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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十六話 暴風が如く(7)

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 念のためにシャロンの手から刀を奪い取る。
 魂を使った最後の反撃の可能性がまだ捨てきれないからだ。
 しかしその間、シャロンは微動だにしなかった。
 血液の循環が止まった影響で脳の活動が弱り始める。
 そして混沌は間も無くその活動を止めた。
 それで戦いは終わったように見えた。

「ふう」

 ルイスはため息と共にそれを実感し、背中に冷や汗が残っているのを感じながら、アランの中にいるナチャの分身の方に視線を向けた。
 ナチャの分身がシャロンを直接攻撃してくれれば、こんなに危ない橋を渡る必要は無かったからだ。
 ルイスはそれを一度要請してみた。しかし断られた。友達を直接手にかけるなど絶対出来ない、と。

「フッ」

 そのやり取りを思い出したルイスは鼻で笑った。
 ナチャのその返事が、「どちらにも嫌われたくない」という気持ちから生まれたものであることが明らかだったからだ。
 本当にどちらも大切なのであれば、止めようとするだろう。
 そしてその天秤はこちら側に傾いているようだ。自分に手を貸してくれたことがその証拠。好意の重さでは無く、単純に付き合いの長さだけで優先順位を決めている可能性はあるが。
 ルイスはそんな事を考えた後、視線をシャロンの方に戻した。
 仕事がまだ残っているからだ。
 赤く染まった左手でシャロンの頭を掴み、中身を見る。

「……?」

 すると、ルイスは気付いた。
 シャロンの魂が、

(……小さい)

 のだ。
 明らかに異常と言えるほどに。
 先の攻撃は接続の切断をやっただけで、魂そのものの破壊はやっていない。あくまでも混乱させ、時間稼ぎをしただけだ。
 思い返せば、シャロンの混沌の抵抗は弱弱しかった。虫の数も少ない。
 その理由がこれだとしても、なぜ?
 湧き上がったその疑問は、もう一つの重大な疑問を呼び起こした。

(……そういえば、なぜ、)

 なぜ、シャロンは逃げなかった?

「……!」

 その疑問に気付いた瞬間、ルイスの背中に怖気が走った。
 決定的な矛盾が存在する。筋が通らない。
 混沌は『目的の達成』のための最良手を模索し、その遂行を影から支援する。
 しかし、ならば、今のシャロンのこの有様はありえない!

 もう一度言おう。
 混沌は『目的の達成に都合の悪い考え方』は許さない。
 ならば問題は、最も重要なのは、その『目的は何か』ということ。
 戦力の調整? それならばカルロを倒した時点でこの場は及第点だ。なお必要ならば、日を改めて別の機会にアランでもアンナでも好きな奴を狙えばいい。

「!」

 直後、ルイスは振り返った。
 感知の範囲を線のように細く絞り込んで精度を高め、瓦礫の山を調べる。
 こうすることでわずかな変化でも捉えられる。微少な波でも認識出来る。例えば、雲水が使った「手紙」のような虫の活動であっても。
 そして、自分の予想が正解であるならば、この中のどこかにいる可能性が極めて高い。
 間も無く、その予想は的中した。

(そこか!)

 即座に地面を蹴る。
 瓦礫が薄く、そして脆くなっている箇所に一撃叩き込んで崩し、下にいる「ある者」を圧殺する、それが狙い。
 一人巻き添えを食らう可能性が高いが、やむを得ない。
 ルイスはその巻き添えに対し、「許せよ」という言葉を響かせながら、右足の中で星を輝かせた。
 後は蹴りを叩き込むだけ。
 そのはずだった。
 が、

「!」

 その者が動き始めたのをルイスは感じ取った。
 そして次の瞬間、ルイスが狙いを定めていた瓦礫、そこに走っている亀裂から光が溢れ始め、

「っ!」

 轟音と共にルイスの視界は閃光に包まれた。
 しかし白一色では無かった。
 黒い斑点が白の中にたくさん滲んでいる。
 それらの斑点は少しずつ大きくなっていた。まるで黒い染みが広がるかのように。
 その中でも正面にある一際大きな斑点は、まるで目に飛び込んでくるかのように、ルイスの顔面に迫ってきた。
 これに対しルイスは、刃に左手を添えながら盾にするように構えた。
 直後、

「ぐっ!」

 金属音が耳に響き、刃を持つ右手と添えている左手に衝撃が走る。
 ルイスを一番に襲った一際大きな斑点、それは頭ほどの大きさがある瓦礫であった。
 追いついてきた他の斑点が、瓦礫の散弾がルイスの体にめりこむ。
 その痛みが全身を駆け巡った直後、

「がっ!」

 瓦礫を受け止めている刃に、さらなる衝撃が走った。
 刃が折れ、瓦礫がルイスの顔面にめり込む。
 その一連の流れは、横から見ていれば一目瞭然であった。
「その者」は、防御魔法を展開した体当たりで瓦礫を突破し、外に飛び出すと同時に蹴りを繰り出したのだ。
 そしてその蹴りはルイスの顔面を襲った瓦礫を的確に捉え、盾としていた刃にとどめを刺した。
 ルイスの顔面から瓦礫が外れ、代わりに「その者」の足裏がめり込む。
 しかしその一撃は深く無く、すぐに足裏は離れた。
 なぜなら、

(追撃が来る!)

 次の攻撃の予備動作に入ったからだ。
 これに対してのルイスの選択は防御。
 攻撃の内容と位置は読めていた。
 内容は回し蹴り、そして狙いは、

(心臓!)

 ルイスは確認するように叫びながら折れた刃を捨て、両腕を胸の前で十字の形に組んだ。
 が、そのただの生身の防御は、迫る光る槍のような右足を受け止めるにはあまりにも脆弱であった。

「がっっは!」

 ルイスの口から叫びのような嗚咽が漏れる。
 受けた両腕は直後にへし折れた。
 右の上腕部に取り付けていた機械弓の部分で受けたにもかかわらずだ。
 砕けた部品は腕に食い込み、肉を引き裂いた。
 右腕を逃がさなければ二度と使い物にならなくなるかもしれない、それは分かっていた。が、命が拾えるなら安いものだった。
 そしてルイスの体は派手に吹き飛び、積み上げられた瓦礫の壁に叩き付けられた。

「ぐ、ああああ!」

 直後、ルイスは痛烈な悲鳴を上げた。
 ルイスの体は浮いたまま、地面に落ちなかった。
 なぜなら、右肩を串刺しにされているからだ。
 それは窓を塞いでいた鉄格子のうちの一本のように見えた。
 長い。手を伸ばしても先端に届かない。

「う、あ」

 ルイスはその地獄のような痛みの中で、「その者」の方に視線を向けた。
 そいつは光差す床の上に倒れていた。
 回し蹴りの後にバランスを崩し、そのまま落下したのだ。
 ルイスは棒をなんとか出来ないかともがきながら、倒れたままの「その者」に意識を集中させた。
 すると、声が聞こえた。

「出来た」、「出来た」と。

 木霊のように声は繰り返された。

「動かせた」、「動かせた」と。

 その声に何かが声を上げた。

「だけど転んだ」と。

 その声に誰かが反応した。

「早く立ち上がらせろ」と。

 すると、その者はまるで生まれたばかりの子鹿のように震えながら、ゆらゆらと立ち上がった。
 顔が差し込む光に照らされる。
 それはまぎれもなく、クレアだった。
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