Chivalry - 異国のサムライ達 -

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

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最終章

第五十二話 成す者と欲する者(8)

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 欲しい、だから死にたくない、その一心で足を走らせながら赤い槍を放つ。
 対し、ディーノはこれまでと同じように槍から射線を外すと同時に盾を地面に突き刺した。
 追いついてきたバージルと協力して衝撃波を受ける。
 瞬間、

「「!」」

 その一撃がとどめとなった。
 弱っていた盾は甲高い悲鳴とともにその命を終えた。

「下がれ! ディーノ!」

 盾の悲鳴の直後にアランが叫ぶ。
 だがその言葉にディーノは即座に応えられなかった。
 あと少しで、そんな思いがディーノの足を止めていた。
 そしてそれを感じ取ったアランは再び叫んだ。

「全軍、突撃しろ!」

 後は他の者達に任せろ、そんな思いを込めて。

「「「前進ーッ!」」」

 その思いを受け取った部隊長達の声が重なってこだまし、溝の中から兵士達が次々と飛び出す。
 ディーノもまたその声に押されるがまま、足を前に出そうとしたが、

「駄目だ! ここは堪えろ!」

 バージルが前に進みかけたその肩を掴み止めた。
 これに、ディーノは、

「……っ」

 振り返ること無く、声も返さず、ただ悔しそうな顔を浮かべた。
 そしてアランもまた似たような表情を浮かべていた。
 先ほどの号令がディーノの代わりに兵士達を走らせる、ただそれだけのものだったからだ。
 しかし強固な盾も強大な魔力も持たない彼らが前に出たところで、結果は大体決まっている。

「うあぁっ!」

 迎撃の嵐が吹き荒れ、兵士達の悲鳴が響き渡る。
 こうなることは分かっていた。
 大地という盾なしでは大きな被害が出るだけであることは。
 無被害で、かつ有効打を与えられているのは、馬の加速を利用した長射程攻撃が出来るアンナの騎馬隊くらいだ。
 しかし相手は既に逃げ腰。なかなか決定打にはならない。
 こうなった場合、ラルフが逃走を始めた時のことをアランは事前に考えてはいた。
 その場合は安全な距離を維持したまま追い込み、取り囲んで兵糧攻めにするつもりであった。
 だがアランはディーノの代わりに突撃させてしまった。
 だからアランは、

「……すまない」

 謝ることしか出来なかった。
 しかしその声は大きくは無かった。
 理由は一つ。
 予定に無い、謎の援軍がラルフと合流したからだ。
 彼らが何者で、そして狙いが何であるかもアランは既に感じ取れていた。
 だからアランは突撃を命じた。
 もしも、このままラルフを連れて行かれたら――そんなことを考えると、アランの表情は自然と、

「……っ」

 ディーノの顔をさらに歪にしたような、苦虫を噛み潰したようなものになった。
 そしてディーノはアランの表情の理由を読み取らずとも察した。
 だからディーノの顔もまた同じように変わり始めていた。
 俺がきっちりと終わらせていれば、そんな無念がディーノの心を覆い始めていた。
 ふがいない、そんな言葉が自然と湧き上がった。
 結局、明確な勝因は一つだけだったからだ。
 ラルフが精神攻撃に慣れていなかったからだ。
 ラルフが何かしらの防御手段を身につけていたら勝ち目は無かったかもしれない。
 または、ラルフの隣に「精神攻撃を熟知している」人間がついていたら勝機は無かったかもしれない。

「「……」」

 そして不思議と、二人は同じその「嫌な未来」を想像した。
 もしそうなったら、弱点が無くなったら、どうすれば勝てる? そんな不安が二人の心を覆った。

   ◆◆◆

 そしてその後はアランが感じ取った通りになってしまった。
 影達はラルフを連れて森に入り、そのまま山を越え、船で海に出てしまった。
 ラルフをどうするつもりなのかは分からなかった。それを決めるのは影達では無く、「呼んでいる方」のようであった。
 だが何にせよ予想はつく。こちらにとって都合の良い方向に転ぶことはありえない。
 だからアランは備えねばならないと思った。
 だからアランはリリィを使って成すべきことを進めると同時に、軍備の増強に着手した。
 そしてそのためにまず、やるべきことがあった。

   ◆◆◆

 一ヵ月後――

「――というわけで、今日よりリーザの一族が我ら炎の一門に戻ることになった」

 アランは関係者を集めた場で堂々とそう言い放った。
 炎の一族であるアンナとクリスはもちろん、軍事重職者、そして一族に多大な出資をしている商人達も集められていた。

「……」

 そしてアランの隣にいるリーザは何も言わなかった。
 途中で下手に何か言うよりは黙っていたほうがいい、言葉は最後だけでいい、そう思ったからだ。
 そんなリーザの考えを感じ取ったアランは言葉を続けた。

「今は一門一類、みなが力を合わせるべき時だ。過去のことについて言いたいことがあるかもしれないが、未来のために堪えてくれ」

 これに、商人の何人かの心がざわついたのを感じ取ったアランは彼らに向かって口を開いた。

「……それでも何かあるのであれば、ここで俺が聞こう。言ってみてくれ」
「「「……」」」

 彼らは何も言わなかった。言えなかった。
 そしてリーザはその堂々たるアランの態度に対して思った。

(……胸を張れ、なんて発破(はっぱ)をかけたけど、まさかここまで立派になるなんてね)

 リーザは薄い笑みが浮かびそうになったのを堪え、口を開いた。

「ご紹介にあずかりましたリーザです――」

 教会によって、魔力至上主義によって二つに別れていた大陸はこの日、一つに戻った。
 つまりこれは事実上の統一宣言であり、歴史でもそのように扱われることになった。

   ◆◆◆

 その後――

「……」

 アランは再び鎚を手に、赤く焼けた鉄に向かって振り下ろしていた。
 これはディーノからの要請であった。
 盾をもっと厚くしてほしいというものだ。
 これにアランは二つ返事で答えた。
 しかしディーノの要望はこれだけでは無かった。
 だが、そっちの方はまだ取り掛からなくていい、とも言われた。
 その理由は至極単純かつもっともなものであったので、その言葉にもアランは頷きを返したが、同時に素朴な疑問も添えた。

「大丈夫なのか?」と。
「……」

 ディーノは答えられなかった。
 ただ、

「駄目だったら、その時にまた考える」

 という、曖昧な言葉を返すだけで精一杯だった。

 アランとディーノが抱いている不安、それは同じものであった。
 ラルフとの再戦。
 二人はそれに備えるために動き始めた。
 しかし不安は拭えない。
 次は、ラルフは一人では来ない、そんな確信めいた予感があったからだ。

   第五十三話 己が鏡と共に に続く
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