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最終章

第五十二話 成す者と欲する者(2)

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   ◆◆◆

 式から一週間後、次々訪れる祝辞の来客の頻度が緩まる気配が見えた頃、アランはリリィに尋ねた。

「そういえば、リリィはどうしてルイスの教会に? 自分から通うようになったのかい?」

 脈絡の無い唐突な質問であったが、リリィは素直に答えた。

「ううん、違う。確か……ルイスさんに誘われたから、だったと思う」

 首を振ってそう言うリリィに対し、アランは「やっぱりな」と思った。
 思っただけで言葉にはせず、「そうか」と簡単な言葉だけを返し、アランは重ねて尋ねた。

「そのお誘いというのは、『ちょっと仕事を手伝ってほしい』とか、そんな感じかい?」

 これにリリィは頷きを返し、口を開いた。

「ええ、そう。『商談の付き添い人になってほしい』と言われて。……でも、付き添いと言っても、本当にただ隣で座っていただけなんだけど」

 その言葉が決定打となった。
 アランは気付いたのだ。だから尋ねた。
 気付くきっかけは、その情報はやはりあの挫折の時期にあった。
 貧民街で回っている仕事の中に、おかしなものがあったのだ。
 いくら安い労働力だからとはいえ、こんな重要な案件を任せるだろうか、そんな疑惑が湧くものだ。
 そしてその手の仕事に限って、取り仕切っているのはルイスだった。
 ルイスはかなり信用されているんだな、当時はその程度にしか思わなかった。
 しかしこれで全ての合点がいった。ルイスはリリィを、リリィから放たれる無条件の希望を利用していたのだ。

「……」

 そしてアランは静かに、リリィに気付かれない程度に薄く笑った。
 自分もルイスに習おうと思ったからだ。

 そうだ。リリィはビジネスにおいて、いや、ビジネスだけにかかわらず様々な物事において恐ろしく強力なカードなのだ。

   ◆◆◆

 その後――

 アランはサイラスが予想した通りのことをやりながら、同時にあることを進めた。

「……」

 久しぶりの鍛冶場でアランは黙々と鎚を振るった。
 それはラルフへの対策の一つであり、ディーノと共に話し合って決めたものであった。

「……」

 慣れたはずの仕事に、アランは久しく緊張していた。
 これをもってしても、自分が完璧な仕事をしたとしても、そんな思いが何度も心の中に浮かんだ。

「……」

 それを振り払うかのようにアランは鎚を振るった。
 これ以上のことは出来ない。思いつかない。後はディーノを信じるしか無かった。

   ◆◆◆

 夜――

「ねえ……?」

 同じベッドの中で、同じ気だるさの中でリリィはアランに尋ねた。

「これから何をするつもりなの? ……この国をどうするつもりなの?」
「……」

 アランは少し間を置いてから答え始めた。
 それは、これまで誰にも打ち明けたことの無い思いの一つであった。

「きっかけは……」

 あの収容所だ、アランはそう言おうとしたが、

「いや、」

 と言い直し、その理由を述べた。

「自分がこういうことを考え始めたのはいつからなのか、その線引きはちょっと難しい。印象強い出来事はあるけども、この時からだ、と断言は出来ない」

 そしてアランは「たぶん、」と言葉を続けた。

「今の自分の考え方はこれまでの色んな出来事が関係してて、絡まって、混じって出来上がったものなんだと思う」

 そんな曖昧な前提を述べた後、アランは本題を語り始めた。

「……いつからかこう思うようになった。強者が皆クラウスのような人間であれば、自分がおぼろげに願う世はきっと訪れると」

 アランは己の記憶を辿り、混じり絡まったその何かを一つ一つ紐解き始めた。

「最初のイメージはクラウスじゃ無かった。それは『偉大なる大魔道士』だった。いま思えばそれはただの憧れだったわけだけど……」

 己が抱いていた青い憧れにアランは薄い笑みを浮かべた後、言葉を続けた。

「そしてある時、ディーノにこう言われた。『父を超えようと思ったら、相当大きなことをやらなければならない』と」

 その言葉は当時のアランにとってはとても印象強いものだった。
 なぜか。今のアランにはそれが分かっていた。

「当時の俺は一人立ちに、自立に強い執着を抱いていた。……たぶん、皆に認められたかっただけなんだと思う。だから同時に気付いた。仮に一人の男として認められて自立したとして、そのあと自分は具体的に何をすればいいのか、何を目指せばいいのか、俺は何をしたいのか、と。そんな思いが『大きなこと』と繋がった」

 アランはそこで少し口を閉じた後、再び語り始めた。

「だから考えた。何度も何度も。……でもその時は分からなかった。だから俺は一度あきらめて実家に戻ったりもした。でも不思議なことに、君と再会出来た。……あの収容所で」

 あまりにも奇妙な巡りあわせ。
 しかしこの数奇な出来事があるからこそ今の自分があることを、アランは答えた。

「そして助けに来てくれたクラウスが抱いていたイメージと繋がったんだ。魔法使いが、いや、皆がクラウスのような人間であればこんな場所は生まれなかったと。皆がクラウスに近付ければきっと世の中は善くなると、そう思うようになった」

 だからアランは収容所から帰還するその道中に、クラウスに色々と尋ねた。クラウスのことをよく知るために。
 しかしアランに欠けていたパズルの最後のピースを埋めたものは、クラウスでは無かった。

「そして最後の答えをくれたのはディーノだった。ディーノそのものが答えだった。アンナを、強い魔法使いを凌駕する無能の存在、これを利用しない手は無いと気付いた。ディーノは世の中の常識をひっくり返してくれる存在だった。言い換えれば注目を集め、大きなことを引き起こせる存在だったんだ」

 そう言った後、アランは天井に向けていた顔をリリィの方に傾け、目を合わせながら最後の言葉を述べた。

「君もそうだよ、リリィ。君もその最後のピースの一つになった」

 アランはもう自分が成すべきことを自覚している。もはや迷いは無い。
 しかしまだ気付いていないことがあった。
 アランはなぜこんな人間になれたのか。
 その理由を一つだけ選ぶとしたら、やはりアランが弱かったからだ。
 弱いものが強いものに勝つには奇を狙うか、違う土俵で勝負するしかない。
 だからアランは、アランの中にいる第四の存在はカルロやアンナとは違う道を模索したのだ。そして便利な道具である刀との運命の出会いを果たした。
 もしも、アランが生まれついての強力な魔法使いであったらと想像すれば分かりやすい。
 間違い無く剣になど関心を抱かなかっただろう。弱かったからこそ、強者とは違う視点を持てたのだ。

 しかしなぜ、アランとアンナはこんなにも違うのか。
 時になぜ、同じ両親から性質や能力が違うものが生まれるのか。
 遺伝子には尋常では無い量の情報が格納されている。先祖の分を含めてだ。
 なのになぜ、同じ両親から強者と弱者が生まれたりするのか。
 何が有利に働くかなど遺伝子は把握出来るはずだ。なのになぜ?
 まるで弱いことに意味があるかのように彼らは生まれてくる。
 もしかしたら本当にそうなのかもしれない。
 新しい視点、新しい価値観をもって己を磨き上げ、今の人間社会に新しい風を、新たな可能性、新たな力を正しく示せと、魅せてみよと言っているのかもしれない。
 しかしそのような運命に生まれた者達の人生は尋常ではなく苦しい。
 ゆえに彼らが神を呪うのは自由だ、私はそう思っている。
 そして同時に思う。
 なぜ先天的な悪人が時に生まれるのか。罪悪感や良心が機能しない人間が作り出されるのか。
 悪は社会を破壊する存在。悪が完全勝利したその時、人類は一つの終わりを迎えるだろう。
 ゆえに我々には戦略的に勝ち続けるしか選択肢が無い。
 そして勝ち続けたあとに待っているものは何なのだろうか? 我々はどこに辿り着くのだろうか?
 だが真実など肝心なところは何一つ分からない。なので、このことについての結論は各自の判断に委ねようと思う。
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