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第七章 アランが父に代わって歴史の表舞台に立つ
第五十一話 勇将の下に弱卒なし(9)
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「……」
自由の利かぬ、時の流れが緩慢とした世界の中で、ケビンはまるで他人事のように見守っていた。
正確には感情が追いつかなかった。
流れ込んでくる大量の情報を飲み込むだけで精一杯だった。
そしてその中に、意外な内容があった。
この技には二つの狙いがあると。
一つは安全な突進。距離を詰めるための手段であると。
だから突破出来る数珠を展開してくれる瞬間を待った。
しかしこれだけではラルフには通じない。赤い槍には一方的に打ち負けるからだ。
ゆえに、もう一つの狙いがある。
それは、
「雄ォッ!」
直後に放たれたクラウスの雄叫びと共に明らかになった。
「……!」
ラルフの表情にさらなる色が加わったのだ。
それは焦り。
ラルフの片手には既に迎撃用の爆発魔法が完成寸前に至っている。
後はこれを投げるだけでいい。
しかし、にもかかわらず、ラルフの動きは一瞬固まった。
この速度の踏み込みから攻撃されれば、もしや、そんな思いがラルフの中で言葉になりつつあった。
クラウスはそれを見逃さなかった。
だからクラウスは叫んだ。
“参る!”
同時に一閃。
型は突き。
突き出された剣先から一筋の光が伸び走る。
それは傍目には、閃光魔法の出来損ないのように見えた。
しかしそうでは無い事がケビンには聞かずとも分かっていた。
これはあの時、本物のクラウスが見せたものと同じ技。
(いや、)
正確には違うと、ケビンは即座に己の考えを訂正した。
込められている感情が違う。
その一撃に込められているもの、それは、ケビンがかつて経験した焦りと後悔であった。
己が持つ無条件の勇気に振り回され、無謀な行動を取ってしまった時に感じたものだ。
ケビンがそのように正解を言い当てた直後、
“そうです”
と、クラウスの声が返ってきた。
そして同時に教えられた。
『既に仕掛けている』とはこの事だったのだ。だからラルフはあの距離で手間のかかる数珠を展開するなどという行動を取ってしまったのだ。
そもそもケビンを倒す必要は無い。ケビンを押さえ込むだけでも十分だった。なのにラルフは撃破を狙った。それだけでなく、接近して試し撃ちなどという愚を犯した。安全圏から爆発魔法を連射しているだけで、ケビンには勝ち筋が芽生えないことが分かっていたにもかかわらずだ。
ラルフは精神汚染に気付けなかったのだ。無条件の勇気を植え付けられ、煽られていたのだ。
そして無謀のすえに窮地に陥れば、当然焦りを抱く。
では、恐怖を孕むその焦りがさらに煽られたら、人間はどうなるか。
その答えは直後に明らかになった。
「……!」
頭に不可視の突きを受けたラルフは、その身を硬直させた。
思考は停止していない。むしろさらに活発になった。
だが、まとまらないのだ。結論が出ない。だから動けない。
つまり、混乱しているのだ。
この一連の流れが一つの技。勇をもって隙を誘い、勇をもって突く、ケビン特有の性質を利用した技。名付けて『勇過焦慮(ゆうかしょうりょ)の太刀』。
完璧に入った、その確信が言葉になって心の中で響く。
しかも次の踏み込みで剣の間合い。
最後の型はもう決まっていた。
それは突き。今出せる最速かつ最長の型。
焦慮の太刀を放った右腕を引き戻しながら、左腕の刃を突き出す。
ケビンとクラウス、二人はその同じイメージを重ねながら最後の一足を出した。
「!」
その詰めの接近に、ラルフは肩を「びくり」と跳ね上がらせながら、右手で弱々しい防御魔法を構えた。
広がり始めたばかりの未完成の盾。
これでは絶対に防げない。
ケビンとクラウス、二人はその同じ確信を重ね、
「せぇやっ!」
最後の一撃を繰り出した。
一筋の閃光が走り、光る壁に突き刺さる。
そしてその亀裂から溢れた光の粒子が閃光となって広がった瞬間、
「「ぁっぐ?!」」
ケビンとラルフ、二人は轟音と共に吹き飛んだ。
ラルフがもう片方の手に残していた爆発魔法を地面に叩き付けたのだ。
双方の体が同時に地に落ち、派手に滑る。
「……つっ」
しばらくして、ラルフはよろよろと立ち上ろうとした。
が、
「っ!」
上半身を起こしたところでその動きは止まった。
腹部と胸部から激痛が走ったのだ。
腹部の痛みの原因はすぐに分かった。
石の破片が突き刺さっているのだ。
「……!」
その大きさにラルフは寒気を覚えた。
この大きさ、内臓に達しているのでは――そんな恐怖とともにラルフはその石を掴み、引き抜いた。
「!」
鋭い痛みに背筋が跳ねる。
されど、その痛みは直後に湧き上がった安堵の感情に塗り潰された。
突き刺さっていた部分がそれほど長く無かったからだ。
これなら大丈夫――そんな言葉が浮かび上がりかけた瞬間、その思いは視界に映ったあるものによって掻き消された。
ケビンがもう立ち上がっているのだ。
しかし、ラルフは恐怖は覚えなかった。
ケビンがこちらに背中を向け、走り出しているからだ。
「待て……!」
聞く耳を持たれるわけが無い台詞を吐きながら立ち上がる。
そしてラルフはその背に叩きこんでやろうと、右手に光弾を作り出そうとした。
が、
「っ!」
突如生じた新たな痛みに、ラルフは顔をしかめた。
見ると、右手の平には一筋の大きな刺し傷が出来ていた。
またか、ラルフはそう思った。
あの時と、アランから受けた傷とまったく同じだからだ。
ラルフはその嫌な思い出を振り払いながら左手の中に光球を作り出した。
が、
「ラルフ!」
その一発が放たれることは無かった。
背後からの呼び声に、ラルフの左手が止まる。
しかしラルフは振り返ろうとはしなかった。
ラルフも感知能力者である。振り返らずとも、声を聞くまでも無く誰か分かっており、接近を察知出来ていた。
声の主はサイラスだが、それでも振り返る気にならなかった。
呼び声の中に「やめろ」という思いが込められていたからだ。
だからラルフは背を向けたまま、
「なぜ止める」
と尋ね返した。
「……」
サイラスは即答しなかった。
言いたいことは色々あった。リリィを追うだけのために勝手に軍隊を動かしたことなどだ。
だがサイラスは言っても無駄であることを感じ取った。
ゆえにサイラスはそれらの文句を飲み込み、ただ一言、
「手当てが先だ」
とだけ答えた。
しかしその言葉はラルフにリリィ追跡の自由を、軍隊を動かす自由を与えたも同然の発言であった。
そして今のラルフは、はっきり言ってただの狂犬である。
だがそれがラルフの本質であった。
今までは自分を出していなかっただけなのだ。大人しくしていただけである。
そして考えてみれば当たり前の事であった。だからこんな事になった。
希望と勇気ほど相性の良い組み合わせはなかなか無い。
リリィもまたケビンから放たれる感覚に影響を受けていたのだ。だからリリィの行動力が増した。
曇ったサイラスはそんな簡単なことにも気付けなかったのだ。
自由の利かぬ、時の流れが緩慢とした世界の中で、ケビンはまるで他人事のように見守っていた。
正確には感情が追いつかなかった。
流れ込んでくる大量の情報を飲み込むだけで精一杯だった。
そしてその中に、意外な内容があった。
この技には二つの狙いがあると。
一つは安全な突進。距離を詰めるための手段であると。
だから突破出来る数珠を展開してくれる瞬間を待った。
しかしこれだけではラルフには通じない。赤い槍には一方的に打ち負けるからだ。
ゆえに、もう一つの狙いがある。
それは、
「雄ォッ!」
直後に放たれたクラウスの雄叫びと共に明らかになった。
「……!」
ラルフの表情にさらなる色が加わったのだ。
それは焦り。
ラルフの片手には既に迎撃用の爆発魔法が完成寸前に至っている。
後はこれを投げるだけでいい。
しかし、にもかかわらず、ラルフの動きは一瞬固まった。
この速度の踏み込みから攻撃されれば、もしや、そんな思いがラルフの中で言葉になりつつあった。
クラウスはそれを見逃さなかった。
だからクラウスは叫んだ。
“参る!”
同時に一閃。
型は突き。
突き出された剣先から一筋の光が伸び走る。
それは傍目には、閃光魔法の出来損ないのように見えた。
しかしそうでは無い事がケビンには聞かずとも分かっていた。
これはあの時、本物のクラウスが見せたものと同じ技。
(いや、)
正確には違うと、ケビンは即座に己の考えを訂正した。
込められている感情が違う。
その一撃に込められているもの、それは、ケビンがかつて経験した焦りと後悔であった。
己が持つ無条件の勇気に振り回され、無謀な行動を取ってしまった時に感じたものだ。
ケビンがそのように正解を言い当てた直後、
“そうです”
と、クラウスの声が返ってきた。
そして同時に教えられた。
『既に仕掛けている』とはこの事だったのだ。だからラルフはあの距離で手間のかかる数珠を展開するなどという行動を取ってしまったのだ。
そもそもケビンを倒す必要は無い。ケビンを押さえ込むだけでも十分だった。なのにラルフは撃破を狙った。それだけでなく、接近して試し撃ちなどという愚を犯した。安全圏から爆発魔法を連射しているだけで、ケビンには勝ち筋が芽生えないことが分かっていたにもかかわらずだ。
ラルフは精神汚染に気付けなかったのだ。無条件の勇気を植え付けられ、煽られていたのだ。
そして無謀のすえに窮地に陥れば、当然焦りを抱く。
では、恐怖を孕むその焦りがさらに煽られたら、人間はどうなるか。
その答えは直後に明らかになった。
「……!」
頭に不可視の突きを受けたラルフは、その身を硬直させた。
思考は停止していない。むしろさらに活発になった。
だが、まとまらないのだ。結論が出ない。だから動けない。
つまり、混乱しているのだ。
この一連の流れが一つの技。勇をもって隙を誘い、勇をもって突く、ケビン特有の性質を利用した技。名付けて『勇過焦慮(ゆうかしょうりょ)の太刀』。
完璧に入った、その確信が言葉になって心の中で響く。
しかも次の踏み込みで剣の間合い。
最後の型はもう決まっていた。
それは突き。今出せる最速かつ最長の型。
焦慮の太刀を放った右腕を引き戻しながら、左腕の刃を突き出す。
ケビンとクラウス、二人はその同じイメージを重ねながら最後の一足を出した。
「!」
その詰めの接近に、ラルフは肩を「びくり」と跳ね上がらせながら、右手で弱々しい防御魔法を構えた。
広がり始めたばかりの未完成の盾。
これでは絶対に防げない。
ケビンとクラウス、二人はその同じ確信を重ね、
「せぇやっ!」
最後の一撃を繰り出した。
一筋の閃光が走り、光る壁に突き刺さる。
そしてその亀裂から溢れた光の粒子が閃光となって広がった瞬間、
「「ぁっぐ?!」」
ケビンとラルフ、二人は轟音と共に吹き飛んだ。
ラルフがもう片方の手に残していた爆発魔法を地面に叩き付けたのだ。
双方の体が同時に地に落ち、派手に滑る。
「……つっ」
しばらくして、ラルフはよろよろと立ち上ろうとした。
が、
「っ!」
上半身を起こしたところでその動きは止まった。
腹部と胸部から激痛が走ったのだ。
腹部の痛みの原因はすぐに分かった。
石の破片が突き刺さっているのだ。
「……!」
その大きさにラルフは寒気を覚えた。
この大きさ、内臓に達しているのでは――そんな恐怖とともにラルフはその石を掴み、引き抜いた。
「!」
鋭い痛みに背筋が跳ねる。
されど、その痛みは直後に湧き上がった安堵の感情に塗り潰された。
突き刺さっていた部分がそれほど長く無かったからだ。
これなら大丈夫――そんな言葉が浮かび上がりかけた瞬間、その思いは視界に映ったあるものによって掻き消された。
ケビンがもう立ち上がっているのだ。
しかし、ラルフは恐怖は覚えなかった。
ケビンがこちらに背中を向け、走り出しているからだ。
「待て……!」
聞く耳を持たれるわけが無い台詞を吐きながら立ち上がる。
そしてラルフはその背に叩きこんでやろうと、右手に光弾を作り出そうとした。
が、
「っ!」
突如生じた新たな痛みに、ラルフは顔をしかめた。
見ると、右手の平には一筋の大きな刺し傷が出来ていた。
またか、ラルフはそう思った。
あの時と、アランから受けた傷とまったく同じだからだ。
ラルフはその嫌な思い出を振り払いながら左手の中に光球を作り出した。
が、
「ラルフ!」
その一発が放たれることは無かった。
背後からの呼び声に、ラルフの左手が止まる。
しかしラルフは振り返ろうとはしなかった。
ラルフも感知能力者である。振り返らずとも、声を聞くまでも無く誰か分かっており、接近を察知出来ていた。
声の主はサイラスだが、それでも振り返る気にならなかった。
呼び声の中に「やめろ」という思いが込められていたからだ。
だからラルフは背を向けたまま、
「なぜ止める」
と尋ね返した。
「……」
サイラスは即答しなかった。
言いたいことは色々あった。リリィを追うだけのために勝手に軍隊を動かしたことなどだ。
だがサイラスは言っても無駄であることを感じ取った。
ゆえにサイラスはそれらの文句を飲み込み、ただ一言、
「手当てが先だ」
とだけ答えた。
しかしその言葉はラルフにリリィ追跡の自由を、軍隊を動かす自由を与えたも同然の発言であった。
そして今のラルフは、はっきり言ってただの狂犬である。
だがそれがラルフの本質であった。
今までは自分を出していなかっただけなのだ。大人しくしていただけである。
そして考えてみれば当たり前の事であった。だからこんな事になった。
希望と勇気ほど相性の良い組み合わせはなかなか無い。
リリィもまたケビンから放たれる感覚に影響を受けていたのだ。だからリリィの行動力が増した。
曇ったサイラスはそんな簡単なことにも気付けなかったのだ。
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