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最終章

第五十二話 成す者と欲する者(7)

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 同時にケビンとクラウスは動いていた。
 光る剣を構えながら盾から飛び出す。
 そして重なっていたのは声と思いだけでは無かった。
 意識の線もまた同じであった。
 三人の意識はラルフの右手に繋がっていた。
 そこから発せられているある信号が大きくなるのを三人は待っていたのだ。
 それは痛み。
 ラルフの右手は、ケビンにつけられた刺し傷は完治していなかった。
 時間が足りなかったからでは無い。
 もう治らないのだ。
 アランの時と合わせて二度の重症。
 それによってラルフの右手は修復不能の呪いを負ったのだ。
 今のラルフの右手による魔法は安定していない。威力にばらつきがある。
 ゆえに、ラルフの心には決して拭うことの出来ない黒いシミがこびりついていた。
 もしかしたら不発になってしまうのではないか、そんな不安。
 そのシミは痛みが増すと共に濃く、そして大きくなっていった。
 今のラルフの心にはこのシミがあるゆえに、勇気を煽るという手は通じない。
 だが――

「疾ッ!」

 その不安を煽るという手は通る!
 見えない突きが、ケビンの焦慮の太刀がラルフの額に突き刺さる。
 そして間髪入れずにクラウスの無明剣が追い討ち。
 得体の知れぬ不安と焦りが無明となってラルフの心を覆う。

「……っ?!」

 そして硬直するラルフの体。
 それを感じ取ったアランは、

「決めろ! ディーノ!」

 親友に思いを託し、

「雄ォッ!」

 ディーノはそれに応えた。
 雄叫びと共に鬼神の如く踏み込む。

「っ!」

 その凄まじさにラルフが反射的に構える。
 しかし突き出されたのはこの期に及んで右手。
 まったく集中出来ていない。
 発光してはいるが弾が出来る気配は無い。
 ディーノはその無防備に突き出された右手の平に向かって、

「でぇやっ!」

 槍斧を一閃した。
 刃が手首をすり抜け、一筋の赤い細蛇を残す。
 そのやせた蛇は瞬く間に手首と同じ太さになり、

「ぅぁあっ!?」

 そこでようやく何が起きたのかを理解したラルフは悲鳴を漏らした。

「ぼ……っ!」

 僕の右手が、そう言おうとしたが舌が回らない。
 痛みが、本能がラルフの足を逃走のために動かす。
 しかし千鳥足。
 されどそれなりに早い。体の筋肉のほぼ全てが逃げに使われ始めている。

(逃がすか!)

 とどめを刺さんと、ディーノの巨躯が再び踏み込む。
 ラルフの瞳に映るディーノの影が「ずい」と大きくなる。
 しかしこの時既にラルフの左手にはぶさいくな赤い玉があった。
 この期に及んでようやく、ラルフは正解を選ぶことが出来たのだ。
 ラルフはその弾の完成を待たず、ぶさいくな形のまま迫る影に向かって投げつけた。

「!」

 しかし鳴り響いたのは金属音のみ。
 威力がまったく足りない。自爆を恐れた火力ではこの盾と巨躯は押し返せない。足を一時止めるだけ。
 そして次は無い。次弾の形成はもう間に合わない。
 勝負あった、ディーノの脳裏にそんな言葉が浮かび上がったが、

「上だ! ディーノ!」
「!?」

 その言葉は直後に響いた親友の声に掻き消された。
 そして見上げたディーノの目に映ったのは一つの線。
 太い一本の棒に見えたそれは直後に中空で分裂し、

「くっ!」

 矢雨となってディーノに降り注いだ。
 上にかざした大盾で受けるディーノ。
 ラルフもまた同じように左手を頭上にかざし、光る傘を展開。
 しかしラルフに降り注いだ雨の量は多くは無かった。
 広範囲攻撃ゆえにラルフも巻き込まれたが、やはりディーノを狙ったと思える攻撃。
 その発射源は既にディーノの目に映っていた。
 ラルフの後方、リーザが来るはずである方向から、一つの部隊が迫ってきていた。
 ディーノの視線はその部隊の中央を走る馬車に釘付けになった。
 荷台に妙なものが積まれていたからだ。
 それを感じ取ったアランは思い出した。

(あれは和の国の女が使っていた設置式の機械弓か? あの戦いの混乱の中で奪った?)

 その推察が正解であることを射手は直後に示した。
 鋭い金属音と共に先と同じ一本の太い棒が放たれる。
 それは矢の束。
 放物線の頂上付近で空気抵抗によって拘束具が自動的に外れる。
 そして棒は雨となり、再びディーノのもとに降り注いだ。

「ラルフ殿! こちらへ!」

 同時に機会弓の射手がラルフに向かって叫ぶ。
 言われるまでもなくラルフは既に走り出していた。
 ラルフの心は一つの言葉で埋まっていた。

(死にたくない!)

 見えない何かへの命乞い。
 同時にその理由もラルフは直後に叫んだ。

(僕はまだ何も手に入れていない!)

 この期に及んでラルフはまだ気付かない。
 ただ欲しがるだけの者と、生み出し、そして成す者の違いを。
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