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第七章 アランが父に代わって歴史の表舞台に立つ
第四十七話 炎の紋章を背に(4)
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◆◆◆
「……」
ディアナはベッドの中でうずくまっていた。
テーブルの上に用意された食事は一口も手をつけられること無く、冷め切ってしまっている。
「……」
ディアナは無気力になっていた。
ただただ、ディーノとの思い出を振り返り続けていた。
裕福では無かったが、初めて味わった自由という幸福を思い返し続けていた。
それを失ってしまったという不幸が、ディアナを絶望の淵に追いやっていた。
このままベッドの中で終わってしまいたい、そんな自棄的な考えにディアナの心は支配されていた。
だから食事に手をつけない。
ディアナはゆっくりとした終わりを待っていた。
すぐに自分を終わらせる勇気は無かった。
不思議な事に、失ってしまったという事実が新たな希望を生み出していたからだ。
もしかしたら、再び自由になれる日が来るかもしれない、そんな考えが意識の片隅にこびりついていた。
もしかしたら、誰かが助けに来てくれるかもしれない、そんな想いが脳裏に張り付いていた。
そしてその誰かは、浮かぶイメージはいつも同じ人間だった。
「……ディーノ様」
ぽつりと、ディアナはベッドの中でその人の名を口にした。
直後、
「……!」
部屋に近付いてくる誰かの足音がディアナの耳に入った。
考えるまでも、尋ねるまでも無かった。良く知る足音であった。
そしてその音の主は、
「ディアナッ!」
まるでそのやり方しか知らぬように、乱暴にドアを押し開けた。
「っ!」
その荒々しさに、ディアナの両肩が「びくり」と跳ね上がる。
そしてリチャードは同じ荒々しい音を部屋の中に響かせながら、テーブルの上にある冷めた食事を手に取った。
瞬間、ディアナは察した。
もはや父と呼べる間柄なのか分からぬこの男が何をするつもりなのかを。
直後、リチャードはディアナが思った通りのことを始めた。
「食べろ」
言いながらリチャードはディアナをベッドから引きずり降ろし、その口を強引に開かせた。
食べ物を乗せた銀色のスプーンがその空洞に迫る。
が、その侵入は「かちり」という音と共に阻まれた。
ディアナが歯を食いしばったのだ。
しかしその抵抗はリチャードに対してはあまりにささやかで、脆弱すぎた。
「っ!」
直後、頬に走った痛みと衝撃に、ディアナの意識は揺らいだ。
平手打ちであったが、ディアナの体が床に叩きつけられるほどの衝撃。
それでも手加減がされていることは間違い無かったが、
「口を開けろ」
リチャードは床に倒れたディアナの上に座りながら、そう命じた。
これに逆らえば、次は平手打ちでは無く、硬く握り締められた拳になることは明らかであった。
だからディアナに選択肢は無かった。
恐る恐る、口を開ける。
その緩慢な動作が気に障ったのか、リチャードはまだ半開きにしかなっていないディアナの口に、スプーンを勢いよくねじ込んだ。
「げほっ!」
異物が強引に入り込んでくるその感覚に、ディアナが咳き込む。
リチャードはその反射行動すら許さなかった。
「っ!?」
再びの平手打ち。
痛みに悲鳴を上げる暇も無く、次が喉奥に押し込まれる。
「……!」
嗚咽を必死に堪える。
目に涙が浮かび始める。
しかしリチャードは気に介さず、淡々と作業を繰り返した。
呼吸が難しくなるほどの荒々しさ。
「……っ!」
ディアナの瞳に、恐怖の色が滲み始める。
直後、
「リチャード様、お客様がいらっしゃいました」
執事が助け舟を出した。
が、リチャードは手を止めなかった。
苦しさにディアナがもがき始める。
「リチャード様!」
思わず執事が叫び声を上げる。
しかしやはりリチャードは手を止めない。
「おやめください、リチャード様!」
たまらず、慌てて執事は駆け寄り、リチャードの手を握り止めた。
これに、リチャードは一瞬寒気を覚えるほどの冷たい目を執事に向けたが、
「……」
静かに立ち上がり、
「分かったか?」
と、執事に向かって言った。
これに執事が「はい?」と聞き返すと、リチャードは答えた。
「食べないなら、こうやって無理矢理押し込めばいいんだ。……で、なんだって? 客が来たとか言ったか?」
執事が再び「……はい」と返すと、リチャードは自分の手がディアナの唾液と食べ物で汚れていることに気付いた。
このまま客に会うのはマズいか、そう思ったリチャードは執事の体に両手を貼り付けた。
そしてリチャードは執事の服で手を拭きながら、
「……部屋が汚れた。掃除しておけ。お前のこの服もな。客に茶を出す前に着替えるんだぞ?」
ふてぶてしく、そう言い放った。
「……」
ディアナはベッドの中でうずくまっていた。
テーブルの上に用意された食事は一口も手をつけられること無く、冷め切ってしまっている。
「……」
ディアナは無気力になっていた。
ただただ、ディーノとの思い出を振り返り続けていた。
裕福では無かったが、初めて味わった自由という幸福を思い返し続けていた。
それを失ってしまったという不幸が、ディアナを絶望の淵に追いやっていた。
このままベッドの中で終わってしまいたい、そんな自棄的な考えにディアナの心は支配されていた。
だから食事に手をつけない。
ディアナはゆっくりとした終わりを待っていた。
すぐに自分を終わらせる勇気は無かった。
不思議な事に、失ってしまったという事実が新たな希望を生み出していたからだ。
もしかしたら、再び自由になれる日が来るかもしれない、そんな考えが意識の片隅にこびりついていた。
もしかしたら、誰かが助けに来てくれるかもしれない、そんな想いが脳裏に張り付いていた。
そしてその誰かは、浮かぶイメージはいつも同じ人間だった。
「……ディーノ様」
ぽつりと、ディアナはベッドの中でその人の名を口にした。
直後、
「……!」
部屋に近付いてくる誰かの足音がディアナの耳に入った。
考えるまでも、尋ねるまでも無かった。良く知る足音であった。
そしてその音の主は、
「ディアナッ!」
まるでそのやり方しか知らぬように、乱暴にドアを押し開けた。
「っ!」
その荒々しさに、ディアナの両肩が「びくり」と跳ね上がる。
そしてリチャードは同じ荒々しい音を部屋の中に響かせながら、テーブルの上にある冷めた食事を手に取った。
瞬間、ディアナは察した。
もはや父と呼べる間柄なのか分からぬこの男が何をするつもりなのかを。
直後、リチャードはディアナが思った通りのことを始めた。
「食べろ」
言いながらリチャードはディアナをベッドから引きずり降ろし、その口を強引に開かせた。
食べ物を乗せた銀色のスプーンがその空洞に迫る。
が、その侵入は「かちり」という音と共に阻まれた。
ディアナが歯を食いしばったのだ。
しかしその抵抗はリチャードに対してはあまりにささやかで、脆弱すぎた。
「っ!」
直後、頬に走った痛みと衝撃に、ディアナの意識は揺らいだ。
平手打ちであったが、ディアナの体が床に叩きつけられるほどの衝撃。
それでも手加減がされていることは間違い無かったが、
「口を開けろ」
リチャードは床に倒れたディアナの上に座りながら、そう命じた。
これに逆らえば、次は平手打ちでは無く、硬く握り締められた拳になることは明らかであった。
だからディアナに選択肢は無かった。
恐る恐る、口を開ける。
その緩慢な動作が気に障ったのか、リチャードはまだ半開きにしかなっていないディアナの口に、スプーンを勢いよくねじ込んだ。
「げほっ!」
異物が強引に入り込んでくるその感覚に、ディアナが咳き込む。
リチャードはその反射行動すら許さなかった。
「っ!?」
再びの平手打ち。
痛みに悲鳴を上げる暇も無く、次が喉奥に押し込まれる。
「……!」
嗚咽を必死に堪える。
目に涙が浮かび始める。
しかしリチャードは気に介さず、淡々と作業を繰り返した。
呼吸が難しくなるほどの荒々しさ。
「……っ!」
ディアナの瞳に、恐怖の色が滲み始める。
直後、
「リチャード様、お客様がいらっしゃいました」
執事が助け舟を出した。
が、リチャードは手を止めなかった。
苦しさにディアナがもがき始める。
「リチャード様!」
思わず執事が叫び声を上げる。
しかしやはりリチャードは手を止めない。
「おやめください、リチャード様!」
たまらず、慌てて執事は駆け寄り、リチャードの手を握り止めた。
これに、リチャードは一瞬寒気を覚えるほどの冷たい目を執事に向けたが、
「……」
静かに立ち上がり、
「分かったか?」
と、執事に向かって言った。
これに執事が「はい?」と聞き返すと、リチャードは答えた。
「食べないなら、こうやって無理矢理押し込めばいいんだ。……で、なんだって? 客が来たとか言ったか?」
執事が再び「……はい」と返すと、リチャードは自分の手がディアナの唾液と食べ物で汚れていることに気付いた。
このまま客に会うのはマズいか、そう思ったリチャードは執事の体に両手を貼り付けた。
そしてリチャードは執事の服で手を拭きながら、
「……部屋が汚れた。掃除しておけ。お前のこの服もな。客に茶を出す前に着替えるんだぞ?」
ふてぶてしく、そう言い放った。
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