Chivalry - 異国のサムライ達 -

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

文字の大きさ
上 下
436 / 586
第七章 アランが父に代わって歴史の表舞台に立つ

第四十九話 懐かしき地獄(5)

しおりを挟む
   ◆◆◆

「良い指揮官だ」

 突撃の合図が響いた直後、クリスはそう独り言を漏らした。
 それは本心からの言葉であった。
 未知のものを相手に戦うための判断力を有していると、クリスは相手の総大将を評価していた。
 しかし哀れなのは感知能力を有していないこと。
 アランや自分ほどで無くとも、それなりの感知を有していれば正面からの全軍突撃は最善手では無い事が分かるからだ。
 だからクリスは思った。
 最初の相手がお前達で本当に良かった、と。

   ◆◆◆

「進め、進めぇ!」

 一番乗りを果たした兵士はそう叫んだ。
 後ろにはまだ溝に入れていない仲間達が渋滞を起こしている。
 彼らを受け入れるには自分達が進まなくてはならない。場所を空けなくてはならない。
 だから兵士は叫び、自分自身と皆を急かしている。
 しかしその声の激しさと比べると、足の進みは遅い。
 なぜなら足元がぬかるんでいるからだ。溝の底には雨が溜まっている。
 幅も狭い。すれ違うのがやっとのほどだ。
 しかし深さはそれなりにある。平均的な身長の男が立っていても、胸元あたりまで隠れるくらいに。

「前進ーっ!」

 兵士は誰かが放ったその気勢を背に受けながら、ぬかるみにとらわれて重くなった足を前に出し続けた。
 その兵士の眼前には曲がり角があった。
 曲がった先に小部屋のような少し広い空間があるのが覗き見えている。
 ここに乗り込めば後続の仲間達がもっと溝に乗り込める。だが、その前に安全確認をしなくては。
 兵士がそんな事を思った直後、

「っ!?」

 兵士の視界は赤く染まった。

   ◆◆◆

「!」

 その兵士の叫び声を耳にした瞬間、総大将は表情を変えた。
 後方から指揮をしている総大将はまだ溝の中に入っていない。ゆえに、何が起きたのかを見下ろす形で把握出来た。
 兵士は炎に焼かれたのだ。
 そして同時に、総大将は自身の中にあった違和感の正体に気付いた。
 なぜ連中はこんなにもあっさりと自分達を乗り込ませたのか。なぜ食い止めることを一切しなかったのか。
 その答えは一つしか無かった。
 これは罠なのだ。自分達は乗り込んだのでは無い。招かれたのだ。

   ◆◆◆

(さすが。察しがいいな)

 壁に背を預けながら、クリスは再び敵総大将のことを褒めた。
 敵総大将が思ったことは正解であった。
 新しい戦術を考える際、クリスの頭の中にはいつも同じ条件、同じイメージがあった。
 それは多勢に無勢。クリスは常に相手の方が倍は多いという条件で思考を重ねていた。不利な戦いばかり経験したクリスならではの考え方であった。
 そのような条件の場合では、この強固な陣地を持ってしても侵入させずに決着させることは非常に困難であることをクリスはすぐに理解した。
 なぜなら、光弾では火力が足りないからだ。
 よほど強力な魔法使いでなければ一撃で相手を行動不能にすることは出来ない。戦力に大きな差がある条件では、先のような壁を展開しながらの全軍突撃を食い止めることは出来ないのだ。
 だから、クリスは侵入される前提で考えた。
 そしてクリスは自身が使い手であるがゆえにすぐに気付くことが出来た。狭い地形では炎魔法が非常に有効であることを。
 それに気付いてからは思考は順調に積み上がっていった。
 道を狭く、そして足場を悪くしておけば敵は必ず渋滞を起こす。それをどのように迎え撃てばいいか、そのイメージはすぐに二つ浮かんだ。
 一つは小部屋のような射線が良く通る地形、そしてもう一つは十字路であった。
 そのような場所に味方を配置し、姿を見せた敵に炎と光弾の集中砲火を浴びせる。多対一の条件を地形によって作り出すのだ。
 そのような構造は城にもあったが、これほどまでに極端な狭さでは無かった。荷物の運搬をしなければならない以上、ある程度の広さは必要であった。
 しかしこの陣地にそのような生活の概念は影響しない。だから戦いに特化することが出来た。
 限界まで狭く、そして複雑な迷路にすることが出来た。
 そしてこの迷路はただ闇雲に作られたものでは無い。
 乗り込まれた際にどのように逃げ、どのように迎え撃つかが考えられている。
 だから一方向から攻めるのは愚手だ。逃げる方向を決めやすく、迎え撃つ準備をしやすい。

(彼はそれに気付くだろうか)

 クリスは味方の炎魔法使いが敵を順調に焼いていくのを感じながら、そんなことを思った。
 その顔にはやはり薄い笑みが張り付いていた。

 しかしクリスはまだ気付いていない。知らない。
 敵の足を止めるのに最適な道具が、鉄条網と呼ばれるものが既に存在することを。害獣から家畜を守るために農家が使っていることを。
 それと敵を数発で行動不能に出来る強力な火器が組み合わさればどうなるか、戦いはどのように姿を変えるか、クリスはまだそこまで想像出来てはいなかった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...