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第七章 アランが父に代わって歴史の表舞台に立つ
第四十七話 炎の紋章を背に(12)
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◆◆◆
翌日――
ようやく雪が溶け始めた白き帝国に、カルロ死亡の情報が届いた。
「ふむ……ひとまずは安心、か」
事務的な公務を行う仕事部屋にて、その情報を書簡で知った魔王は正直に安堵の声を漏らした。
しかしその柔らかな感情は長くは続かなかった。
「だが……」
魔王は別の書類を手に取り、眉をしかめた。
その急な感情の変化に、傍に控えていたオレグは尋ねた。
「どうなされました?」
魔王はその書類をオレグに向けて差し出しながら答えた。
「お前も読んでみろ」
受け取ったオレグはざっと目を通した。
そしてそれだけで魔王が機嫌を損ねた理由が分かった。
だからオレグは、
「これは……ひどいですな」
正直に、同意を返した。
その書類に書かれていたこと、それは一言で言えばただの「たかり」であった。
食糧などの生活物資を至急援助してほしい、という旨の内容がその町の代表者によって書かれた嘆願書である。
今年の冬は厳しすぎた、などの理由が一応書かれてはいる。
が、先月同じ文書が届き、要求通りの対処が実施されたばかりであった。
数ヶ月は不自由なく暮らせる援助のはずであった。
書かれている内容が嘘であるならばこいつらは転売屋である可能性が高い。本当であるならば贅沢のしすぎである線が濃厚である。証拠が残りやすい転売を魔王相手にやるとは思えない。ならば後者だろうか。どちらにしてもろくでも無いが。
「……」
この「たかり」に、魔王は目を閉じ、悩む様子を見せた。
何を考えているのか、それを察したオレグは、
「魔王様」
一つ助言を、と思い口を開いたが、魔王はそれをさえぎった。
「わかっておる……わかっているからイラつくのだ」
何を魔王は分かっているのか。
一つ確かなことは、民を甘やかしすぎたということであった。
魔王は周辺国を制圧し、支配下に置いた。
魔王は支配相手から富を吸い上げ、国中にばらまいた。
そして国は潤い、帝国となった。
が、その輝きはすぐに消えた。
自国の民がろくに働かなくなったからだ。
民の中には魔王よりもしたたかな者達がいた。
その者達は魔王を慕う感情を利用した。
魔王を神格化、生き神とし、宗教のようなものを広め、組織と利権を構築した。
そのような者達は「怠惰」と「傲慢」という深刻な病を国中にばらまいた。
結果どうなったか。
帝国は明らかに弱くなってきていた。
そして当然のように他国との関係は悪化の一途を辿っている。
ゆえに同盟、協力関係なぞ築けない。
増えたのは敵と、魔王を称える声ばかり。
そしてそのような者達を魔王はいさめることが出来なかった。
なぜか。
単純である。魔王は彼らからの賛美の声を失うのが怖いのだ。魔王もサイラスやリチャードと同じなのだ。結局、自分が可愛いのだ。
だから甘やかしている。
魔王はそれを分かっていた。それが魔王の苛立ちの原因であった。
「……」
だから魔王は、眉間に皺を寄せたまま黙ることしか出来なかった。
魔王は何のために今の地位に上り詰めたか。
魔王は何を目指していたのか。
それはとても単純で、ありふれたものであった。
第一に、裕福になりたかった。
第二に、有名になりたかった。
それだけである。
富や権力を得て何をしたいか、何をすべきかなぞ、魔王には何も無かった。
だから、国にはびこる「怠惰」という病を抑制する制度や、法を構築することが出来ないのだ。国民を「善」の方に強制的に傾かせる体制を築くことが出来ない。
これでは何のために権力を握り締めているのか分からない。ただの宝の持ち腐れである。
「……」
そしてそんな魔王に対し、オレグは後にこう思った。
なんと愚かな悩みなのかと。
翌日――
ようやく雪が溶け始めた白き帝国に、カルロ死亡の情報が届いた。
「ふむ……ひとまずは安心、か」
事務的な公務を行う仕事部屋にて、その情報を書簡で知った魔王は正直に安堵の声を漏らした。
しかしその柔らかな感情は長くは続かなかった。
「だが……」
魔王は別の書類を手に取り、眉をしかめた。
その急な感情の変化に、傍に控えていたオレグは尋ねた。
「どうなされました?」
魔王はその書類をオレグに向けて差し出しながら答えた。
「お前も読んでみろ」
受け取ったオレグはざっと目を通した。
そしてそれだけで魔王が機嫌を損ねた理由が分かった。
だからオレグは、
「これは……ひどいですな」
正直に、同意を返した。
その書類に書かれていたこと、それは一言で言えばただの「たかり」であった。
食糧などの生活物資を至急援助してほしい、という旨の内容がその町の代表者によって書かれた嘆願書である。
今年の冬は厳しすぎた、などの理由が一応書かれてはいる。
が、先月同じ文書が届き、要求通りの対処が実施されたばかりであった。
数ヶ月は不自由なく暮らせる援助のはずであった。
書かれている内容が嘘であるならばこいつらは転売屋である可能性が高い。本当であるならば贅沢のしすぎである線が濃厚である。証拠が残りやすい転売を魔王相手にやるとは思えない。ならば後者だろうか。どちらにしてもろくでも無いが。
「……」
この「たかり」に、魔王は目を閉じ、悩む様子を見せた。
何を考えているのか、それを察したオレグは、
「魔王様」
一つ助言を、と思い口を開いたが、魔王はそれをさえぎった。
「わかっておる……わかっているからイラつくのだ」
何を魔王は分かっているのか。
一つ確かなことは、民を甘やかしすぎたということであった。
魔王は周辺国を制圧し、支配下に置いた。
魔王は支配相手から富を吸い上げ、国中にばらまいた。
そして国は潤い、帝国となった。
が、その輝きはすぐに消えた。
自国の民がろくに働かなくなったからだ。
民の中には魔王よりもしたたかな者達がいた。
その者達は魔王を慕う感情を利用した。
魔王を神格化、生き神とし、宗教のようなものを広め、組織と利権を構築した。
そのような者達は「怠惰」と「傲慢」という深刻な病を国中にばらまいた。
結果どうなったか。
帝国は明らかに弱くなってきていた。
そして当然のように他国との関係は悪化の一途を辿っている。
ゆえに同盟、協力関係なぞ築けない。
増えたのは敵と、魔王を称える声ばかり。
そしてそのような者達を魔王はいさめることが出来なかった。
なぜか。
単純である。魔王は彼らからの賛美の声を失うのが怖いのだ。魔王もサイラスやリチャードと同じなのだ。結局、自分が可愛いのだ。
だから甘やかしている。
魔王はそれを分かっていた。それが魔王の苛立ちの原因であった。
「……」
だから魔王は、眉間に皺を寄せたまま黙ることしか出来なかった。
魔王は何のために今の地位に上り詰めたか。
魔王は何を目指していたのか。
それはとても単純で、ありふれたものであった。
第一に、裕福になりたかった。
第二に、有名になりたかった。
それだけである。
富や権力を得て何をしたいか、何をすべきかなぞ、魔王には何も無かった。
だから、国にはびこる「怠惰」という病を抑制する制度や、法を構築することが出来ないのだ。国民を「善」の方に強制的に傾かせる体制を築くことが出来ない。
これでは何のために権力を握り締めているのか分からない。ただの宝の持ち腐れである。
「……」
そしてそんな魔王に対し、オレグは後にこう思った。
なんと愚かな悩みなのかと。
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