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第七章 アランが父に代わって歴史の表舞台に立つ

第四十八話 人馬一体(4)

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   ◆◆◆

「どうだったディーノ?」

 帰ってきたディーノにアランが尋ねると、ディーノは意外な答えを返した。

「見られることよりも、馬に乗ることのほうが緊張したよ」

 これにアランは「どうして?」と尋ねた。

「乗馬が苦手なのか? でも、俺を助けに来た時は馬を使ったんだろう?」

 この二つの質問に対し、ディーノは頷きを返しながら答えた。

「ああ。確かにそうだが、あの時はどうにでもなれっていう感じの勢いがあったからな」

 その答えに、アランは「お前らしいな」と笑みを浮かべた。
 直後、今度はディーノがアランの笑顔に対して質問をぶつけた。

「なあ、そろそろ教えてほしいんだが」

 ディーノは甲冑を脱ぎながら言葉を繋げた。

「お前はこの街で俺を使って何をするつもりなんだ?」

 その質問は核心を突いていた。
 そしてディーノはなぜそんな疑問を抱いたのかを説明した。

「俺はお前ほど感は良くねえ。だけどこれだけは分かる。平原を先に制圧していれば、ここまで足を伸ばす必要は無かったってことくらいは。お前はわざとガストンにこの街を取らせたんだ。そうだろ?」
「……」

 アランは即答しなかった。
 やはりディーノは鋭い、そう思った。
 そして、ディーノは既にその質問の答えに気付いていることをアランは感じ取った。
 それでもあえて尋ねているのは、自分の口から答えを聞きたいからだ。
 だからアランは答えた。

「お前が思っている通りのことだよ。俺はこの街にいる住民の、いや、力ある商人達の意識を変えようとしている」

 アランはグラスに注がれていた水を一口含み、舌を湿らせてから言葉を続けた。

「……不謹慎かもしれないが、反乱軍が分裂したのを知った時、好機かもしれないと思った。お前のような強い無能力者がいるという事実を、戦いで知らしめることが出来るのではと思った」

 そう言った後、アランは引き出しから一枚の書類を取りだし、それを机の上に置きながら口を開いた。

「そして事は俺にとって都合良く動いてくれた。商人達は我々に牙を向いてくれた。その事実はこれから大いに利用出来る」

 そしてアランは立ち上がり、ディーノにその書類を手渡した。
 それはレオンに書かせた名簿であった。
 その中には、ディーノにとって重要なある者の名前が記されていた。
 が、ディーノは気付かなかった。
 アランはそれを感じ取ったが、あえて教えないことにした。
 当日、その時に知る方が良いだろうと思ったからだ。
 だからアランはただ一言、

「明日はそれに書かれているある商人の家に一緒に来てもらう。だから今日は早めに寝ておけよ」

 とだけディーノに伝えた。

   ◆◆◆

 翌日――

「……」

 その日、リチャードは珍しく早朝から忙しなく手を動かしていた。
 リチャードは荷物をまとめていた。
 しかし、その手が選ぶ荷物にはある傾向があった。
 資産価値が高いもの、宝石や、商売で使う重要書類などだ。
 リチャードは持てるだけの金を持って、今日中に街を出るつもりだった。
 次の召使いの言葉を聞くまでは。

「リチャード様」

 これに、リチャードは「なんだ?! このクソ忙しい時に!」と、荒々しく返した。
 今のリチャードにとっては全ての言葉が、あらゆるものが神経を逆撫でるものになっていた。
 リチャードは我を失っていた。調べ事をこの召使いに頼んでいたのを忘れるほどに。
 リチャードは報復を恐れていた。
 自分が炎の一族であったならば絶対にそうすると思ったからだ。
 だからリチャードは逃げ出そうとしていた。
 が、

「駄目です。通りは全て兵士に封鎖されておりました。使えそうな道がありません」

 それは難しいと、召使いは述べた。
 その報告はリチャードにとって受け入れ難いものであった。
 だから叫んだ。

「じゃあ、考えろ! どうしたらいいのか!」

 リチャードは思いつく限りの罵倒をその召使いに叩き付けようと思ったが、

「リチャード様」

 直後に響いた執事の声がそれを許さなかった。
 そして執事はリチャードが暴言を吐くよりも先に言葉を続けた。

「お客様がいらっしゃいました」

 これにリチャードは声を上げようとした。
 そんな暇は無い、追い返せと。
 しかし出来なかった。
 なぜなら、

「取り込んでいるところすまないが、勝手にお邪魔させてもらったよ」

 執事の隣に、薄い笑みを浮かべるアランの姿があったからだ。

   ◆◆◆

「何……?」

 父の喧騒が静まり、屋敷内の空気が変わったのを感じ取ったディアナは声を上げた。
 だが、その疑問に答えてくれる者は部屋にはいない。

「……」

 だから、ディアナは黙って様子をうかがうしかなかった。
 すると、しばらくして足音が耳に入った。
 数は一人。
 大きな荷物を背負っているかのような重い足音。
 一体誰――ディアナはそう思ったが、不思議と恐怖は無かった。
 まるでその足音がよく知っている人のものであるかのように。
 だが、そんなことはありえない、という絶望の思考がその可能性を奥底深くに沈ませてしまっていた。
 だから、

「!」

 ドアが開き、その者の姿を目にしてもなお、まだディアナは信じられなかった。
 これは夢なのではないか、ディアナは本気でそう思った。
 が、

「よお、久しぶりだな、サラ」

 その声を聞いた直後、ディアナはその胸に飛び込んだ。

「おいおい、どうした?」

 ディーノは突然の事に驚いたが、拒むようなことはせず、優しく抱き寄せた。
 すると、ディアナはディーノの太い腕の中ですすり泣き始めた。
 その様子に、ディーノは、

「……」

 元気にしてたか? という台詞を飲み込まざるを得なかった。
 だから、ディーノは代わりに、

「悪いな、待たせすぎちまったか?」

 と尋ねた。
 これに、ディアナは頷きを返し、口を開いた。

「ええ、本当に待ちましたとも。……女を泣かせるなんて、ディーノ様は悪いお人です」

 その子供の悪戯めいた言い回しに、ディーノは安心感を覚えつつも、

「ああ、そうだな。悪かった」

 その細い体を痛めないように気を使いながら、抱き寄せる腕に力をこめた。

 この日、ディアナは再びサラに戻った。
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