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第七章 アランが父に代わって歴史の表舞台に立つ

第四十七話 炎の紋章を背に(14)

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   ◆◆◆

 感知が常識化した今ではほとんど意味の無い行為だが、アランは形式的な人払いを行った後、面会した。
 レオン将軍の妻、メアリーは「一人の」子供を連れていた。
 メアリーは貴族的な礼を行いながら口を開いた。

「アラン様、まずは一族の長の座についたことをお祝い申し上げます。そして、このような大変な時にお時間を割いていただけたことを――」

 アランはその美しいが硬い挨拶に対し、首を振った。

「そういうのは結構。いまどうなっているのか、南で何が起きたのかを教えてほしい」

 その言葉にメアリーは顔を上げ、そして答えた。

「事の始まりはある商人が『声』を上げたことで御座います」

 その時、アランはメアリーがある事を隠したのを感じ取った。
 その商人とはレオン将軍の本家、一族の主であることを。
 しかしアランはそれをあえて指摘しないことにした。
 代わりにアランは別のことを尋ねた。

「その『声』とは、例えばこんな感じでは? 『カルロは死んだ。我々はどちらの味方をすべきなのか、考え直すべき時が来たのだ』、とか」

 これにメアリーは頷きを返し、口を開いた。

「その声を境に、南の貴族達は分裂してしまいました」

 その言葉は正確では無い事をアランは感じ取った。
「分裂」などという生易しいものでは無く、商人達の気持ちは一気に塗り変わったことを。
 言い換えれば、レオン将軍の本家はそれほどの影響力を持っていたということ。
 レオン将軍の名声を考えれば何も不思議なことは無い。レオン将軍が名を馳せているのは相応の武力を、騎馬隊を持っているからなのだから。
 ゆえに、納得したアランはメアリーに別のことを尋ねることにした。

「なるほど……ところで話は変わるのですが、メアリー様には子供が『二人』いたと思っていたのですが、私の記憶違いでしょうか?」

 これは嘘である。アランはメアリーのことを今日知った。アランはメアリーの記憶を、心を読んだのだ。
 そしてこの言葉に、メアリー「はっ」とした表情を浮かべた後、答えた。

「……仰るとおりで御座います。私の子供は『二人』で御座います」

 アランが「では、もう一人は?」と尋ねると、メアリーは予想通りの答えを返した。

「……本家の方に残して参りました」

 それは、そしてこの面会は、結果がどう転んでも血が絶えることの無いように取られた手段であった。

   ◆◆◆

 アラン達はガストン軍よりも早く、海沿いの街に辿り着けるはずであった。
 が、アラン達の足はその手前にある開けた場所で止まった。

「情報通りのようだな」

 とうに感じ取れていたが、アランはあえてそう声に出した。
 前方には軍が展開していた。
 ガストン軍では無い。彼らはまだここまで辿り着いていない。
 これは商人達の私兵。その寄せ集め。
 いまこちらに向かって来ているガストン軍は彼らの援軍なのだ。
 そしてその混成軍の中には、メアリーが言っていた通り騎馬隊の姿があった。
 しかし率いているのはレオンでは無い。
 が、

(レオン将軍……)

 アランはその気配を感じ取っていた。
 レオンは傍にある山の中に騎馬隊を率いて潜伏していた。高い場所からこちらを見下ろしていた。
 横からの奇襲を狙っているのは心を読むまでも無く明らかであったが、

(攻撃意識が無い……いや、これは、)

 攻撃目標が定まっていないことをアランは感じ取った。
 レオン将軍はこの戦いで「品定め」をするつもりなのだ。
 勝利の女神はどちらについているのか、それを確認した上で、勝ち馬に乗る口実をその場で作るつもりなのだ。
 そんな考えを感じ取ったアランは笑みを浮かべ、口を開いた。

「あの時の秘密の相談といい、今回の件と言い……ようやく、あなたのことが分かり始めてきた気がしますよ」

 そう呟いた後、アランは抜刀した。
 アランはその刀身を輝かせながら再び口を開き、

「そんなに品定めをご所望ならば……」

 そして叫んだ。

「お魅せしよう!」

   ◆◆◆

「!」

 直後、レオンは思わずたじろいだ。
 周りの者達も、馬もだ。
 アランから大きな光が溢れたような気がした。
 しかしそんな事は起きていないと目が証明している。
 だが、何かが起きている、何かが肌を撫でた、そんな確信めいた感覚が場にいる全員の中にあった。
 そして、レオンの目はある者に釘付けになった。
 それは騎馬隊を率いるアンナ。

「あなたは彼女を見るべきだ」という声が心の中で響いたからだ。

 その声が知っている者の声であると気付いた直後、再び同じ声が響いた。

「彼女は間違い無く、あなたを驚かせてくれますよ」と。

 それは間違い無くアランの声だった。
 馬鹿な、レオンはそう思った。
 ここまで声が届くわけが無い。そう否定しようとした。
 だが直後、まるでその常識を吹き飛ばすかのように、より大きな声がレオンの心に響いた。

「全軍前進!」と。

   第四十八話 人馬一体 に続く
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