392 / 586
第六章 アランの力は遂に一つの頂点に
第四十六話 暴風が如く(4)
しおりを挟む
「任せたぞ」という女の声が響き、「ええ」というシャロンの答えが響く。
シャロンはやるべき仕事を、呼ばれた理由を理解していた。
なぜなら、シャロンの得意分野は精神攻撃と魂の扱いなのだから。シャロンは魂を使った攻撃、魂への直接攻撃の技術に長けているのだ。
そして体の制御権を得たシャロンは、即座にその技を見せた。
一撃離脱の後退時に右手から網を放つ。
サイラス達との戦いで見せた、虫を貼り付けてあるもの。
攻撃用に特化した虫。相手の魂に噛み付き、砕き、そして食らう。
栄養になるかならないかは関係無い。だが、型が無く、変化し続けているアランの魂達ならば栄養源に出来る可能性は通常より高い。その点でもこの攻撃はアランと相性が良い。
そして、シャロンのこの攻撃を今の距離で対処する手段は一つであり、アランは即座にそれを見せた。
炎を纏った斬撃。
股下から頭上に振り上げる逆風の型で迫る網を焼き払う。
しかしただの炎魔法では虫は殺せない。
当然、この炎にも相殺用の虫が仕込んである。
しかしそれは、自分の魂を削って放っているものであり、すなわち消耗するということだ。
虫の群れがぶつかり合う。
その決着が着くよりも早く、シャロンは再び網を放った。
シャロンはもう一撃離脱の戦法にこだわっていない。相手の魂を消耗させるだけならば、無理に近付く必要が無い。
ひたすらに網を投げ続ける。
戦いは再び一転して中距離での魔法の応酬、魂のぶつけ合いに。
そしてシャロンが期待する効果はすぐに表れた。
アランの両足から「あの男」の気配が完全に消えたのだ。
それを感じ取ったシャロンは薄い笑みを浮かべ、
(……良し!)
喜びの声をアランの心に響かせた。
勝てる、という思いが確信に変わりつつあった。
(しかし、)
同時に思う。
際どすぎる戦いだったと。
もし、アランが今の境地にあと一ヶ月早く辿り着いていれば、自分に勝ち目は無かったかもしれない、そう思えるほどに。
シャロンはその思いを正直に、アランの心に響かせた。
しかし答えは、感情は何も返ってこない。
が、シャロンはその理由に気付いていた。
答える余裕すら、シャロンの声に反応する余裕すらもう無いのだ。
シャロンは網を投げながら時を待った。
心が読めずとも、この後の展開は予想がついた。
そして間も無く、状況はシャロンが思った通りになった。
カルロの気配が弱くなってきたのだ。
もうすぐ炎を満足に使えなくなるだろう。
しかしそれはアランも分かっているはず。
(ならば、どこかで勝負に――)
シャロンがそんな思いを言葉にした瞬間、
(来る!)
その時は訪れた。
アランの両足に、「あの男」の気配が蘇ったのだ。
消えていた他の者達もだ。
天の川が再びアランの体内に流れる。
それが最後の力を振り絞ったものであることは明らかだった。
シャロンにはその一撃を凌ぐ自信が、勝算があった。
アランが壁際に陣取ってくれたおかげで、後方に広々とした空間があるからだ。
つまり、機動力の差を利用してここを走り回れば良い、ということ。
だからシャロンは思った。
私は運が良い、と。
しかし直後、
「!」
瓦礫が崩れる音が、シャロンの耳に入った。
発生源は真上。
素早く後方に跳び退く。
直後、まるでアランの盾になるかのように、シャロンとほぼ同じ大きさの瓦礫が眼前に崩れ落ちてきた。
着地と同時に視線を上へ、これをやった犯人の方に向ける。
すると、そいつの影が天井に出来た穴から差し込む光の中に見えた。
「!?」
瞬間、シャロンは気付いた。
その影に微妙な濃淡があることを。
そして同時に感知した。
(風切り音?!)
細い飛来物が飛んできていることを。
「くっ!」
それが矢であったことは、すばやく地を蹴りなおして回避した後に判明した。
(この攻撃何か――)
そして女は矢が自分の横を通り過ぎるのを感じながら思った。
何か妙だ、と。
どうしてこんな単純な攻撃の察知が遅れたのかと。
自分の計算速度はそこまで鈍ってはいないはずだ、と。
女はその答えを探したが、見出すよりも早く、声が響いた。
「いいや、今回に限っては君の運は悪い」
それは先に思った「私は運が良い」という言葉に対する否定だった。
そして直後、その声の主は光差す天井から漆黒の舞台の中に降り立った。
顔は影に覆われているせいで見えない。
が、女には見るまでも無かった。
探していた。話したかった。だから、女はその名を叫んだ。
「ルイス!」
シャロンはやるべき仕事を、呼ばれた理由を理解していた。
なぜなら、シャロンの得意分野は精神攻撃と魂の扱いなのだから。シャロンは魂を使った攻撃、魂への直接攻撃の技術に長けているのだ。
そして体の制御権を得たシャロンは、即座にその技を見せた。
一撃離脱の後退時に右手から網を放つ。
サイラス達との戦いで見せた、虫を貼り付けてあるもの。
攻撃用に特化した虫。相手の魂に噛み付き、砕き、そして食らう。
栄養になるかならないかは関係無い。だが、型が無く、変化し続けているアランの魂達ならば栄養源に出来る可能性は通常より高い。その点でもこの攻撃はアランと相性が良い。
そして、シャロンのこの攻撃を今の距離で対処する手段は一つであり、アランは即座にそれを見せた。
炎を纏った斬撃。
股下から頭上に振り上げる逆風の型で迫る網を焼き払う。
しかしただの炎魔法では虫は殺せない。
当然、この炎にも相殺用の虫が仕込んである。
しかしそれは、自分の魂を削って放っているものであり、すなわち消耗するということだ。
虫の群れがぶつかり合う。
その決着が着くよりも早く、シャロンは再び網を放った。
シャロンはもう一撃離脱の戦法にこだわっていない。相手の魂を消耗させるだけならば、無理に近付く必要が無い。
ひたすらに網を投げ続ける。
戦いは再び一転して中距離での魔法の応酬、魂のぶつけ合いに。
そしてシャロンが期待する効果はすぐに表れた。
アランの両足から「あの男」の気配が完全に消えたのだ。
それを感じ取ったシャロンは薄い笑みを浮かべ、
(……良し!)
喜びの声をアランの心に響かせた。
勝てる、という思いが確信に変わりつつあった。
(しかし、)
同時に思う。
際どすぎる戦いだったと。
もし、アランが今の境地にあと一ヶ月早く辿り着いていれば、自分に勝ち目は無かったかもしれない、そう思えるほどに。
シャロンはその思いを正直に、アランの心に響かせた。
しかし答えは、感情は何も返ってこない。
が、シャロンはその理由に気付いていた。
答える余裕すら、シャロンの声に反応する余裕すらもう無いのだ。
シャロンは網を投げながら時を待った。
心が読めずとも、この後の展開は予想がついた。
そして間も無く、状況はシャロンが思った通りになった。
カルロの気配が弱くなってきたのだ。
もうすぐ炎を満足に使えなくなるだろう。
しかしそれはアランも分かっているはず。
(ならば、どこかで勝負に――)
シャロンがそんな思いを言葉にした瞬間、
(来る!)
その時は訪れた。
アランの両足に、「あの男」の気配が蘇ったのだ。
消えていた他の者達もだ。
天の川が再びアランの体内に流れる。
それが最後の力を振り絞ったものであることは明らかだった。
シャロンにはその一撃を凌ぐ自信が、勝算があった。
アランが壁際に陣取ってくれたおかげで、後方に広々とした空間があるからだ。
つまり、機動力の差を利用してここを走り回れば良い、ということ。
だからシャロンは思った。
私は運が良い、と。
しかし直後、
「!」
瓦礫が崩れる音が、シャロンの耳に入った。
発生源は真上。
素早く後方に跳び退く。
直後、まるでアランの盾になるかのように、シャロンとほぼ同じ大きさの瓦礫が眼前に崩れ落ちてきた。
着地と同時に視線を上へ、これをやった犯人の方に向ける。
すると、そいつの影が天井に出来た穴から差し込む光の中に見えた。
「!?」
瞬間、シャロンは気付いた。
その影に微妙な濃淡があることを。
そして同時に感知した。
(風切り音?!)
細い飛来物が飛んできていることを。
「くっ!」
それが矢であったことは、すばやく地を蹴りなおして回避した後に判明した。
(この攻撃何か――)
そして女は矢が自分の横を通り過ぎるのを感じながら思った。
何か妙だ、と。
どうしてこんな単純な攻撃の察知が遅れたのかと。
自分の計算速度はそこまで鈍ってはいないはずだ、と。
女はその答えを探したが、見出すよりも早く、声が響いた。
「いいや、今回に限っては君の運は悪い」
それは先に思った「私は運が良い」という言葉に対する否定だった。
そして直後、その声の主は光差す天井から漆黒の舞台の中に降り立った。
顔は影に覆われているせいで見えない。
が、女には見るまでも無かった。
探していた。話したかった。だから、女はその名を叫んだ。
「ルイス!」
0
お気に入りに追加
88
あなたにおすすめの小説

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~
矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。
隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。
周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。
※設定はゆるいです。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる