474 / 586
最終章
第五十三話 己が鏡と共に(3)
しおりを挟む
◆◆◆
「はああ~~~っ」
一方、フレディは何度目かになるか分からないあのため息を吐いていた。
だからサイラスは少し呆れた様子で口を開いた。
「またか。お前のために高い金を払って馬車を使っているのに、何がそんなに不満なんだ?」
その理由をフレディは窓を指しながら答えた。
外は一面銀世界であった。
「だってちょっと前からずっとこれしか見てないんですよ? もうじき春だってのにおかしくないですか?」
フレディはその見飽きた景色を眺めながら言葉を続けた。
「魔王の国に生まれ育った人間でも、この景色にはうんざりしてるでしょ。絶対そうですよ。次にすれ違うやつに聞いてみたらいいですよ。間違い無い」
そのくどい長々とした文句に、サイラスは「やれやれ」という感じで口を開いた。
「それは間違いだ。まだ春は来ない。この国の春の訪れはもっと遅い」
しかしそれは慰めでも励ましでも同情の言葉でも無く、フレディの発言に対する指摘と訂正であった。
「それにここはまだ魔王の国じゃない。国境付近だ。そして、ここが寒いのは単純に標高が高いからでもある」
これにフレディは「え?」と驚いた様子で尋ね返した。
「一ヶ月くらい前にアホみたいに長い坂を登ったような気がしますが、まさか、まだ降りてないんですかい?」
これにサイラスが「ああ、そうだ」と淡白な返事をすると、
「はああ~~~っ」
フレディは耳にたこが出来そうなため息を返し、再び文句を垂れた。
「そんなでかい山があるなんておかしいでしょ?」
しかしその内容は誰にぶつけているのかすら分からない無茶苦茶なものであった。
だが直後、あることに気付いたフレディは表情を静かなものに変えながら「でも――」と口を開いた。
「こんなに雪が降ってるってのに、しかも山の上だってのに、馬車が走れるように除雪されてるっていうのはすごいですね」
その素朴な疑問の答えは次の瞬間に窓の外に映った。
「あ……」
それを見たフレディは思わず間抜けな声を出してしまった。
それはシャベルを持って雪かきをする、若い男達の姿であった。
「……」
それだけでフレディは察した。彼らの心を覗くまでも無かった。
直後、サイラスがフレディの心の内を代弁した。
「ここも魔王の支配下にある。魔王の国から交易に出る馬車が冬でも通れるように、彼らは働かされている」
そしてサイラスはこの高原の国がどのような状況に陥っているかを語った。
「冬になると若い労働力をこの作業に奪われてしまうから、この山脈の村々は死んだように静かになってしまう。村を支えるのは老人と女の仕事になってしまった」
思い付きで喋っているわけでは無い、それを感じ取ったフレディは関心と共に口を開いた。
「よく知ってますね」
その理由をサイラスは即答した。
「私はここの生まれだからな。……たぶん、だが」
直後、サイラスは訂正した。
「いや、『ここ』かどうかははっきりしない。『この辺り』だと思う」
相変わらず曖昧であったが、サイラスは窓の外を見ながら言葉を続けた。
「……景色が馬小屋の記憶の背景とよく似ている」
呟くようにサイラスがそう言うと、馬車は止まった。
「お? 到着ですかい?」
フレディの質問に対し、サイラスは立ち上がりながら答えた。
「馬車はとりあえずここまでだ。この宿場町で休息と情報収集を行う。必要になれば馬はまたその時に手配する」
喋りながら降りるサイラスにフレディが続く。
そして二人は泥の混じった黒い雪の冷たさを感じながら、銀世界の中に足を踏み出した。
◆◆◆
サイラスが求めていた情報は地理であり、その収集に手間はそれほどかからなかった。商人に袖の下を投げ込みながら軽く話をするだけで大体の話は聞くことが出来た。
位置は我々の世界でいうところのモンゴルに相当。しかし我々の世界とは違って数多くの小国が群がる地であった。
山脈が連なり、東には森林が、西には草原が、南西には高原砂漠が横たわっている。冬の厳しさだけでなく太陽の厳しさも存在する土地であった。
幼少のサイラスはただ大人のそばについていただけであり、そんな基本的なことすら知らなかった。
だが結局自分がどこの小国の生まれかは分からなかった。サイラスが覚えていた現地の言葉は広大な地方の共通語であり、特定の場所を示す情報にはならなかったからだ。記憶にある馬小屋の背景から、東の生まれだろう、その程度のことしか分からなかった。
だが、今のサイラスにとってはそれは正直どうでもよかった。気になることはただ一つ、シャロンのことであった。
だからサイラスは爪先を西に向けた。
魂が示す記憶の背景が地平線まで広がる草原だったからだ。
「はああ~~~っ」
一方、フレディは何度目かになるか分からないあのため息を吐いていた。
だからサイラスは少し呆れた様子で口を開いた。
「またか。お前のために高い金を払って馬車を使っているのに、何がそんなに不満なんだ?」
その理由をフレディは窓を指しながら答えた。
外は一面銀世界であった。
「だってちょっと前からずっとこれしか見てないんですよ? もうじき春だってのにおかしくないですか?」
フレディはその見飽きた景色を眺めながら言葉を続けた。
「魔王の国に生まれ育った人間でも、この景色にはうんざりしてるでしょ。絶対そうですよ。次にすれ違うやつに聞いてみたらいいですよ。間違い無い」
そのくどい長々とした文句に、サイラスは「やれやれ」という感じで口を開いた。
「それは間違いだ。まだ春は来ない。この国の春の訪れはもっと遅い」
しかしそれは慰めでも励ましでも同情の言葉でも無く、フレディの発言に対する指摘と訂正であった。
「それにここはまだ魔王の国じゃない。国境付近だ。そして、ここが寒いのは単純に標高が高いからでもある」
これにフレディは「え?」と驚いた様子で尋ね返した。
「一ヶ月くらい前にアホみたいに長い坂を登ったような気がしますが、まさか、まだ降りてないんですかい?」
これにサイラスが「ああ、そうだ」と淡白な返事をすると、
「はああ~~~っ」
フレディは耳にたこが出来そうなため息を返し、再び文句を垂れた。
「そんなでかい山があるなんておかしいでしょ?」
しかしその内容は誰にぶつけているのかすら分からない無茶苦茶なものであった。
だが直後、あることに気付いたフレディは表情を静かなものに変えながら「でも――」と口を開いた。
「こんなに雪が降ってるってのに、しかも山の上だってのに、馬車が走れるように除雪されてるっていうのはすごいですね」
その素朴な疑問の答えは次の瞬間に窓の外に映った。
「あ……」
それを見たフレディは思わず間抜けな声を出してしまった。
それはシャベルを持って雪かきをする、若い男達の姿であった。
「……」
それだけでフレディは察した。彼らの心を覗くまでも無かった。
直後、サイラスがフレディの心の内を代弁した。
「ここも魔王の支配下にある。魔王の国から交易に出る馬車が冬でも通れるように、彼らは働かされている」
そしてサイラスはこの高原の国がどのような状況に陥っているかを語った。
「冬になると若い労働力をこの作業に奪われてしまうから、この山脈の村々は死んだように静かになってしまう。村を支えるのは老人と女の仕事になってしまった」
思い付きで喋っているわけでは無い、それを感じ取ったフレディは関心と共に口を開いた。
「よく知ってますね」
その理由をサイラスは即答した。
「私はここの生まれだからな。……たぶん、だが」
直後、サイラスは訂正した。
「いや、『ここ』かどうかははっきりしない。『この辺り』だと思う」
相変わらず曖昧であったが、サイラスは窓の外を見ながら言葉を続けた。
「……景色が馬小屋の記憶の背景とよく似ている」
呟くようにサイラスがそう言うと、馬車は止まった。
「お? 到着ですかい?」
フレディの質問に対し、サイラスは立ち上がりながら答えた。
「馬車はとりあえずここまでだ。この宿場町で休息と情報収集を行う。必要になれば馬はまたその時に手配する」
喋りながら降りるサイラスにフレディが続く。
そして二人は泥の混じった黒い雪の冷たさを感じながら、銀世界の中に足を踏み出した。
◆◆◆
サイラスが求めていた情報は地理であり、その収集に手間はそれほどかからなかった。商人に袖の下を投げ込みながら軽く話をするだけで大体の話は聞くことが出来た。
位置は我々の世界でいうところのモンゴルに相当。しかし我々の世界とは違って数多くの小国が群がる地であった。
山脈が連なり、東には森林が、西には草原が、南西には高原砂漠が横たわっている。冬の厳しさだけでなく太陽の厳しさも存在する土地であった。
幼少のサイラスはただ大人のそばについていただけであり、そんな基本的なことすら知らなかった。
だが結局自分がどこの小国の生まれかは分からなかった。サイラスが覚えていた現地の言葉は広大な地方の共通語であり、特定の場所を示す情報にはならなかったからだ。記憶にある馬小屋の背景から、東の生まれだろう、その程度のことしか分からなかった。
だが、今のサイラスにとってはそれは正直どうでもよかった。気になることはただ一つ、シャロンのことであった。
だからサイラスは爪先を西に向けた。
魂が示す記憶の背景が地平線まで広がる草原だったからだ。
0
お気に入りに追加
88
あなたにおすすめの小説
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
何を間違った?【完結済】
maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。
彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。
今真実を聞いて⋯⋯。
愚かな私の後悔の話
※作者の妄想の産物です
他サイトでも投稿しております
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる