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第七章 アランが父に代わって歴史の表舞台に立つ

第四十九話 懐かしき地獄(5)

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   ◆◆◆

「良い指揮官だ」

 突撃の合図が響いた直後、クリスはそう独り言を漏らした。
 それは本心からの言葉であった。
 未知のものを相手に戦うための判断力を有していると、クリスは相手の総大将を評価していた。
 しかし哀れなのは感知能力を有していないこと。
 アランや自分ほどで無くとも、それなりの感知を有していれば正面からの全軍突撃は最善手では無い事が分かるからだ。
 だからクリスは思った。
 最初の相手がお前達で本当に良かった、と。

   ◆◆◆

「進め、進めぇ!」

 一番乗りを果たした兵士はそう叫んだ。
 後ろにはまだ溝に入れていない仲間達が渋滞を起こしている。
 彼らを受け入れるには自分達が進まなくてはならない。場所を空けなくてはならない。
 だから兵士は叫び、自分自身と皆を急かしている。
 しかしその声の激しさと比べると、足の進みは遅い。
 なぜなら足元がぬかるんでいるからだ。溝の底には雨が溜まっている。
 幅も狭い。すれ違うのがやっとのほどだ。
 しかし深さはそれなりにある。平均的な身長の男が立っていても、胸元あたりまで隠れるくらいに。

「前進ーっ!」

 兵士は誰かが放ったその気勢を背に受けながら、ぬかるみにとらわれて重くなった足を前に出し続けた。
 その兵士の眼前には曲がり角があった。
 曲がった先に小部屋のような少し広い空間があるのが覗き見えている。
 ここに乗り込めば後続の仲間達がもっと溝に乗り込める。だが、その前に安全確認をしなくては。
 兵士がそんな事を思った直後、

「っ!?」

 兵士の視界は赤く染まった。

   ◆◆◆

「!」

 その兵士の叫び声を耳にした瞬間、総大将は表情を変えた。
 後方から指揮をしている総大将はまだ溝の中に入っていない。ゆえに、何が起きたのかを見下ろす形で把握出来た。
 兵士は炎に焼かれたのだ。
 そして同時に、総大将は自身の中にあった違和感の正体に気付いた。
 なぜ連中はこんなにもあっさりと自分達を乗り込ませたのか。なぜ食い止めることを一切しなかったのか。
 その答えは一つしか無かった。
 これは罠なのだ。自分達は乗り込んだのでは無い。招かれたのだ。

   ◆◆◆

(さすが。察しがいいな)

 壁に背を預けながら、クリスは再び敵総大将のことを褒めた。
 敵総大将が思ったことは正解であった。
 新しい戦術を考える際、クリスの頭の中にはいつも同じ条件、同じイメージがあった。
 それは多勢に無勢。クリスは常に相手の方が倍は多いという条件で思考を重ねていた。不利な戦いばかり経験したクリスならではの考え方であった。
 そのような条件の場合では、この強固な陣地を持ってしても侵入させずに決着させることは非常に困難であることをクリスはすぐに理解した。
 なぜなら、光弾では火力が足りないからだ。
 よほど強力な魔法使いでなければ一撃で相手を行動不能にすることは出来ない。戦力に大きな差がある条件では、先のような壁を展開しながらの全軍突撃を食い止めることは出来ないのだ。
 だから、クリスは侵入される前提で考えた。
 そしてクリスは自身が使い手であるがゆえにすぐに気付くことが出来た。狭い地形では炎魔法が非常に有効であることを。
 それに気付いてからは思考は順調に積み上がっていった。
 道を狭く、そして足場を悪くしておけば敵は必ず渋滞を起こす。それをどのように迎え撃てばいいか、そのイメージはすぐに二つ浮かんだ。
 一つは小部屋のような射線が良く通る地形、そしてもう一つは十字路であった。
 そのような場所に味方を配置し、姿を見せた敵に炎と光弾の集中砲火を浴びせる。多対一の条件を地形によって作り出すのだ。
 そのような構造は城にもあったが、これほどまでに極端な狭さでは無かった。荷物の運搬をしなければならない以上、ある程度の広さは必要であった。
 しかしこの陣地にそのような生活の概念は影響しない。だから戦いに特化することが出来た。
 限界まで狭く、そして複雑な迷路にすることが出来た。
 そしてこの迷路はただ闇雲に作られたものでは無い。
 乗り込まれた際にどのように逃げ、どのように迎え撃つかが考えられている。
 だから一方向から攻めるのは愚手だ。逃げる方向を決めやすく、迎え撃つ準備をしやすい。

(彼はそれに気付くだろうか)

 クリスは味方の炎魔法使いが敵を順調に焼いていくのを感じながら、そんなことを思った。
 その顔にはやはり薄い笑みが張り付いていた。

 しかしクリスはまだ気付いていない。知らない。
 敵の足を止めるのに最適な道具が、鉄条網と呼ばれるものが既に存在することを。害獣から家畜を守るために農家が使っていることを。
 それと敵を数発で行動不能に出来る強力な火器が組み合わさればどうなるか、戦いはどのように姿を変えるか、クリスはまだそこまで想像出来てはいなかった。
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