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第七章 アランが父に代わって歴史の表舞台に立つ
第四十九話 懐かしき地獄(7)
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◆◆◆
「……」
離れていく敵の背中をクリスは黙って見送った。
この後、敵はどうするであろうかをクリスは考えていた。
希望だけを言えば、降伏を受け入れてほしいとクリスは思っていた。
クリスはこの後すぐに降伏勧告の使者を送るつもりであった。
彼らは影なる脅威に踊らされているだけの可能性が非常に高い。感知をもって説明すれば戦いを終わらせられるかもしれないからだ。
ゆえにクリスは手加減した。バージルの三日月やクリス自身の光る嵐で全軍突撃を迎撃しなかったのはそれが理由である。
しかし、きっと降伏は受け入れられないだろうなとクリスは思っていた。
クリスは敵がこちらに対して強い不信感を抱いているのを感じ取っていた。
しかも戦意もまだ消えていない。
なのでもう一度仕掛けてくるだろう。それもほとんど間を置かずに。
なぜなら、彼らにはもうあまり時間が残されていないからだ。アンナとレオンの騎馬隊が近くにまで迫っている。後方の部隊はそう長くは持ちこたえられないだろう。
持って恐らく、あと一日。明日にでも再戦を挑んでくる可能性が高い。しかも次は正面だけからは攻めてこないだろう。敵も戦い方を変えてくるはず。
そこまで考えたところで、クリスは、
「……ふう」
安堵とやるせなさが混じったため息を吐いた後、
「……準備をしておくか」
少し重くなった腰を上げた。
◆◆◆
次の日――
「やはり来たか」
予想通りの結果に、クリスはそう漏らした。
使者が帰って来たのとほぼ同時に、敵は出陣した。
その形は三個分隊。
狙いはもう感じ取れていた。
総大将が指揮する正面の部隊が囮となってこちらの攻撃を引きつけ、その間に左右の部隊に挟撃させるつもりだ。
確かに、左右から挟みこむことは可能だ。左右には森が広がっているが、溝の陣地はそこまで伸びてはいない。部隊が歩いて通れる空間があるのだ。これは単純にそこまで掘り進む時間が無かっただけのことである。
しかし当然、その森には伏兵を配置している。
敵の総大将もそれは分かっている。森の横を通れば挟撃されることを予想出来ている。
だがそれでも、敵はその危険な空間に踏み入るつもりであった。
敵の総大将はその危険の先に希望を抱いていた。賭けていた。
総大将は挟撃以外の手を胸の奥に秘めていた。
しかしその手は良く言えば『臨機応変』、悪く言えば『曖昧』であった。
まずは挟撃してみる、その程度の考えだ。
それが駄目そうだったらクリス達を無視してカルロの街に突撃を仕掛けようと考えている。
後者となれば、総大将は左右どちらかの部隊と合流することになる。
その場合、合流できなかった方は壊滅する恐れがある。
が、総大将はどのような被害が出ようともやむなし、と考えていた。
ゆえにクリスは、
(これは……凄まじいな)
素直に驚かされた。
なんと、敵の隊長格はそれらの曖昧な段取りとリスクを既に知らされており、受け入れていた。
そして彼らの部下達、兵士達は何があっても隊長と総大将についていくつもりだ。
その覚悟の固さと忠誠心の高さにクリスは驚かされ、同時に思い出した。
ガストン一族は代々戦いを習わしとしているという話を。
炎の一族と同じように、戦いを専門としている貴族であることを。
ゆえに指揮官も兵士も優秀なのだろう。
だから、クリスは、
(哀れだな……)
と思った。
彼らにはあと一つだけ、何かが足りなかったのだ。
もし彼らにディーノのような強い戦士がいれば、またはアンナのような強い魔法使いが一人でもいれば状況は違っていただろう。それさえあればヨハンの一族のように強大になっていたかもしれない。しかしガストン一族はそのような者を生み出すことが出来なかった。
もしくは、感知能力があればこのような不幸な展開は避けられただろう。
そう、ゆえに哀れなのだ。
仮にここを突破出来たとしても、カルロの街の前には別の防衛部隊が控えているのだ。
しかもそこには既にそれなりの陣が出来ている。土壁が並んでいる。ここの溝を掘った際に生じた土で作ったものだ。
この陣ほどでは無いが、そこもかなり強固だ。
感知があればそれが分かるのだ。ここを突破しても新たな絶望が待っているだけであることを。ほぼ確実に、その防衛部隊と自分達に、またはアンナ達に挟撃される形になることを。
「……」
考えるうちに、クリスは自然とガストン将軍を自分と重ねていた。
そして気付いた。
彼らに足りなかったもう一つの何かを。
それは「運」だ。
思い返してみれば、自分は本当に運が良かった。
ガストン達が経験しているような絶望的状況を一度ならず経験したが、その度に「運」に助けられた。
親への反抗心と自立心に急かされたアランがディーノと共に自分のところに転がり込んできたのがその最たるものだろう。
そのおかげで色々な援助を受けることが出来た。「アランが自分の城にいる」という事実は色々なことに利用出来た。
「……」
その事実に気付いた瞬間、クリスは言葉を失った。
もはや、ガストン達にかける言葉は無くなっていた。
いや、最後に一つだけあった。
時に、運命とはなんと残酷なのだろうか、と、クリスは思った。
「……」
離れていく敵の背中をクリスは黙って見送った。
この後、敵はどうするであろうかをクリスは考えていた。
希望だけを言えば、降伏を受け入れてほしいとクリスは思っていた。
クリスはこの後すぐに降伏勧告の使者を送るつもりであった。
彼らは影なる脅威に踊らされているだけの可能性が非常に高い。感知をもって説明すれば戦いを終わらせられるかもしれないからだ。
ゆえにクリスは手加減した。バージルの三日月やクリス自身の光る嵐で全軍突撃を迎撃しなかったのはそれが理由である。
しかし、きっと降伏は受け入れられないだろうなとクリスは思っていた。
クリスは敵がこちらに対して強い不信感を抱いているのを感じ取っていた。
しかも戦意もまだ消えていない。
なのでもう一度仕掛けてくるだろう。それもほとんど間を置かずに。
なぜなら、彼らにはもうあまり時間が残されていないからだ。アンナとレオンの騎馬隊が近くにまで迫っている。後方の部隊はそう長くは持ちこたえられないだろう。
持って恐らく、あと一日。明日にでも再戦を挑んでくる可能性が高い。しかも次は正面だけからは攻めてこないだろう。敵も戦い方を変えてくるはず。
そこまで考えたところで、クリスは、
「……ふう」
安堵とやるせなさが混じったため息を吐いた後、
「……準備をしておくか」
少し重くなった腰を上げた。
◆◆◆
次の日――
「やはり来たか」
予想通りの結果に、クリスはそう漏らした。
使者が帰って来たのとほぼ同時に、敵は出陣した。
その形は三個分隊。
狙いはもう感じ取れていた。
総大将が指揮する正面の部隊が囮となってこちらの攻撃を引きつけ、その間に左右の部隊に挟撃させるつもりだ。
確かに、左右から挟みこむことは可能だ。左右には森が広がっているが、溝の陣地はそこまで伸びてはいない。部隊が歩いて通れる空間があるのだ。これは単純にそこまで掘り進む時間が無かっただけのことである。
しかし当然、その森には伏兵を配置している。
敵の総大将もそれは分かっている。森の横を通れば挟撃されることを予想出来ている。
だがそれでも、敵はその危険な空間に踏み入るつもりであった。
敵の総大将はその危険の先に希望を抱いていた。賭けていた。
総大将は挟撃以外の手を胸の奥に秘めていた。
しかしその手は良く言えば『臨機応変』、悪く言えば『曖昧』であった。
まずは挟撃してみる、その程度の考えだ。
それが駄目そうだったらクリス達を無視してカルロの街に突撃を仕掛けようと考えている。
後者となれば、総大将は左右どちらかの部隊と合流することになる。
その場合、合流できなかった方は壊滅する恐れがある。
が、総大将はどのような被害が出ようともやむなし、と考えていた。
ゆえにクリスは、
(これは……凄まじいな)
素直に驚かされた。
なんと、敵の隊長格はそれらの曖昧な段取りとリスクを既に知らされており、受け入れていた。
そして彼らの部下達、兵士達は何があっても隊長と総大将についていくつもりだ。
その覚悟の固さと忠誠心の高さにクリスは驚かされ、同時に思い出した。
ガストン一族は代々戦いを習わしとしているという話を。
炎の一族と同じように、戦いを専門としている貴族であることを。
ゆえに指揮官も兵士も優秀なのだろう。
だから、クリスは、
(哀れだな……)
と思った。
彼らにはあと一つだけ、何かが足りなかったのだ。
もし彼らにディーノのような強い戦士がいれば、またはアンナのような強い魔法使いが一人でもいれば状況は違っていただろう。それさえあればヨハンの一族のように強大になっていたかもしれない。しかしガストン一族はそのような者を生み出すことが出来なかった。
もしくは、感知能力があればこのような不幸な展開は避けられただろう。
そう、ゆえに哀れなのだ。
仮にここを突破出来たとしても、カルロの街の前には別の防衛部隊が控えているのだ。
しかもそこには既にそれなりの陣が出来ている。土壁が並んでいる。ここの溝を掘った際に生じた土で作ったものだ。
この陣ほどでは無いが、そこもかなり強固だ。
感知があればそれが分かるのだ。ここを突破しても新たな絶望が待っているだけであることを。ほぼ確実に、その防衛部隊と自分達に、またはアンナ達に挟撃される形になることを。
「……」
考えるうちに、クリスは自然とガストン将軍を自分と重ねていた。
そして気付いた。
彼らに足りなかったもう一つの何かを。
それは「運」だ。
思い返してみれば、自分は本当に運が良かった。
ガストン達が経験しているような絶望的状況を一度ならず経験したが、その度に「運」に助けられた。
親への反抗心と自立心に急かされたアランがディーノと共に自分のところに転がり込んできたのがその最たるものだろう。
そのおかげで色々な援助を受けることが出来た。「アランが自分の城にいる」という事実は色々なことに利用出来た。
「……」
その事実に気付いた瞬間、クリスは言葉を失った。
もはや、ガストン達にかける言葉は無くなっていた。
いや、最後に一つだけあった。
時に、運命とはなんと残酷なのだろうか、と、クリスは思った。
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