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最終章
第五十二話 成す者と欲する者(4)
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◆◆◆
一週間後――
状況はサイラスが言った通りになった。
サイラスの妨害という枷が外れたラルフは、真っ直ぐにアランのほうへと進軍してきた。
が、これに対して恐れを抱く者はいなかった。
サイラスに教えられるまでもなくアラン達は準備してきたからだ。
ゆえに、
「……!」
その備えを目にしたラルフは思わず足を止めた。
まるで巨大な怪物がその上で自慢の爪を使って土遊びでもしたかのように、眼前に広がる平地は掘削されていた。
ガストン達を迎え討ったクリスの陣はさらに巨大になり、完成していた。
左右に広がる森まで完全に繋がっている。
中央に交易用の大通りがあるが、途中にある跳ね橋は当然上げられている。
鉄壁、その一言がラルフの脳裏に浮かんだ。
「……っ」
しかしラルフは歯を食いしばりながら、その言葉を掻き消した。
何が前に立ち塞がろうとも押し通る、そんな思いと共にラルフは叫んだ。
「前進だ!」「ハイラッ!」
瞬間、戦場に二つの叫びが響いた。
それは森から飛び出したアンナの声。
位置はラルフ達の斜め後方。
単純明快な伏兵、挟み撃ちである。
ラルフ達も感知を持っている。騎馬隊が伏せていたことは分かっていた。
だが相手にする時間が、余裕が無かった。
背後からはリーザ達が迫ってきている。これに追いつかれたら終わりだからだ。
そのために部隊を少し置いてきた。しかしそう長くは持ちこたえられないことは明白であった。
ゆえに、ラルフ達に残された手はアランへの突撃のみ。
しかしこれは無謀であることは誰の目にも明らかだった。
だからここに来るまでに多くの兵士達が逃げ出していた。
かつての大部隊は見る影も無くなっている。
「アランっ!」
しかしそれでもラルフは吼え、走り出した。
自分を選ばなかったリリィが憎い、それでもリリィが欲しい、だからアランが憎い、そんな思いがラルフの中に渦巻いていた。
もはや自分はどうしたいのか、何が一番重要なのか、それすらも分からなくなるほどに。
そんな狂気の権化を、
「攻撃開始!」
アランの号令が迎え撃つ。
兵士達が一斉に溝の中から身を乗り出し、光弾を放つ。
光弾の群れが横雨となり、ラルフの嵐とぶつかり合う。
「邪魔だ!」
うっとうしいぞ、そんな思いと共にラルフが叫ぶ。
嵐を連射しながらひたすら前へ前へ。
ひたすら足を前に出すラルフの背中に部下達の悲鳴が響く。
左右と後ろを守る部下達がアンナの長距離攻撃で倒されている。
しかしラルフは振り返らなかった。
その叫びに押されるかのようにラルフは足をただ前へ。
しかしその足はすぐに止まった。
「っ!」
接近によって密度が増した結果、数発の弾に嵐を突破されたからだ。
だがラルフはすぐに防御魔法を展開し、適度に防ぎつつの反撃に切り替えた。
そのままじりじりと接近。
そして双方の距離がある程度まで縮まった瞬間、
「爆ぜろっ!」
ラルフは主な武器を嵐から槍に切り替えた。
腐ってもラルフはやはり強大な魔法使いであった。
赤い槍が大地をえぐり、溝の中に隠れている兵士をなぎ払う。
しかしそれでも被害は数人。
ラルフの力をもってしても大地という盾は強固であった。
「ぐっ!?」
お返しだと言わんばかりに、大量の光弾がラルフに襲いかかる。
数珠、嵐、槍、盾、全てを使ってしのぐ。
際どい防御。全力をもってようやくというところ。
先よりも明らかに攻撃の密度が上がってきている。
その理由はすぐに分かった。
後ろから声がしなくなったからだ。
部隊は既に壊走を始めていた。
もう誰もラルフを守ろうとしていない。好き勝手に逃げ始めている。
だからラルフは叫んだ。
「この……糞雑魚共がぁっ!」
それは己の盾になって死んだ者達すらも含めての叫びであった。
そしてラルフは思った。
なぜ自分はアランのようになれないのかと。
なぜ自分にはアランのように頼りになる仲間が出来ないのかと。
だからラルフは、
「アランッ!」
再びその名を叫びながら、僻みと妬みをこめた眼差しを向けた。
一週間後――
状況はサイラスが言った通りになった。
サイラスの妨害という枷が外れたラルフは、真っ直ぐにアランのほうへと進軍してきた。
が、これに対して恐れを抱く者はいなかった。
サイラスに教えられるまでもなくアラン達は準備してきたからだ。
ゆえに、
「……!」
その備えを目にしたラルフは思わず足を止めた。
まるで巨大な怪物がその上で自慢の爪を使って土遊びでもしたかのように、眼前に広がる平地は掘削されていた。
ガストン達を迎え討ったクリスの陣はさらに巨大になり、完成していた。
左右に広がる森まで完全に繋がっている。
中央に交易用の大通りがあるが、途中にある跳ね橋は当然上げられている。
鉄壁、その一言がラルフの脳裏に浮かんだ。
「……っ」
しかしラルフは歯を食いしばりながら、その言葉を掻き消した。
何が前に立ち塞がろうとも押し通る、そんな思いと共にラルフは叫んだ。
「前進だ!」「ハイラッ!」
瞬間、戦場に二つの叫びが響いた。
それは森から飛び出したアンナの声。
位置はラルフ達の斜め後方。
単純明快な伏兵、挟み撃ちである。
ラルフ達も感知を持っている。騎馬隊が伏せていたことは分かっていた。
だが相手にする時間が、余裕が無かった。
背後からはリーザ達が迫ってきている。これに追いつかれたら終わりだからだ。
そのために部隊を少し置いてきた。しかしそう長くは持ちこたえられないことは明白であった。
ゆえに、ラルフ達に残された手はアランへの突撃のみ。
しかしこれは無謀であることは誰の目にも明らかだった。
だからここに来るまでに多くの兵士達が逃げ出していた。
かつての大部隊は見る影も無くなっている。
「アランっ!」
しかしそれでもラルフは吼え、走り出した。
自分を選ばなかったリリィが憎い、それでもリリィが欲しい、だからアランが憎い、そんな思いがラルフの中に渦巻いていた。
もはや自分はどうしたいのか、何が一番重要なのか、それすらも分からなくなるほどに。
そんな狂気の権化を、
「攻撃開始!」
アランの号令が迎え撃つ。
兵士達が一斉に溝の中から身を乗り出し、光弾を放つ。
光弾の群れが横雨となり、ラルフの嵐とぶつかり合う。
「邪魔だ!」
うっとうしいぞ、そんな思いと共にラルフが叫ぶ。
嵐を連射しながらひたすら前へ前へ。
ひたすら足を前に出すラルフの背中に部下達の悲鳴が響く。
左右と後ろを守る部下達がアンナの長距離攻撃で倒されている。
しかしラルフは振り返らなかった。
その叫びに押されるかのようにラルフは足をただ前へ。
しかしその足はすぐに止まった。
「っ!」
接近によって密度が増した結果、数発の弾に嵐を突破されたからだ。
だがラルフはすぐに防御魔法を展開し、適度に防ぎつつの反撃に切り替えた。
そのままじりじりと接近。
そして双方の距離がある程度まで縮まった瞬間、
「爆ぜろっ!」
ラルフは主な武器を嵐から槍に切り替えた。
腐ってもラルフはやはり強大な魔法使いであった。
赤い槍が大地をえぐり、溝の中に隠れている兵士をなぎ払う。
しかしそれでも被害は数人。
ラルフの力をもってしても大地という盾は強固であった。
「ぐっ!?」
お返しだと言わんばかりに、大量の光弾がラルフに襲いかかる。
数珠、嵐、槍、盾、全てを使ってしのぐ。
際どい防御。全力をもってようやくというところ。
先よりも明らかに攻撃の密度が上がってきている。
その理由はすぐに分かった。
後ろから声がしなくなったからだ。
部隊は既に壊走を始めていた。
もう誰もラルフを守ろうとしていない。好き勝手に逃げ始めている。
だからラルフは叫んだ。
「この……糞雑魚共がぁっ!」
それは己の盾になって死んだ者達すらも含めての叫びであった。
そしてラルフは思った。
なぜ自分はアランのようになれないのかと。
なぜ自分にはアランのように頼りになる仲間が出来ないのかと。
だからラルフは、
「アランッ!」
再びその名を叫びながら、僻みと妬みをこめた眼差しを向けた。
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