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第七章 アランが父に代わって歴史の表舞台に立つ

第五十話 輝く者と色あせていく者(4)

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   ◆◆◆

 その後、ガストン達を追い詰めるために南下していたサイラスはラルフを連れて北上した。
 理由はもちろんただ一つ。ラルフとリリィを結婚させるためであった。
 のだが――

「こんな時間に呼び出しとは、一体何だ?」

 皆が寝静まった深夜、サイラスに呼び出されたケビンはその理由を尋ねた。
 サイラスは即座に口を開いた。

「この地に戻ってきた理由については察しがついているか?」

 この地、それは収容所のある、かつてヨハンが治めていた街であった。
 サイラスはラルフを戦いに集中させるため、引き離す理由でリリィをこの街に置いていた。
 そして質問に対し、ケビンは頷きと共に答えた。

「ラルフを想い人と……確かリリィと言ったか? その女性と結婚させるためでは?」

 これにサイラスは「そうだ」と答え、言葉を続けた。

「……そのつもりだったんだがな」

 察したケビンは口を開いた。

「上手くいかなかったのか?」

 その問いにサイラスは「ああ」と肯定し、どうなったかを答えた。

「ラルフは見事に振られたよ」

 その言葉に、ケビンは感心したような表情で口を開いた。

「王妃の座を蹴るとは、中々豪気な女だな」

 ケビンは「しかし、」と言葉を繋げた。

「強い共感が使えるお前ならば、その考えを改めさせることが出来るだろう?」

 その問いにサイラスは頷きを返し、口を開いたのだが、

「ああ、私もそう思って試したのだがな……」

 その口から出た言葉は予想外のものであったがゆえに、ケビンは再び尋ねた。

「駄目だったと? なぜ?」
「……」

 サイラスは少し間を置いて考えを整理した後、口を開いた。

「……まず第一に、私は信用されていない」

 瞬間、ケビンはサイラスが何かを隠したのを感じ取った。
 しかしそれが何かは分からなかった。
 ケビンに感じ取れたことは、虫がサイラスの頭の中で活動したことだけであった。

 サイラスは何をしたのか。
 それは魔王やシャロンの混沌が使ったものと同じ手口、「情報の分割と遮断」であった。
 虫は脳の神経回路の代替物として機能することが出来る。つまり、虫に記憶情報を格納しておけば、いつでも好きな時に「忘れる」ことが出来るのだ。
「忘れる」という表現は正確では無い。正しくは「情報として認識出来なくなる」である。記憶情報をバラバラにしたり、外部との接続を遮断することで思い出すことを出来ないようにするのだ。
 復元も思いのままである。元通りに繋がればいいだけなのだから。
 しかし認識出来ないものを理性などから自発的に復元することは難しい。
 なので、事前に虫に「条件付け」をしておくのだ。何かの合図、または切っ掛けで虫が自動的に修復作業に入るように設定しておくのだ。その条件は「一定の時間経過」が安易かつ無難であり、サイラスもそうしている。

 そしてサイラスはその技術を用いて何を隠したのか。
 それは、ラルフとリリィを都合良く利用しようとしていることであった。
 しかし、それはアランも同じである。アランはディーノとディアナの結婚を政治的に利用している。
 なのになぜ、二人はこうも違うのか。アランは堂々としているのに、サイラスはなぜ隠すのか。
 それは、二人の根元にある動機の違いが理由である。
 アランは民の意識を変えるためにそうしている。それ以外の動機は一切無い。
 しかしサイラスは――

「……」

 今のサイラスにはそれが分からない。何を隠したのかすら思い出せなくなっている。今サイラスの中にあるのは「何かを隠した」という意識だけだ。
 ゆえにそれ以上の言葉を紡ぐことは出来ない。
 だからサイラスはもう一つの理由について述べ始めた。

「……そしてどうやら、リリィはお前と同じものを持っているようだ。それが心境の変化を邪魔している」

 その言葉に強く惹かれたケビンは「それはどういうことだ?」と即座に尋ねた。
 これについてはサイラスは隠さずに答えた。

「当人の過去を覗いて知ったことだが、リリィはアランと男女の関係にあったようだ。そしてリリィはお前の無鉄砲さと同じく、無条件の感情を持っている。その感情がアランへの思いを繋いでいる。アランへの想いに強制力のようなものが働いているのだ」

 サイラスは薄い笑みを浮かべた後、再び口を開いた。

「つまり、王妃の座が交渉材料にならない理由は単純だ。アランは今や炎の一族の長なのだからな」

 そしてケビンはここでようやく、自身が呼ばれた理由を察した。
 だからケビンは確認するように尋ねた。

「話は分かった。……のだが、まさかとは思うが、その説得に協力しろ、などと言うつもりではないだろうな?」

 これにサイラスは薄かった笑みを濃くしながら口を開いた。

「物分りが良くて助かる。その通りだ」

 ケビンは首を振りながら答え、

「正直なところ、力になれるとは思えないな」

 そして尋ねた。

「そもそも、どうして俺なんだ?」

 サイラスは笑みの濃さを変えずに口を開いた。

「そんなに難しく考えなくていい。赤の他人なら誰でもいいんだ。そして私はお前を信用している。お前を選んだ理由はそれだけだ」
「……」

 サイラスの頼みに、ケビンは即答することが出来なかった。
 やはり自信が湧かず、その仕事に自分は不適切であるように思えた。
 が、駄目でもいいというのであればやってみる価値はあるのではないか、とも思えた。
 そして今は他にやることが無いという理由が決定打となり、ケビンの口を開かせた。

「やってはみるが、期待はするなよ」

 待ち望んでいたその答えに、サイラスは「ああ、よろしく頼んだぞ」と軽い言葉を返した。
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