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第七章 アランが父に代わって歴史の表舞台に立つ

第五十話 輝く者と色あせていく者(9)

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   ◆◆◆

 その後、事態はケビンが予想した通りになった。
 ラルフによる監視は緩まるどころか、さらに厳しくなった。
 煩わしいラルフへの報告も、さらに面倒なものになった。
 だが、ケビンは文句一つ言わず従った。予想出来ていたことであるため、心構えが出来ていた。
 しかし、予想していなかった変化が一つだけあった。
 それはリリィの変化であった。

「おはようございます、ケビン様」
「お仕事お疲れ様でした。また明日もよろしくお願いします」
「ケビン様、これからお茶にしようと思っているのですが、ご一緒にいかがですか?」

 何かにつけて、このように話しかけてくるようになったのだ。
 だが、異性として好意をもたれているからでは無いことは明白であった。
 なぜなら、

「今日は昨日よりも人が増えたのですね。警備を増やしてくれたのですか?」

 などと、仕事に関する質問が飛んでくるからだ。
 感知能力が無ければ、ただの何気無い、興味から来る質問だと思えたかもしれない。
 だが、ケビンの理性はそうでは無いと分かっていた。虫がその証拠を掴んでいた。
 リリィは探りを入れているのだ。情報を集めているのだ。
 何のためにか?
 それは心を覗かずとも明らかであった。
 リリィは逃げる算段を立てているのだ。
 ケビンはそこまで分かっていたが、

「その通りだ。今日から庭の見張りが増員された」

 あえて、正直に質問に答えた。
 自力で逃げてくれるなら都合が良いと思ったからだ。
 そうなればこの煩わしい仕事から解放される。
 ケビンはそう思い、リリィにとって有益な情報を提供し続けた。
 これは自分にとっても益があること、自分のためにやっていること、ケビンはそう思っていた。
 が、それは間違いであった。
 ケビンは自分を騙していた。
 本当はリリィに心から同情しているからだ。上手く逃げ出してほしいと思っているからだ。

   ◆◆◆

 それから、物事はゆっくりと流れた。
 しかしその変化や結果はサイラスにとって気に食わないものばかりだった。
 その中でもまず最初に目立ったのはラルフのことであった。
 サイラスはラルフに新たな女をあてがおうとした。
 が、ラルフはそれを突っぱねた。
 恐ろしい事にあんな事があってなお、あんな事をしてなお、ラルフのリリィに対しての執着心は衰えていなかった。
 それどころか、ますます強くなっているように見えた。
 なんとしてでもあの女を手に入れたい、そんな気迫すら感じるほどに。
 それほどまでに、ラルフはリリィから放たれる希望の感覚に魅入られていた。
 そしてラルフとリリィの問題の影響は二人だけのものにとどまらなかった。
 サイラスが築こうとしている新しい国から、早くも脱退者が出始めたのだ。
 それはやはり無能の者達だった。
 彼らはアランが築こうとしている新たな世に向かって、移住を始めていた。
 ラルフとリリィ、二人の問題が世間に公表されたわけでは無い。サイラスはそんなヘマはしなかったし、影が暗躍したわけでも無い。
 みんな、アランに対して希望を抱いただけなのだ。無能の者達にとっては、サイラスよりもアランのほうが眩しく見えたのだ。
 サイラスはこの事態を恐れていた。だから焦った。
 しかし止める手段は無かった。
 ただただ、離れていく者達の背中を見送ることしか出来なかった。
 だから、サイラスの心は荒んで(すさんで)いった。
 だから、サイラスは色々な事を見逃してしまった。
 その中で一番大きなことは、やはりリリィのことだった。

   ◆◆◆

 ゆっくりとした変化の中で、リリィは着実に積み上げていった。
 人員の配置と人数を時間帯や曜日ごとに調べ上げていった。
 そしてさらに、リリィは一発本番という勝負には出なかった。
 リリィは何度か「試した」。
 真夜中に明かりもつけずに料理や洗濯、風呂の準備などを始め、警備の反応をうかがったのだ。
 当然、見つかった時は「眠れないから」などと適当な理由をつけた。ラルフに襲われてからまだ日が浅かったがゆえに、この嘘は通じた。
 リリィは気づいていた。
 耳や目が良い、などというありふれた理由では説明出来ない察知能力を持つ人間がいることを。アランがそうだったのだから。
 そしてラルフは謹慎が解かれてからすぐには姿を見せなかった。
 ラルフなりに気を使ったのだろう。
 これはリリィにはありがたかった。
 ラルフという感知能力者がいないほうが何をやるにも動きやすかったからだ。
 しかしこの気づかいは一ヶ月ほどしか続かなかった。
 ラルフは再び屋敷に姿を見せるようになった。
 もう時間はあまり残されていないように見えた。またいつ襲われるか分からない。時が流れるほどに危険、不利になる、そう思えた。
 だからリリィは遂に覚悟を決めた。
 それは春の気配が肌で感じられるようになったある日の事であり、その夜が決行日となった。
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