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第七章 アランが父に代わって歴史の表舞台に立つ

第五十一話 勇将の下に弱卒なし(12)

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 その声が響き終わると同時に、新たなラルフの光弾がリリィの真横を通り過ぎていった。
 アランが乗る馬を、足元を狙った一撃。
 これに対しアランは、

「ハイラっ!」

 気勢と共に馬を跳躍させた。
 光弾が眼下を通り過ぎていく。
 そして着地と同時にアランは再び叫んだ。

「後ろを頼む!」

 これに併走していたクラウスは、

「御意!」

 力強い声を返すと共に、馬を反転させた。
 クリスの城から出てきた部隊をクラウスが迎撃し、アランがラルフに突撃する。
 が、アランの意識はラルフには向いていなかった。
 二人を乗せてこの場から離脱する、アランの意識はそれだけで埋まっていた。
 その狙いが分かっているラルフは数珠を放り投げた。
 しかしそれは赤く無く、嵐の源でも無かった。
 ただの大粒の散弾と言えるその攻撃をアランは切り払い、そして避ける。
 射線上にリリィがいるから全力が出せないのだ。
 しかしアランは違う。手加減の無い攻撃が出来る。

「せぇやっ!」

 されど放たれたは小さな三日月。
 アランにも全力を出せない理由があった。
 アランはこの衝突が新たな戦争の火種になることを避けようとしていた。
 だから被害は双方共に抑えたく、ゆえに少人数で来た。ここは相手の占領地。軍隊で乗り込めば問題は避けられないからだ。
 されど、アランは分かっていた。自分がここに来たのは間違いであることを。正しい行為では無い事を。
 結局のところ、これはただの個人の感情による問題だからだ。
 リリィという存在は自国にとって有利に働くだろう。しかしそれを考慮しても自分が直接ここに来ることは間違っている。今の自分の身はそんなに軽く無いのだ。自分は炎の一族の長なのだから。
 父が生きていれば何と言っただろうか、そんなことを考えながら、アランはさらに攻撃を放った。
 小さな三日月が生む小規模の嵐でラルフの騎馬隊を転倒させていく。
 しかしラルフはやはり転ばなかった。
 巨大な防御魔法で難無くいなし、反撃の数珠を放つ。
 これをアランは三日月で迎え撃つと同時に、光弾を放った。
 それは赤みを帯びた、『父親ゆずりの』爆発魔法であった。
 嵐に紛れ、そして守られながらラルフの迎撃と防御をやりすごしたそれは、ラルフの足元で炸裂し、

「っ!?」

 その衝撃に驚いた馬は騎手であるラルフを振り落とした。

(今だ!)

 その隙にアランはリリィとケビンのそばに駆け寄り、

「乗って!」

 二人に向かって手を差し伸べた。
 リリィがその手を掴む。
 瞬間、

「「「!?」」」

 アランとケビン、そして離れたところにいるクラウスまでもが、その背に悪寒を覚えた。
 アランとクラウスの心に同じ戸惑いと、ラルフの正気を疑う文面が浮かび上がる。
 しかしケビンは違った。「遂にやりやがった」と思っただけであった。
 が、思いは違えど、アランとケビンは同時に同じ動きを取った。
 リリィの前に立ち、かばう。
 瞬間、ラルフは悪寒と同時に見えたものを、感じ取れたものを放った。
 手加減のあまり感じられない光る嵐。

「「でぇやあああっ!」」

 アランとケビン、二人の気勢と剣閃がこれを迎え討つ。
 そして濁流の中でケビンは感じ取った。

「僕のものにならないのなら」、「僕の手から遠く離れてしまうのであれば」、そんな思いを。

 しかし強い殺意は無かった。
 その理由は直後に音で判明した。
 人間のものでは無い悲鳴と、重いものが倒れた音が背後から響いた。
 ラルフの狙いは馬だったのだ。
 この二人ならばこの攻撃からリリィを守りきるだろう、そんな打算と共に嵐を放ったのだ。
 しかし万が一がある。
 だが、もしその万が一が起きたとしても、それは自分に逆らった罰のようなものだという考えがあった。
 完全に常軌を逸した思考。
 ゆえにアランは、

「貴様!」

 前の戦いでケビンが抱いたものと同じ軽蔑の念をラルフに叩き付けた。
 されど今回も結果は変わらなかった。

「……」

 その念にラルフは特に反応せず、再び嵐を放った。
 そして一度やってしまったことでラルフは慣れてしまった。
 二度、三度と、嵐を連発する。
 少しずつ手を早めながら。少しずつ威力を上げながら。
 轟音と衝撃が場を何度も駆け抜ける。

「ぃやああっ!」

 恐怖に思わずリリィが叫ぶ。

「「雄雄雄ぉっ!」」

 それを掻き消すように二人の気勢が重なる。
 叫びと轟音の応酬、それはいつまでも続くかのように見えた。
 が、その繰り返しは異質な乱入者の登場によって中断された。

「!」

 あまりのことに、初めてのことにラルフの目が見開き、その手が止まる。
 嵐がただの大盾に防御されたからだ。
 しかも蛇がその盾の表面を滑ったように見えた。
 だがそれよりも目を引くのがその見た目。
 そこだけ日が差していないかのように暗い。
 まるで影を纏っているかのように。
 筋骨隆々の巨体ゆえに余計目立つ。
 そしてその大男は轟音が完全に過ぎ去ると同時に叫んだ。

「だから俺は馬が苦手だって言ってんだろうが!」

 それは少し遅れたことに対しての言い訳であった。
 大男は、ディーノは肩で息をしながらリリィとケビンの方に振り返り、再び叫んだ。

「走れ! ここは引き受ける!」

 どこに、聞くまでも無くそれは見えていた。
 ディーノが乗ってきた馬が少し離れたところで待っていた。
 しかしラルフの攻撃の激しさに怯えて逃げ始めてしまっている。
 だからディーノは、

「急げ!」

 その背を押すように叫びを重ねた。
 それはアランも含めてのものだったが、アランはディーノの傍から離れなかった。
 だからディーノはアランをかばうように前に立った。
 直後、ラルフの手から生まれた嵐がそんな二人を飲み込んだ。
 しかしアランの剣閃も気勢も響かなかった。
 動く必要が無かったからだ。
 やはりディーノには通じなかった。
 が、

「!」

 次の瞬間、アランは表情を変えた。
 次にラルフが仕掛けて来る攻撃に驚いたのだ。
 その手に赤い玉が生まれる。
 対し、先と同じように大盾を構えるディーノに、アランは思わず叫んだ。

「駄目だ! 避けろ!」「!?」

 それは直感的なものだった。
 もしかしたら、たったそれだけの思いに、アランの口はこじ開けられていた。
 そしてその叫びに戸惑いの表情を浮かべたディーノであったが、親友の叫びはその足を突き動かした。
 アランとディーノ、二人の影が同時に右へ流れ始める。
 そして重なった二人の影に速度が乗った直後、球は弾け、赤い槍が奔った。

「?! ぅおおっ!?」

 瞬間、ついに明かされてしまった。
 ディーノの防御が無敵では無い事が。
 黒い膜が剥ぎ取られ、その巨体が吹き飛ぶ。
 考えてみれば当たり前のことだった。
 これは電子でも熱でも光の粒子でも無い。ただの衝撃波なのだから。
 二人の体が地に落ち、派手に滑る。
 その様に、ラルフは薄い笑みを浮かべた。
 驚かされたがやはり大した事は無いじゃないか、そんな思いが伝わってきた。

「野郎!」

 苛立つその表情と思いに対し、ディーノが反撃の狼煙を上げようとする。
 が、

「落ち着け! ディーノ!」

 俺たちの最優先はあいつの撃破では無いと、アランが諌めた。

「糞っ!」

 毒を吐きつつも、従うディーノ。
 事実、今持っている大盾ではどうにもならない攻撃であることは明らかだった。
 安全圏まで後退し、赤い槍の連射を避ける。
 そして避け続けているうちにラルフが工夫を、数珠との連携や一人時間差を使い始めた。
 その猛攻に二人の足がさらに後退する。
 アランはかつてクラウスがリーザに対してやったのと同じ「外し」を使ったが、それでも踏みとどまれなかった。衝撃波の影響範囲が広すぎるのだ。
 だがしばらくすると、ラルフの攻撃に変化が表れた。
 赤い槍を撃たなくなったのだ。
 その理由は考えるまでも無かった。
 リリィに近付いたからだ。追いつくほどに後退させられたからだ。

「「……」」

 自然と、ディーノとアランの口は静かになった。
 もしもリリィがいなければ、俺達が返り討ちにされていた可能性もあるのでは? そんな思いが浮かんだからだ。
 そしてその思いに対する答えが浮かび上がるよりも速く、リリィの叫びが耳に届いた。

「乗って!」

 これにディーノは口を開いた。

「お前が乗れ、アラン!」

 既にケビンとリリィが乗っている。重装備の自分は乗れない。
 しかし問題は無かった。
 その理由は直後に場に響いた。

「ディーノ殿、こちらに!」

 仕事を終えて合流したクラウスの声。
 これにディーノは答えるよりも早く飛び乗った。

「「ハイラっ!」」

 手綱を握るケビンとクラウスの気勢が同時に響き、馬が走り始める。
 視界が急速に流れ始め、後方にあるラルフの姿がみるみるうちに小さくなっていく。

「……っ」

 ラルフは忌々しげな表情を浮かべていた。
 その顔からアランは感じ取った。
 まだラルフはあきらめていないことを。
 ゆえに、アランとディーノはまったく同じことを思った。
 これは何か対策を立てておかなければならない、と。

   第五十二話 成す者と欲する者 に続く
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