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第七章 アランが父に代わって歴史の表舞台に立つ

第四十七話 炎の紋章を背に(5)

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   ◆◆◆

「……なんだ、お前か」

 応接間に入ったリチャードは開口一番、悪びれる様子も無くそう言い放った。
 その言葉を聞いた客である男は、両腕両足を下品に左右に大きく広げながら、天を仰ぐように手の平を上に向け、口を開いた。

「おいおい、わざわざ来てやったのに、それは無いだろう?」

 至極真っ当な言い分であったが、リチャードは謝ることなく対面のソファーに座り、葉巻に火をつけた。
 そしてリチャードは紫煙を一度深く吐いた後、尋ねた。

「で、今日は何の用なんだ、ブラッド?」

 これにブラッドと呼ばれた男は人差し指を立て、「一本もらっていいか?」という意思を示しながら、答えた。

「いや、まあ、大した用事じゃあ無いんだが……」

 ブラッドが受け取った葉巻に火をつけながら、もったいぶる様子を見せると、リチャードは眉間に浅く皺を寄せ、その態度に釘を刺した。

「……葉巻一本分の価値はある話なんだろうな?」

 が、ブラッドはこの釘刺しに動じること無く、紫煙をゆっくりと味わった後、口を開いた。

「最近、どうだ?」
「どうって、何の話だ?」
「色々だよ。商売のこととか、巷の噂話のこととか」

 遠まわしで曖昧な質問。
 相手の反応を見て、探ろうとしていることは明らか。
 だが何を探ろうとしているのかが分からない。
 だからリチャードは、

「……商売は上手くいっている」

 適当な嘘をついた。
 しかしその回答はブラッドにとってとても分かりやすいものであった。
 だからブラッドは正解を教えることにした。

「その様子だとまだ知らないみたいだな」

 先の質問はある噂話についてのものであったと。
 そしてブラッドはリチャードが「何の話だ?」と聞き返してくるよりも早く、口を開いた。

「どうやらこの戦争、このままだと俺達の負けで終わるみたいだぞ」

 その言葉に、リチャードは内心で首を傾げた。
 だから尋ねた。

「確かに、平原が半分ほど制圧されたままで、状況は良くないかもしれないが……相手はいま戦争どころじゃ無いだろう? 反乱軍にかなり手こずっていると聞いたぞ」

 これにブラッドは首を振りながら口を開いた。

「手こずっているなんてもんじゃない。教会側の負けがもう決まったようなもんだ」

 その言葉にリチャードは傾げた首の向きを変えながら口を開いた。

「じゃあ、今度はその反乱軍とやり合うことになるということか? 俺達との和平は望んで無いと?」

 なぜ? と、リチャードが尋ねると、ブラッドは答えた。

「いま反乱軍を仕切っているのはサイラスとかいう奴なんだが、どうやら過去に色々と無茶なことをやってたらしくてな。そのツケが回ってきてるらしい」
「ツケ? なんだそれは?」
「……お前が今までやってきたようなことだよ。だから反乱軍は一枚岩じゃあ無いんだ。いつ分裂してもおかしくないらしい」

 ブラッドは知っている。ガストンの件を。
 だが、それを言えなかったのは、どうしてそんなことを知っているのか説明出来ないからだ。
 そしてブラッドが苦し紛れに吐いた台詞はあまりにも弱かった。
 だからリチャードは鼻で笑いながら口を開いた。

「それはそれは、とても信頼できる情報だな」

 しかしブラッドが何かを隠していることを察したリチャードは話を続けることにした。

「だが、戦いが続くと仮定したとしても、なぜ負けると? こんな状況はこれまでにも何度かあった。しかしそのたびに押し返してきた。どうせ今回も同じだろう。カルロが――」

 その名が出た瞬間、ブラッドは右手の平をリチャードの顔面に向けてかざし、その口を止めた。
 ブラッドはその名が出るのを待っていた。
 だからブラッドはとっておきの情報を声に出した。

「そのカルロが死んだんだ、リチャード」

 これにリチャードは明らかに言葉を詰まらせた。
 そして動揺したのをブラッドは感じ取った。
 だからブラッドは畳み掛けた。

「賭けてもいい。しばらくしたら葬儀が行われるだろう」

 直後、確かな手ごたえをブラッドは感じ取った。
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