Chivalry - 異国のサムライ達 -

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

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第七章 アランが父に代わって歴史の表舞台に立つ

第四十七話 炎の紋章を背に(7)

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   ◆◆◆

 二ヵ月後――

 春が終わりの兆しを見せ始め、梅雨の気配が感じられるようになった頃、アランの街に団体客が訪れた。
 放たれる威圧感に街の人が自然と道を開けるほどの毅然とした集団。
 乱れの無い隊列と歩行から、それが軍隊であることを住人はすぐに察した。
 しかしその中でも一際目に付くのが、中央を走る馬車。
 周囲から浮いている、と言えるほどに煌びやかな装飾が施されている。
 その様子と来た方向から、街の住人はその中に誰が乗っているのかも察した。

 街の住人はその姿を見る事は出来なかったが、彼らの予想は当たっていた。
 門をくぐった後、王はその馬車から身を降ろした。
 ここに来た理由、それはカルロの葬儀を行うという伝書を受け取ったからであった。

   ◆◆◆

 王の足取りは重たかった。
 王にとってカルロは希望だった。
 これからどうなるのか、アンナにカルロの代わりが出来るのか、王の心はそんな不安で埋め尽くされていた。
 そして王はその暗い表情のまま、玉座の間に辿り着いた。
 門と呼べるほどの重い扉がゆっくりと開き始める。
 金属が軋むその音を耳にしながら、王はようやく思考を切り替えた。
 玉座に座っているであろう人物に、アンナに対してどう声をかけるべきであるかを考え始めた。
 が、

「……?!」

 目の前に広がったその光景に、王は思わず足を止めた。
 玉座に座っている者がアンナでは無く、男だったからだ。
 当のアンナは巨大な武器を持つ大男と並んで玉座の左側に立っている。
 右側にはクリスが。

「……!?」

 しかし王が驚き、足を止めた理由はそれだけでは無かった。
 玉座に座っている男が、カルロのように見えたからだ。
 死んではいなかったのか、あの伝書は何かの間違いだったのか、と本気で思ったほどに。
 だが、よく見れば、それはやはりカルロでは無かった。
 そしてその者は動かなくなった王に向かって口を開いた。

「お待ちしておりました」

 透き通るように玉座の間に響いた声、それは紛れも無くアランのものであった。
 そしてアランは立ち上がった。
 するり、というしなやかだが重みのある衣擦れの音を立てながら。
 身に纏っている外套から生じた音。



 背には剣に炎が纏わりつく様を描いた一族の紋章が縫いこまれている。
 それは将軍以上の人間にのみ背負うことを許されるもの。
 だが、その外套はそれだけでは無かった。
 紋章の周りに煌びやかで繊細な装飾が施されている。背面を埋め尽くすほどに。
 これは一族の長のみが纏うことを許されたもの。
 かつてカルロが背負っていたものだ。
 アランはその外套を揺らしながら王の前に歩み立ち、

「父は死にました、王よ」

 そう言いながら王の手を握った。
 かつて父に対してそうしたように。

「!?」

 直後、王はあの時のカルロと同じ表情を浮かべた。
 大量の情報が、王の頭に流れ込んできた。
 それは戦いの記憶であった。
 父がどのように死に、そしてその試練をどのようにして乗り越えたのか、その全てを示した映像。
 情報はそこで止まった。
 驚いた王が手を離したからだ。
 かつてない経験。
 だから聞かずにはいられなかった。

「アラン、今のは一体……!」

 王の問いに、アランは口を開いた。
 が、紡がれた言葉はその答えでは無かった。

「先にやるべきことを済ませましょう。……全てはその後に」

   ◆◆◆

 そして王はアランに導かれるまま街へ出た。
 大勢の兵士達と共に行列を成して街の中を行進する。
 それは一見、武力を誇示するためのパレードに見えた。
 が、粛々としていることから、その行進が祝賀の行事では無い事は遠目からでも明らかだった。
 しばらくして、街の住人達はざわめき始めた。
 気付いたのだ。棺桶が並んでいることを。
 察し始めたのだ。カルロの死を。噂は本当だったのを。
 そのざわめきの声が軍靴の音と同じくらいに大きくなった頃、棺桶の後ろに並ぶ馬車の上に、二つの影が立ち上がった。

「……どうしたのだ?」

 隣に座っている王が何事かとその二人に、アランとクラウスに尋ねる。
 この馬車に屋根と壁は無い。立つだけで衆目を浴びる。

「「……」」

 そして二人は王の問いに答えず、黙って剣を抜いた。
 突然の事にたじろぐ王。
 しかし直後に二人が見せた動きは、王をさらに戸惑わせた。
 アランが右手で、クラウスが左手で刃を撫で、刀身を発光させる。
 王はその動きに目を奪われた。
 二人の動きが寸分の狂いも無く鏡合わせになっていたからだ。
 だが、王は知らなかった。
 さらなる驚きが直後に待っていたことを。
 二人が同時に剣を振り上げる。
 そして次の瞬間、

「「破ッ!」」

 気勢と共に二人は同時に剣を振り下ろし、その輝く刃をぶつけ合った。
 衝突点から光が溢れ、輪となって広がる。

「!」

 直後、王は目を見開いた。
「我を見よ」というアランの声が心に響いたからだ。
 間を置かず、輝く剣がぶつかり合う。
 すると今度は、「そして聞け」という言葉が頭の中で響いた。
 そこでアランとクラウスは一度手を止めた。
 この二撃は注目を集めるための合図。
 そして、視線が十分集まったのを確認した二人は、再び同時に動いた。
 光の輪が生まれ、「感じよ」という言葉が王の心に響く。
 何を、と尋ねるまでも無かった。
 王は気付いた。感じ取れていた。
 光の輪が自分の体を撫でていくたびに、自分の中にある何かが振動しているのを、共振しているのを。
 光の輪が再び溢れ、声が再び響く。

「感じよ、そして自覚せよ」と。

 今度は先よりもはっきりと聞こえた。
 そして分かった。自分の頭の中のどの部分が震えているのか、共振しているのかを。
 人間はこんな事が出来たのか、そんな感動が驚きを押し流し始めたと同時に、次の声が響いた。

「感じよ、そして体得せよ」と。

 声は、光の輪は続いた。

「感じよ、そして伝えよ」と。

 瞬間、私にも出来るのか、という疑問が王の中に湧きあがった。
 すると直後、「出来ていますよ」という声が返ってきた。
 それは知らない声だった。
 だが、どこから飛んで来た声なのか、方向が分かった。
 それはある民が放った心の声だった。
 だから王は気付いた。
 彼らはこれが始めてでは無い事を。
 そして思い出した。
 手を握られた時、流れ込んできた映像の中でアランが同じ事をやっていたのを。
 直後、次の輪が王の脳を揺らした。
 すると響いた。「カルロは死んだ」と。
 しかしその輪に含まれていたのは声だけでは無かった。
 王の心に、カルロが殺された瞬間の画像が映し出された。
 そこから、アランとクラウスは加速した。
 打ち合う音の拍子が速まり、光の輪が次々と王の体の中を駆け抜ける。
 すると、頭の中に映っていた画像は動き始めた。
 一度見せられたあの戦いの映像が、王の中で再び上映され始めた。
 改めて見ても、やはりその内容は王の常識をはるかに超えていた。
 心を読めるというだけでは無い、ただの魔法の撃ち合いとは違う、同じ人間とは思えぬ動きの戦い。
 その心揺さぶる映像と共に、アランの声が響いた。

「我が国は食い物にされていたのだ」と。

 声は続いた。

「外から来た連中が、我らが鈍かったのをいいことに、好き勝手やっていたのだ」と。

 瞬間、場にいる全員が同じ怒りを抱いたのを王は感じ取った。
 その焼け付くような感情にあてられたかのように、アランの声は叫びとなって響いた。

「そんな奴らに我が父は、カルロは殺されたのだ!」と。

 その言葉を最後に、

「「……」」

 二人の手は止まり、光の輪は、心の声は止まった。
 そして二人はゆっくりと剣を鞘に戻した。

「……」

 その緩慢な動作を王は黙って見つめていた。
 王は待っていた。アランの次の言葉を。
 そしてそれは街の住人達も、兵士達も同じであった。
 だからアランはその想いに応え、口を開き、叫んだ。

「だが、これからは違う! 我々は目覚めたのだ!」と。

 これにクラウスが、兵士達が「「「応ッ!」」」と応えた。
 その重い叫び声が炎となって場にいる全員の心に宿る。
 アランはその炎を叫びに変え、言葉を続けた。

「我々はこれより反撃を開始する! 全てを取り戻すのだ! 踏みにじられた尊厳を! この国の未来を!」
「「「「雄応ッ!」」」」

 兵士達だけで無く、住人達も、王もアランの声に応えていた。
 そしてアランは再び抜刀し、その剣先を天に向かって突き上げながら、最後の言葉を述べた。

「そして我々は晴らす! 犠牲になった者達の無念を!」

 瞬間、全員の心は一つとなり、

「「「雄雄雄ォォッッ!」」」

 かつてない歓声が街中に轟いた。

 堂々と己を晒して仲間を増やし、組織を強固にしていくアラン。
 対し、サイラスは今も影を纏って動いている。
 嘘や悪事が以前よりも簡単にあばかれるようになった今の状況では、どちらが有利なのかは言うまでも無いであろう。
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