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第七章 アランが父に代わって歴史の表舞台に立つ

第四十八話 人馬一体(5)

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   ◆◆◆

 それから、アランはディーノを連れて様々な商人のもとを訪ねた。
 そんなことを一週間ほど繰り返した、ある日の夜、

「なあ」

 ディーノはアランに尋ねた。

「目が見えないのはやっぱり不便じゃないか?」

 それはどうでもいい疑問であり、既に答えの分かっている問いであった。
 そしてアランはディーノが思っている通りの答えをそのまま返した。

「『こいつ』が目の代わりになってくれるようになってからは、そう思わなくなったよ」

 アランは周囲を飛び交う「虫」を顎で指し示しながらそう答えた後、書類の方に意識を戻した。
 そんなアランにディーノは再び尋ねた。

「最近、色んな商人に会っているが、みんなあの書類に書かれていた連中なんだろ? あいつらはどうなるんだ?」

 瞬間、アランはディーノが表現をぼかしたのを感じ取った。
「どうなるのか」では無く、「どうするつもりなのか」を聞きたがっているのを感じ取った。
 が、アランはあえて言葉通りに受け取り、質問に答えた。

「我が国の法のもとに裁かれることになる。今回の場合は反乱だから、最悪の場合、財産は没収され、家は潰されることになるだろう」

 当然、アランのその言葉だけではディーノは納得しなかった。
 本当に聞きたいのは別の事なのだから。
 ゆえに、ディーノは再び口を開いた。

「……商人達と話す時、『そいつ』を飛ばしていたよな? 何を調べてたんだ?」

 アランは即答した。

「相手が本当の事を言っているのかどうか、とか、色々だ」

 そしてこの質問こそ、ディーノが本当に聞きたがっていることに通ずるものであることを感じ取ったアランは続けて口を開いた。

「ああ、そうだ。お前が思っている通りだよ。俺は商人達の過去を読んだ。彼らを裁くための材料を得るためにね」

 材料を得る、その言葉に対し、ディーノは尋ねた。

「それで、良いネタは手に入ったのか?」

 これにアランは頷きを返し、口を開いた。
 が、その口から出た言葉は、決して楽観的なものでは無かった。

「ああ。興味深く、そして胸糞悪い話が色々聞けたよ。……でも、それについての証拠が手に入るかどうかは分からない」

 つまり、反乱以外の件で余罪を追及出来るかどうかは分からない、ということ。
 だからディーノはとうとう、本当に聞きたい事を口に出した。

「あいつは、リチャードはどうだ?」

 これにアランは再び頷きを返した。

「あいつに関しては心配しなくていい。洗えば、いくらでもボロが出てくるだろう」

 その言葉にディーノは安堵感を覚えた。
 そしてアランは「それに」と、言葉を付け加えた。

「あいつは凶悪すぎるから、決定的な証拠が出なくても王がなんとかすると思う」

 不思議なことに、その言葉にディーノの安堵感は消え去った。
 何かがひっかかった。
 しかしそれが何かが分からない。上手く言葉に出来ない。
 ゆえに、ディーノはもどかしく感じた。
 が、その疑問の正体をアランは知っていた。
 だからアランは口を開いた。

「……お前が何に引っかかっているのか、良く分かるよ。そしてそれは俺にとっても同じ悩みだ」

 アランはそれを言葉にした。

「王はこの国の最高権力者だ。法にもとづいた決定でも、王は覆すことが出来る。変えてしまうことが出来る」

 即座にアランは「いや、」と、ある部分を訂正した。

「『出来てしまう』、と言ったほうが正しいだろう」

 その言い回しに、ディーノは得体の知れない不安感を抱いた。
 それを感じ取ったアランは口を開いた。

「心配せずとも今の王は我々の味方だ。それは断言出来る」

 その言葉に嘘が混じっていないことを感じ取ったディーノは安心した。
 が、アランは「しかし、」と言葉を繋げた。

「もしもの話だが、王が悪人だったら? リチャードのような人間だったら? リチャードと手を組むような人間だったら? 間違い無く、そんな王は自分の欲求を満たすためだけに、自分の都合の良いように法や制度を捻じ曲げ、作り直すだろう」

 そしてアランは「そしてそれは王に限った話では無い」と繋げた。

「もしも、俺がリチャードのような人間だったら?」
「……」

 これに、ディーノは言葉を詰まらせた。
 アランが悪人だったら何が起きるかなど、想像に難くなかった。
 だからディーノは気付いた。
 今の状況は、もしかしたら――と。
 直後、アランはディーノが抱いたその考えは正解であると声に出した。

「そうだ、ディーノ。今の状況は本当に運が良いだけなんだ」

 アランは「そして、」と言葉を続けた。

「こんな運が良い状況は永遠には続かない。続くわけが無い。俺のような能力を持つ悪人が現れ、そいつが王になってしまう可能性は常に存在する」

 そう言った後、アランはディーノに背を向け、窓の外を眺めながら再び口を開いた。

「だからディーノ、俺は思うんだ。絶対的な権力を有する王というものが存在する今の制度は、不安定でとても危なっかしいものであると。王の良し悪しだけで国の未来が大きく変わってしまう。民がそれを望んでいなくてもね」

 その言葉を聞いた瞬間、ディーノは再び気付いた。
 そしてディーノは即座にそれを言葉にした。

「アラン、もしかして、俺をこの街で使ったのは――」

 その言葉にアランは向き直ると同時に頷きを返し、口を開いた。

「ああ、そうだ。俺には考えがある。まだおぼろげで、はっきりとはしていないが、こうしたい、こうなってほしいという望みはある。民の意識を変えるのはそのために必要な準備の一つ。……しかしこれだけでは足りない。俺の望む未来にはまだ手が届かない」

 アランは飲み物を一口含み、言葉を続けた。

「この街ではまだやることがある。街の有力者から救いようの無い悪人を排除し、代わりに善人を置かなくてはならない。排除すべき人間は大体決まった、次は代わりに誰を置くかだ」

 これに、ディーノが「ということは、」と確認するように尋ねると、アランは頷きと共に答えた。

「次はそれを探しにまた人に会いに行く。当然、お前にも付いてきてもらうぞ。お前が炎の一族の長の右腕であることを周知徹底しておかなければいけないからな」

 アランの言葉に、ディーノは「わかった」と頷きを返した。
 そして、ディーノはアランの心を、アランが望む未来を覗き見ようとした。
 しかし出来なかった。アランの心の奥底は暗号化されているだけで無く、混沌と化していた。
 まだ俺に話すべきではないと考えているのだろうか、とディーノは思った。
 だからディーノは黙って付いて行こうと思った。
 いつか話してくれるその時まで。

 ディーノの考えは正解であった。
 アランは恐れていた。教えてしまうことで、ディーノの行動が予想外のものに、制御出来ないものに変わってしまうことを。アランは慎重になっているのだ。
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