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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十六話 暴風が如く(13)

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 そしてリックは両足を前に蹴り出した勢いで小さく前に跳び、上下を元に戻した。
 偉大なる者もほぼ同時によろめいていた姿勢を戻す。
 だが、わずかにリックの方が早い。
 リックはその時間を利用すべく、着地と同時に足に力を込め直し、

「疾ッ!」

 偉大なる者に向かって踏み込んだ。
 これを偉大なる者は低姿勢で迎えた。
 だが、その構えには違っているところがあった。
 両足が左右にでは無く、前後に開いているのだ。
 左右への回りこみよりも、突進と後退に重きを置いた形。
 そして上半身もそれに合わせた半身の構え、やや右を向いた形になっている。
 これに対し、リックは前に出ているその左足に狙いを定め、

「ぇいやっ!」

 自身の右足を放った。
 爪先をすくい上げようとするような横薙ぎの払い蹴り。
 であったが、それは命中の直前に軌道を変えた。
 わずかな減速の後、爪先の上に覆いかぶさろうとするかのように上昇。
 そしてその動きの狙いを一瞬で読んだ偉大なる者は、爪先を半歩引いた。
 すると次の瞬間、直前まで爪先があった場所にリックの右足が振り下ろされた。
 革靴で石畳を叩いた音が鳴り響く。
 それが耳に届いた時、既に偉大なる者は反撃に動いていた。
 お返しだ、言わんばかりに偉大なる者の左足が浮き上がる。
 これを見たリックは即座に右足を手前に引き戻し始めた。
 直後、偉大なる者の左足が地に叩きつけられる、が、やはりリックの足は既にそこに無い。
 しかし、これは同時に踏み込みも兼ねていた。
 偉大なる者がその勢いを利用して上半身を前に傾け、蛇を繰り出す。
 狙いは下がるリックの右足。
 だが、リックは意識の線を読むよりも早くこれに対応した。
 右足を素早く折りたたみ、片羽の構えを一瞬経由した後、足を後ろに下げる。
 流れるような動き。そして蛇よりも速い。
 が、蛇は既に狙いを変えていた。
 次の目標は動かないリックの軸である左足。
 しかし次の動作に移っていたのはリックも同じ。
 踏み込んできた偉大なる者の頭蓋を砕かんと、左拳を前に出し始めている。
 そして次の瞬間、

「「!」」

 その二つの意識の線が交わったと同時に、二人は動きを止めた。

 もはや二人の戦いは感知の利かぬ素人目には異次元の域であった。
 この一合など、途中で両者がわざと攻撃をやめたようにしか、下手な寸止め組み手のようにしか見えないほどであった。

 そして、リックはもう上段の差し合いにこだわっていない。
 リックもまた偉大なる者の影響を受け、進化しつつあった。

 その変化はまだ息を潜めていた。
 双方とも、微動だにしない。
 されど、意識の線は交錯し続けている。
 達人にしか理解出来ない読み合いによる膠着状態。
 そしてその静けさを先に破ったのはやはりリックの方であった。

「!」

 突如、偉大なる者の視界に映るリックの姿が左に流れ始めた。
 それは円の動き、背後への高速の回り込みであった。
 リックは気付いたのだ。今の偉大なる者の姿勢はある機動性にやや欠けることを。
 真正面からのぶつかり合いは出来るが、回り込みへの対応力に欠けることを。
 すなわち、相手の視界を振り回すように動き続ければ、隙を作りやすいということ。
 そしてそれは直後にリックの目に入った。
 左肩の奥にある背中だ。
 それが見えた瞬間、リックは、

「断!」

 首の裏筋を狙って、輝く右手刀を水平に走らせた。
 偉大なる者の振り向きはやはり速くは無い。真横までは腰の捻りだけで振り向けるが、それ以上となると下半身を動かさなくてはならなくなる。軽快な回転に弱いのだ。
 ゆえに、

「くっ!」

 偉大なる者はその一撃を振り返りながら放てる左裏拳で迎え打たざるを得なかった。
 手刀と拳がぶつかり合う。
 瞬間、

「!?」

 偉大なる者の身に戦慄が走った。
 その原因はすぐに感じ取れた。
 リックがさらに大きな隙を見つけたからだ。
 リックの意識の線は、裏拳を放つことで大きく開いてしまった左脇に集中していた。
 そして直後、その線は実体を得た。

「破ッ!」

 繰り出されるリックの左拳。
 蛇に手首を噛み付かせても止められぬ一撃。
 そして止めなければ死に至る可能性のある一撃。
 されど止めるものは無く、その一撃は無防備な左脇に向かって真っ直ぐに走った。

「!」

 が、直後、リックの顔に驚きの色が滲んだ。
 当たっていないのに、女が勢い良くその場に倒れたからだ。
 女は膝を折り曲げながら背中を最大速度で後ろに反らし、自らその場に倒れたのだ。
 そして、リックの中に滲んだ驚きは焦りに変わった。
 リックはその焼け付くような感覚に突き動かされるように、輝く左手で胸をかばった。
 すると次の瞬間、リックの視界は閃光に染まった。
 下から突き上げるように迫る光。
 それが女の足から展開された防御魔法であると気付いた直後、リックの体に衝撃が走った。

「がっ!」

 光る盾を叩き付けられた衝撃に、大きくのけぞるリック。
 正確には「蹴り上げられた」というべきか。
 偉大なる者はリックの真似をしたのだ。倒れた状態から両足をリックに向かって突き出したのだ。
 そして偉大なる者は足を突き出した勢いを利用して、飛び上がるように立ち上がった。
 よろめいているリックの姿が女の瞳に映る。
 偉大なる者は両手を輝かせながら、その崩れた形に向かって踏み込んだ。

(……?!)

 が、瞬間、偉大なる者の心に違和感が滲んだ。
 されど、偉大なる者はその違和感の原因が分からなかった。
 だが、偉大なる者の本能はその感覚に重きを置いた。
 そして、ここは安全を重視すべきと判断した偉大なる者はよろけるリックの胸部に向かって左拳を放った。
 両足を地に着けた、いつでも回避動作を取れる正拳突き。
 肩と足を深く前に入れない牽制に近い一撃であったが、よろけているリックを突き倒すには十分に見えた。
 が、直後、

「!」

 違和感の正体が明らかになった。
 突如、リックの体から力が抜けたのだ。
「ゆらり」とした動きで拳の軌道から外れる。

(何?!)

 驚いた偉大なる者が思わず跳び退く。
 距離を取り直し、そして思った。

(まるで風に吹かれただけのような――)

 動きだったと。
 だから、偉大なる者は「避けられた」では無く、「外した」と思った。
 しかしそれは間違いであることを、偉大なる者は瞬時に見抜いた。
 リックは「崩れていた」のでは無く、あえて「崩れたままでいた」のだ。その方が都合が良かったから。
 そうだ。リックにもあるのだ。リックなりの「柔」の技が。脱力と反射を組み合わせた「夢想の境地」が。
 この瞬間、戦いは静と動、柔と剛の構図を失っていた。
 ただの、武人同士のぶつかり合いであった。
 そして同時に湧き上がる、ふとした疑問。
 この二人の柔と柔がぶつかり合えばどうなるのか?
 不謹慎にも、ルイスは見てみたいと思った。
 ならば見せよう、と二人の本能は応えた。
 魅せてやると、そして勝つと、二人の本能は吼えた。
 その思いのぶつかり合い、意識の交錯が再開の合図となった。
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