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第七章 アランが父に代わって歴史の表舞台に立つ
第四十八話 人馬一体(3)
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◆◆◆
戦いの後、レオンはアランの前で頭を垂れ、口を開いた。
「まずは長の座についた事、お喜び申し上げる」
そしてレオンは面を上げぬまま、言葉を続けた。
「そして、本来ならば我々は真っ先にあなた方のもとに駆けつけなければならなかった身。どのような処罰でも受ける所存に御座います」
その言葉は本心からのものであったが、罰せられることは無いであろうという打算も含まれていることをアランは感じ取った。
が、アランは特に気にせず、レオンの期待に応えた。
「処罰など必要ありません。南の出身であるあなたは難しい立場にあったはず。ならば、咎めることなどあるはずも無い」
アランは首を振りながらそう言った後、「ですが、」と言葉を続けた。
「合流してすぐで申し訳無いが、二つ仕事を頼みたい」
これにレオンが「何なりと」と答えると、アランは口を開いた。
「我々に牙を向けた商人達の名を、あなたの知る限り名簿にして記していただきたい」
レオンが頷きと共に「もう一つは?」と続きをうながすと、アランは答えた。
「それが終わったらアンナと共に平原の奪還に向かってほしい」
その指示にレオンは質問を返した。
「ガストン軍がまもなく街に入りますが?」
アランは首を振りながら答えた。
「それは私とディーノで対処する」
援護は必要無いというその意思表示に、レオンは、
「承知いたしました。では早速取り掛かりましょう」
素直に従い、一礼と共にアランの前から離れた。
そしてレオンが去った後、アランは、
「……ようやく、『本当の仕事』に取り掛かれるな」
ぽつりと、そう漏らした。
◆◆◆
その後、アランは言った通り街に入ったガストン軍を追い払った。
戦術はディーノを先頭にして暴れさせる、たったそれだけであり、それで十分であり、そして『それだけでなければならなかった』。
なぜなら――
「ねえ、聞いた?」
市街奪回戦から一週間後、死体の処理が終わり元の賑やかさを取り戻しつつあった街に、ある話が飛び交うようになっていた。
「聞いたって、何を?」
昼食という仕事を終えた二人の主婦が、いままさにその話について華を咲かせようとしていた。
「無能の大男が魔法使い達を追い払ったっていう、噂話のことよ!」
ふくよかな女性が切り出したその話に、やせぎみの女性は「はいはい」という感じで答えた。
「もちろん知ってるわ。耳にするまでもなくね。なんせ、私はその人をこの目で見たんだから」
その言葉に、ふくよかな女性もまた同じように「はいはい」という表情を見せながら口を開いた。
「まーた嘘ばっかり。見る余裕なんて無かったくせに。戦いが始まった時、あなたが真っ先に窓とカーテンを閉めたのをわたし見たわよ?」
これに、やせぎみの女性は反論した。
「嘘じゃないわよ。窓とカーテンを閉めたのはその通りだけど、私見たの。怖かったけど、カーテンの隙間から覗いたのよ」
その弁に、ふくよかな女性は「はいはい」という表情を崩さずも、
「ふうん、そうなの。じゃあ、どんな人だった? かっこよかった?」
と、話の続きをうながした。
やせぎみの女性はなんとかしてその無表情を変えてやろうと、言葉を続けた。
「噂通りの大男だったわ。顔は……よく見えなかったけど、すごかったわ」
これに、「すごいって、何が?」と尋ねると、やせぎみの女性は答えた。
「ええと……とにかく速かったわ。目が追いつかないくらい。あっという間だったわ。相手は二十、いや、三十人くらいいたんだけど、向こうの路地からこう、風みたいに、馬より速く突っ込んできたと思ったら……」
そこでやせぎみな女性は言葉を詰まらせた。
こんな説明では信じてもらえないと気付いたからだ。
「馬より速く」などと表現したのが失敗だったことに気付いたのだ。本当のことだが、これではますます信憑性が減る。三十人という部分も正確では無いし、記憶の映像を頼りに数え直してみると少し盛ってしまったような気がする。
そして直後、ふくよかな女性はやせぎみな女性が危惧した通りの反応を、その無表情に込められた感情を言葉にして返した。
「はいはい。それは驚きだわ」と。
分かってはいたが、やはり言葉にされると感情が逆撫でられた。
だからやせぎみの女性は即座に口を開いた。
「信じて無いわね。本当なのよ。これくらいの、私よりも大きい斧みたいな武器を振り回していたわ」
だが、その言葉はますます不信感を強めただけであった。
ふくよかな女性はその不信感を言葉にして、それで話を終わらせようとした。
が、その時、
「皆の者、道を空けよ!」
兵士の声が場に響いた。
大通りの奥、交差点の死角から聞こえたその声に、皆の視線が集まる。
そしてその注目を感じ取った兵士は、姿を衆目に晒すと同時に続けて声を上げた。
「間も無くディーノ将軍が巡回でここを通る! 道を空けよ!」
巡回? 何のために? そんなこと初耳だ。ある市民はそう物申そうかと思ったが、直後に耳に届いた数多くの軍靴の音に、その口を閉じた。
そして間も無く、噂のディーノは通りの奥から馬に乗って姿を現した。
それを見たやせぎみの女は即座に口を開いた。
「ほうら、私が言った通りでしょう!」
それはひそひそ声であったが、
「ちょっと黙ってて!」
ふくよかな女性はその口を閉じさせた。
しかし否定は出来なかった。
本当に言った通りの巨大な武器を持っていたからだ。
ここからでも目立つほどの大きさ。
全身は甲冑で覆われ、そして左手には巨体を容易に隠せるほどの大盾を持っている。
こんな重装備で動けるのか? そんな疑問は膨らんで見えるほどの体格に消し飛ばされた。
「「「……」」」
民衆はみな、その異様な存在が目の前を通り過ぎるのを黙って見つめた。
それは想像もしたことのない存在であった。
魔法使いを蹴散らす無能力者がこの世に現れるなんて、考えたことも無かった。
だから、その背中を見送ったあと、ふくよかな女性はぽつりと漏らした。
「無能でも将軍になれる時代になったのね……」と。
戦いの後、レオンはアランの前で頭を垂れ、口を開いた。
「まずは長の座についた事、お喜び申し上げる」
そしてレオンは面を上げぬまま、言葉を続けた。
「そして、本来ならば我々は真っ先にあなた方のもとに駆けつけなければならなかった身。どのような処罰でも受ける所存に御座います」
その言葉は本心からのものであったが、罰せられることは無いであろうという打算も含まれていることをアランは感じ取った。
が、アランは特に気にせず、レオンの期待に応えた。
「処罰など必要ありません。南の出身であるあなたは難しい立場にあったはず。ならば、咎めることなどあるはずも無い」
アランは首を振りながらそう言った後、「ですが、」と言葉を続けた。
「合流してすぐで申し訳無いが、二つ仕事を頼みたい」
これにレオンが「何なりと」と答えると、アランは口を開いた。
「我々に牙を向けた商人達の名を、あなたの知る限り名簿にして記していただきたい」
レオンが頷きと共に「もう一つは?」と続きをうながすと、アランは答えた。
「それが終わったらアンナと共に平原の奪還に向かってほしい」
その指示にレオンは質問を返した。
「ガストン軍がまもなく街に入りますが?」
アランは首を振りながら答えた。
「それは私とディーノで対処する」
援護は必要無いというその意思表示に、レオンは、
「承知いたしました。では早速取り掛かりましょう」
素直に従い、一礼と共にアランの前から離れた。
そしてレオンが去った後、アランは、
「……ようやく、『本当の仕事』に取り掛かれるな」
ぽつりと、そう漏らした。
◆◆◆
その後、アランは言った通り街に入ったガストン軍を追い払った。
戦術はディーノを先頭にして暴れさせる、たったそれだけであり、それで十分であり、そして『それだけでなければならなかった』。
なぜなら――
「ねえ、聞いた?」
市街奪回戦から一週間後、死体の処理が終わり元の賑やかさを取り戻しつつあった街に、ある話が飛び交うようになっていた。
「聞いたって、何を?」
昼食という仕事を終えた二人の主婦が、いままさにその話について華を咲かせようとしていた。
「無能の大男が魔法使い達を追い払ったっていう、噂話のことよ!」
ふくよかな女性が切り出したその話に、やせぎみの女性は「はいはい」という感じで答えた。
「もちろん知ってるわ。耳にするまでもなくね。なんせ、私はその人をこの目で見たんだから」
その言葉に、ふくよかな女性もまた同じように「はいはい」という表情を見せながら口を開いた。
「まーた嘘ばっかり。見る余裕なんて無かったくせに。戦いが始まった時、あなたが真っ先に窓とカーテンを閉めたのをわたし見たわよ?」
これに、やせぎみの女性は反論した。
「嘘じゃないわよ。窓とカーテンを閉めたのはその通りだけど、私見たの。怖かったけど、カーテンの隙間から覗いたのよ」
その弁に、ふくよかな女性は「はいはい」という表情を崩さずも、
「ふうん、そうなの。じゃあ、どんな人だった? かっこよかった?」
と、話の続きをうながした。
やせぎみの女性はなんとかしてその無表情を変えてやろうと、言葉を続けた。
「噂通りの大男だったわ。顔は……よく見えなかったけど、すごかったわ」
これに、「すごいって、何が?」と尋ねると、やせぎみの女性は答えた。
「ええと……とにかく速かったわ。目が追いつかないくらい。あっという間だったわ。相手は二十、いや、三十人くらいいたんだけど、向こうの路地からこう、風みたいに、馬より速く突っ込んできたと思ったら……」
そこでやせぎみな女性は言葉を詰まらせた。
こんな説明では信じてもらえないと気付いたからだ。
「馬より速く」などと表現したのが失敗だったことに気付いたのだ。本当のことだが、これではますます信憑性が減る。三十人という部分も正確では無いし、記憶の映像を頼りに数え直してみると少し盛ってしまったような気がする。
そして直後、ふくよかな女性はやせぎみな女性が危惧した通りの反応を、その無表情に込められた感情を言葉にして返した。
「はいはい。それは驚きだわ」と。
分かってはいたが、やはり言葉にされると感情が逆撫でられた。
だからやせぎみの女性は即座に口を開いた。
「信じて無いわね。本当なのよ。これくらいの、私よりも大きい斧みたいな武器を振り回していたわ」
だが、その言葉はますます不信感を強めただけであった。
ふくよかな女性はその不信感を言葉にして、それで話を終わらせようとした。
が、その時、
「皆の者、道を空けよ!」
兵士の声が場に響いた。
大通りの奥、交差点の死角から聞こえたその声に、皆の視線が集まる。
そしてその注目を感じ取った兵士は、姿を衆目に晒すと同時に続けて声を上げた。
「間も無くディーノ将軍が巡回でここを通る! 道を空けよ!」
巡回? 何のために? そんなこと初耳だ。ある市民はそう物申そうかと思ったが、直後に耳に届いた数多くの軍靴の音に、その口を閉じた。
そして間も無く、噂のディーノは通りの奥から馬に乗って姿を現した。
それを見たやせぎみの女は即座に口を開いた。
「ほうら、私が言った通りでしょう!」
それはひそひそ声であったが、
「ちょっと黙ってて!」
ふくよかな女性はその口を閉じさせた。
しかし否定は出来なかった。
本当に言った通りの巨大な武器を持っていたからだ。
ここからでも目立つほどの大きさ。
全身は甲冑で覆われ、そして左手には巨体を容易に隠せるほどの大盾を持っている。
こんな重装備で動けるのか? そんな疑問は膨らんで見えるほどの体格に消し飛ばされた。
「「「……」」」
民衆はみな、その異様な存在が目の前を通り過ぎるのを黙って見つめた。
それは想像もしたことのない存在であった。
魔法使いを蹴散らす無能力者がこの世に現れるなんて、考えたことも無かった。
だから、その背中を見送ったあと、ふくよかな女性はぽつりと漏らした。
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