Chivalry - 異国のサムライ達 -

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

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最終章

第五十三話 己が鏡と共に(7)

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 しかしその作業はすぐに面倒になった。
 だからルイスは最初から説明することにした。

「我々の脳は主に光魔法と電気の力を用いて活動している。それは理解しているな?」

 これにサイラスが頷きを返したのを見てから、ルイスは言葉を続けた。

「脳の中には神経網が張り巡らされており、その網の上を光魔法や電気が信号として走り回っている。お前ほどの感知能力者ならこれも理解しているな? 自分の頭の中の観察くらいやったことがあるだろう?」

 これにもサイラスは頷きを返した。
 だからルイスはその頷きに、理解に一石を投じることにした。

「そして虫はその神経網を攻撃出来る。食い破ることが出来る。この事実について何か疑問に思わないか?」

 直後、ルイスは自分の言葉を訂正した。

「すまない、食い破るという表現は間違っている。正しくは焼き切っている、だ」

 しかしその訂正には答えの一部が含まれてしまっていた。
 だからルイスはそのまま正解を述べた。

「そんなことが出来る理由は単純。神経網の材料に魂の一部が使われているからだ。だから魂そのものを信号として使うことが出来る。神経網自体の代わりにも出来る。魂を過度に流し込んで高い負荷をかければ、神経を焼き切れる」

 しかしその攻撃は当然消費が大きい。死神には真似できない。肉の器という高い補給装置があるからこそ出来る芸当だ。つまり、魂を使った直接攻撃は同じ生きた人間か、ナチャなどの特別な存在にしか出来ない行為である。
 そしてルイスはさらに一石を投じた。

「しかしそこを掘り下げ、より深く知ることで新たな疑問が生じる。その疑問の一端について、お前はもう知っているはずだ」

 これにサイラスは内心首をかしげるしかなかった。分からなかった。
 それを感じ取ったルイスは、

「思い出せないか? ならば俺が彼女を調整する時に見た記憶を、その映像を使って手助けしてやろう」

 そう言いながら歩み寄り、右手をサイラスの頭に向かって伸ばした。

「!」

 これにサイラスは一瞬身を強張らせた。
 しかしそれ以上の抵抗は出来なかった。
 ルイスの右手がサイラスの頭蓋をわしづかむ。
 すると直後、サイラスの脳裏にある情景が浮かび上がった。
 それは戦いの一場面であった。
 あの奇妙な一戦の、シャロンとの戦いのある場面。
 視点がシャロンのものであったため、一瞬分からなかったが、すぐに思い出した。
 シャロンが放った網を逆にひきちぎってやった時のものだ。
 シャロンの頭から伸びた魂の線の束が、手から伸び広がっている網と絡まり、混じっている。
 だが、電撃魔法の網と比べると、魂の糸の量は少ない。
 だから糸を絡ませているというよりは、網に虫を散りばめているように見える。
 そしてそれを急に引っ張られたものだから、まるで礼をするかのように頭が前に引き込まれている。

(そうだ。これはおかしい。不思議だ)

 瞬間、サイラスは気付いた。
 自分は試した。魂を電撃魔法で攻撃しようとした。
 しかし出来なかった。すりぬけた。
 だがシャロンは電撃魔法の網で我々の魂を攻撃した。
 あの時は魂を混ぜているからだと思った。そう納得した。
 だがそれ自体がおかしい。
 魂と電撃魔法が「くっついて」いなければ、「相互に引っ張り合って」いなければこんなことは出来ない。すりぬけるのではこうはならない。

「……!」

 瞬間、サイラスの体にこれまで経験したことの無い感覚が走った。
 武者震いと感動を混ぜ合わせたような感覚。
 サイラスはついに辿り着いたのだ。探求者、研究者の道の入り口に。
 すべては「なぜ」という疑問から、好奇心と想像力から始まる。サイラスはそれを言葉では無く経験で理解したのだ。
 ゆえの感動、ゆえの武者震い。
 もしやそうなのか、こういうことなのか、そんな言葉がサイラスの心に走る。
 直後、ルイスは「そうだ」と答え、サイラスが思い浮かべたものを分かりやすく言葉にした。

「魂は恐ろしく小さなものの集合体だ。色々なものが集まって出来ており、数え切れないほどの種類がある。別のものと組み合わせたり、分解することも出来る。それは言い換えれば、改造出来るということだ」

 すなわち、アランやナチャはこの改造技術がとんでもなく高いということである。
 そもそも、改造という行為は特別な行為では無い。要は分解したり、違うものを組み合わせているだけの話である。人類に限らず、全てのものが日常的に行っている。食料、栄養源を自分の体に都合よくするために分解し、己の体に組み合わせて利用している。
 だからサイラスは気付けた。いや、こんな当たり前なことにようやくと言うべきか。
 そしてルイスはサイラスの感動をよそに、淡々と説明を続けた。

「何でも組み合わせられるわけではないがな。だが、電気との親和性を持たせることはそれほど難しく無い。部品を少し足すだけでいい。だから相性が良い」

 これはつまり、電撃魔法に虫の処理能力を加えることが出来るということである。我々の世界でいうところのコンピュータに酷似するものだ。ほかにも、魂に強度を持たせる、すなわち電子による結合力を備えたりすることなども出来る。やろうと思えば、ナチャは電気による己の固定化が可能なのだ。
 そして、「すりぬける」という表現は正しく無い。
 魂とて小さいが実体を持っている。つまり、引き裂かれているのだ。
 だがすぐに元通りになれる。そんなことが出来るのは、その大きな魂が虫の集合体であり、虫それぞれに位置情報が格納されているからだ。
 かつて、ルイスが生まれた時代のある感知能力者はそれを「レギオン(軍団)」と表現した。
 しかしゆえに死神は弱い。「規則正しく並び、それを維持する」という機能に情報処理能力を割いているからだ。肉に守られ支えられている脳内の魂にそんな機能は無い。必要性が薄い。
 以上の点を踏まえれば、かつてサイラス達が取った戦術が、肉という防御を捨てて魂を天に昇らせた行為がどれほど危険なものかは簡単に理解出来るだろう。
 そして同時に察せられるであろう。魂は実は恐ろしく脆いものであることが。死神の貧弱さが。幽霊のイメージが先行するゆえに間違いがちであるが、要は熱や電気、光粒子などのエネルギーに対して鈍感であるというだけである。
 そして感の良い方は気付いたであろう。ディーノと似ていることに。つまり、あの膜の材料の一つは――
 サイラスはそれらの神秘の答えに近づきつつあった。
 だからサイラスは声を上げた。
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