Chivalry - 異国のサムライ達 -

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

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最終章

第五十二話 成す者と欲する者(6)

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 そしてアランは一人の男の背中を見た。
 それはケビン。
 ケビンはクラウスと同じく、この作戦に自ら志願した戦士の一人であった。
 その時ケビンは言った。
 もしかしたら、勝機を作ることが出来るかもしれないと。
 なぜか、ケビンは答えた。
 しかしその答えは曖昧なものであった。
 だがそれでも、アランはその賭けに乗ることにした。
 ケビン自身は気付いていなかったが、その手はクラウスと相性が良かったからだ。
 だからクラウスもまた自ら作戦に名乗りを上げた。
 しかしそれはやはり曖昧なもの。
 ゆえにアランは見えない何かに対して祈った。
 されどそれはすぐには応えない。

「……ッ!」

 歯痒い。
 ただ時間だけが過ぎていく。
 そして戦いは台本が示した通りの様相を呈し始めた。
 ディーノ達が近付いたことにより槍の頻度が増す。
 ゆえにディーノ達の足が止まる。一定の距離を置いたまま、回避と防御の繰り返しになる。
 されどラルフにも決定打は無い。
 背後からアンナの騎馬隊の攻撃が飛んで来るようになったからだ。
 手数のいくつかをその迎撃に回さざるをえなくなった。
 ラルフの防御もディーノと同様にかなり際どい。
 双方共に必死。余裕が一切無い。
 これをすぐに打破出来る可能性を持つ手は二つ。
 一つは完全な博打。無謀な突撃との境界線が曖昧なほどに際どい手。
 大盾と槍斧を重い飛び道具として使う、外せば終わりとなる最後の手。

(駄目だ!)

 当然、そんな博打は許せないアランは心の中で叫びながら振り払う。
 されどもう一つの手は藁のようにおぼろげ。
 そしてそれは前回の戦いでケビンが見せた手では無かった。
「今の」ラルフにそれは通じない。
 今のラルフは必死だからだ。油断する余裕などどこにも無いからだ。
 アランに出来ることはただ一つ。
 幻かもしれない、その「機」が来るのをただ待つのみ。
 だからアランは見えない何かに対して、

(頼む!)

 再び祈った。
 その願いはまたしても静寂の中に消えるかのように見えたが、

「……!」

 直後、アランは確かに「それ」を感じ取った。
 微弱、かすかであった。しかし確かに感じ取れた。
 だからアランは叫んだ。

「ケビン、クラウス!」

 ゆえに二人は応えた。

「「応ッ!」」

 ケビンは知っていた。
 数で圧倒的に有利なこの戦いでは、あの手は通じないであろうことを。
「あの戦いの後」もそうだったのだから。
 ケビンとラルフの戦いはあの一戦だけでは無かった。
 二人は森の中でもう一度交戦していた。
 その時、慎重になったラルフに同じ戦法は通じなかった。
 しかしケビンはそれでも生き残れた。
 なぜか。
 それはラルフに起きたある変化が原因であった。
 だからケビンは言った。
 この戦いでもそれを利用出来るかもしれないと。
 そして先ほど、ついにそれを感じ取れた。
 だがまだか弱い。まだ利用出来ない。
 ゆえに待つ必要がある。
 つまりそれは、この地獄の中でまだ粘らなければならないということ。
 ケビンはそれを叫んだ。

「気合を入れろ! 踏ん張りどころだぞ!」

 槍から生じた衝撃波が爆音と共にその叫びを消し飛ばす。
 されど、直後にバージルが同じ叫びをもって応えた。

「死中に活有り! 言われるまでも無い!」

 黙れと言わんばかりに、次の爆風がその言葉を吹き飛ばす。

「っ!」

 盾が真ん中ほどでわずかに折れ曲がり、ディーノの表情が歪む。
 だからディーノはラルフから距離を取り直そうとしたが、

「駄目だ! 下がるな!」

 ケビンがそれを止めた。
 なぜか。
 いま居る場所が射程ギリギリの位置だからだ。
 されど衝撃波は容赦無く弱り始めた盾を襲う。
 轟音と共に軋むような金属板の悲鳴が上がる。

「「「「……っ!」」」」

 心を引っ掻くような音に全員の表情が歪む。
 回数を重ねるごとに大きくなり、より歪になる。
 そして耳に痛いほどになった瞬間、

「「「「!」」」」

 全員が同時に目を見開いた。
 盾を直接支えているディーノとバージルはそれを聞いた。聞こえてしまった。
 盾の金属板に亀裂が走った音を。
 しかしクラウスとケビンの理由は違っていた。
 思いが重なったからだ。
 機は熟した、同じその言葉が二人の心に浮かんでいた。
 ゆえに、

「「「今!」」」

 アランとケビン、そしてクラウスの三人の叫びは重なった。
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