だが、こちらから何も出来ないわけでは無い。虫を魔法制御の補助にあてることくらいは出来る。魔王のようになるのは無理でも、多少の改善は出来る」
光と炎の使い分けくらいはすぐに習得出来る、ルイスはそう続けようとしたが、これも飲み込んだ。
今のサイラスは基本的な光魔法の放出すら出来ないからだ。出力がゼロでは使い分けもなにも無い。そも、光魔法を使えれば炎も絶対に使えるようになる、というわけでも無い。攻撃用に使えるかどうかは結局炎魔法の出力が高いかどうかの話である。
そして光魔法を放出すら出来ないという事実は、サイラスの大工がかなりの未熟者、または怠け者であることを意味している。
もしくは、『あえてそのように弱く作られたか』。
どっちにしろ気持ちの良い内容では無い。
だからルイスはこれ以上この話題を続けるべきではないと判断し、話を次に移すことにした。
そして次の話題はサイラスが抱いた最後の疑問、ここで何が起きているのか、そして自分に出来ることはあるのか、という問いへの答えであった。
ルイスはそれについて話し始めようとしたが、
(いや……)
それは『彼』がここに着いてからのほうが良い、そう判断し、
「……少し喋り疲れた。だから今日はこれでお開きにしよう」
勝手に、そして唐突に終わりを宣言した。
「……」
突然のことにサイラスは少し不服げな顔をしたが、
「……わかった。では、続きはまた明日にでも」
それ以上食い下がるようなことはせず、ルイスの前から去った。
その背を見送ってから、ルイスは思った。
(やはり慎重な男だ。同時に大胆さも兼ね備えている。感情の使い方が上手い。こちらが格上の能力者であることを理解し、そして状況を上手く利用している)
調整という行為に対して恐怖の念を発露した時がそれであった。
今のルイスは無害である「ふり」をしている。良い人を演じている。
だから「恐怖」というカードを切られると、回答がやや難しくなるのだ。
今回は真実を「含めた」答えでごまかした。
その一連の流れをルイスは思い出した後、先の言葉について訂正を加えた。
(……いや、上手いというのは違うか。本人は意識してやっているわけでは無い。あれは天性のもの、生来の気質だな。……その点に関しては、彼の大工はいい仕事をしている)
そして今、ルイスはサイラスよりも感知能力者として格上であることを実証していた。
サイラスはまだ起きている。そしてルイスの心の声を盗み聞いている。
なのにルイスは大きな心の声で、堂々と大きな波を発しながら考えていた。
発せられる波のほうは聞かれても問題無いからだ。
サイラスには、ルイスはいま「明日の予定」について考えているように聞こえていた。
これは以前アランが見せたものと同じ類のもの、「暗号化」であった。
しかしアランがやってみせたような未熟なものでは無い。自分専用の言語を作っているようなものだ。言葉を紡いでいるほうでは無く、受け取っている処理側のほうをよく調べなくては見破れないものだ。
しかしそれほどの技術を持っているルイスであっても、
(……正直、困るな)
サイラスは不安要素であった。
(……彼がここに来るという事態は予想していなかった。この事態に備えた『調整』は出来ていない)
ルイスは可能性を想像しながら思考を巡らせていった。
(いまのシャロンにとって害になると決まったわけでは無い。むしろ利になる可能性もある)
そしてルイスはもしもの未来を想像しながら不穏な思考を巡らせていった。
(だが、もしも、都合が悪くなるようであれば……)
危害を加える理由は無い、とルイスは確かに言った。そしてそれは真実であった。
しかしそれはあくまでも「今はまだ」というだけの話であった。
そして、一連の回答から察せられるように、『あえて弱く作られる理由』をルイスはまだ知らない。
その答えの片鱗をナチャが持っていることを、ルイスは知らない。
だがナチャに頼らずとも、自力で知ることが出来る神秘であることをルイスは知らない。
まだその場面を、現象をちゃんと観察したことが無い、ただそれだけなのだ。
そしてその答えは『大工はどこから来たのか』に通ずるものであった。
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