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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十六話 暴風が如く(2)

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 刃に勢いを乗せ、突きを繰り出す。
 これをアランは右手の刀で叩き払い、即座に反撃を繰り出した。
 後ろに置いていた軸足の左足を前に出しつつ前傾姿勢を取る。
 そして左足の爪先に全体重を乗せながら、左膝の上で併走させるように左腕を前へ。
 型は貫手。
 この反撃に対し、女は後方に鋭く地を蹴った。
 アランの左腕の長さと比べると、大げさと言えるほどの勢い。
 しかしこれで良いのだ。これが女が選んだ手段、すなわち一撃離脱。
 少ないリスクでアランから多くの情報を引き出せる手だ。
 切り替えは防御、回避のみに使う。もしもの時のために。
 そしてその時は存外早く訪れた。

「!」

 女の意識に緊張が走る。
 アランが型を貫手から手の平を晒す掌打に切り替えたからだ。
 既に女に届かないことは、当たらないことは明らか。
 ならば予想出来ることは一つだけであり、ゆえに女は切り替えた。
 そして次の瞬間、女の視界は赤色に染まった。
 やはり炎。女の後退よりも速い。
 ゆえに、女は左に鋭く地を蹴り直した。
 が、

「くっ!」

 それは読まれていた。
 炎が先回りするように追いかけてくる。
 これに対し、女は防御魔法を展開。
 赤い蛇が光る盾に食らい付く。

「っ!」

 瞬間、女は歯を食いしばった。

「……?」

 が、赤い蛇は間も無く消えた。
 直後、女はその理由に気付いた。

(ああ、そうか)

 この状況では炎は長くは使えないのだ。
 隙間があるとはいえ、瓦礫の中に埋まっているのだから。
 こんな状況で長く火を使えば、あっという間に酸欠になる。
 そして今の一撃だけで、意識が少し朦朧と――

(いや、違う)

 女は再び気付いた。
 自分の思考力が低下しているのは今の炎で酸欠になったからでは無い。
 思考するための魔力が低下しているからだ。
 魔力を生む内臓の活動が弱弱しい。

(限界が近い。魔力を少しでも節約しなければ――)

 が、女のその思考は直後に混沌によって中断され、消去された。
 代わりに、「この程度ならばまだ戦える」という言葉に変更される。
 混沌は『目的の達成に不都合な考え方』を許さない。
 しかしその「調整」は既に限界を超えている。
 そして、今回の修正はあまりに雑、あからさますぎた。
 当然、アランに感知されている。
 アランは直後にその弱点を攻めにかかった。

(速い!)

 アランの両足の中で星が爆発した、それを感知し、言葉にした時には既に女の目の前。
 これまでのものとは比べ物にならない速度。
 その勢いのまま、水鏡流の構えから突きが放たれる。
 これを女は縦に構えた刀で受け、左へ流そうとした。
 が、次の瞬間、

「!?」

 目の前に現れたのは白い壁。
 それがアランの左手から展開された防御魔法だと気付いた時には既に手遅れ。

「がはっ!」

 女の体に衝撃が走り、上半身が大きくのけ反る。
 そこへさらに迫る白い壁。
 もう一度押されたら踏ん張れない、そう判断した女は輝く刀を白い壁に、源泉であるアランの左手に向かって突き出した。
 しかしこれも読まれていた。
 刃に突き刺さる直前、アランは防御魔法を解除。
 左手を右にずらして突きをやり過ごしつつ、型を手刀に。
 そして刀を握る女の右腕が伸びきった頃を見計らい、アランはその刃を左の手刀で叩き払った。

「うっ?!」

 その衝撃に、女の右腕が右に突き飛ばされる。
 右胸ががら空きだ、その警告が混沌から響くよりも早く、女は切り替えた。
 女の両足が後方へ地を蹴る。
 だが、

「!?」

 アランとの距離はほとんど離れない。
 切り替えることそのものを、そして逃げようとすることも全て読まれていたのだ。
 しかし女の方が僅かに速い。
 ゆえに防御魔法を再び叩きつけられる心配は無かった。
 が、直後、アランは右手に持つ輝く刀を右肩の上に振り上げた。
 既に刃も届く距離では無い。
 なので、ただの斬撃では無い事は考えるまでも無かった。
 女の脳裏に描かれているイメージは炎。
 であったが、その予想が甘すぎることを女は次の瞬間に知った。
 アランの刃が、

(薄赤い?!)

 のだ。
 白が混じった赤。
 瓦礫の下にいるこの状況で破壊力のある飛び道具?! 女の心は一瞬そんな疑問で埋め尽くされたが、その答えを探す余裕は無かった。
 アランの右腕が振り下ろされるタイミングに合わせて、軌道修正が難しくなる勢いが右腕に乗ったのを見計らい、女は地を蹴り直した。
 そして直後、アランの刃から放たれたのはやはり、赤い三日月。
 しかしその軌道は、

(下!?)

 足元狙い。
 重要な壁には当たらない。瓦礫を崩さない。だから撃てる。
 そしてその薄赤い三日月は間も無く地面に食い込み、砕け、そして炎を纏った小さな濁流となった。

「っ!」

 鞭のようにしなる赤い刃が、女の肌を焼きながら裂いていく。
 傷が増える。しかし浅い。これは凌いだ。
 だが、

(次が来る!)

 女にはもう一度地面を蹴り直すという選択肢しか無かった。
 次々と襲い来る赤い三日月の連打。
 これを大きく、時に小さく、そして鋭く動いて回避し続ける女。
 しかし女はただ回避していただけでは無かった。
 間も無く、その効果は表れた。
 三日月の連射が止まる。
 女が壁を、瓦礫を背にしたからだ。
 いくら小さな濁流とはいえ、こうなると撃てない。
 だが、アランの攻撃は止まらなかった。

(今度は炎?!)

 そしてその攻撃には先とは違うところがあり、ゆえに面食らった。
 炎の放射が終わらないのだ。
 迫る赤い蛇を振り切ろうと、広間の入り口側の壁沿いを駆け回る。
 炎に切れ目は無い。ゆえに被弾を完全に避けるということは出来ない。
 飛び越える、という選択肢は今のアラン相手には愚手。確実に読まれ、空中で迎撃されるだろう。
 進行方向を反対に切り返す際、すなわち炎を通り抜ける際は当然防御魔法を展開するが、それでも熱にあぶられる。
 だが、今は少々の火傷などよりも重要な問題がある。
 息が苦しくなっていく。空気が薄くなっていくのを感じる。
 相手も同じはずだ、そう思っているがゆえに、女はアランに向かって叫んだ。

(我慢比べでもしようというのか?!)

 叫びながら、女はあることに気付いた。
 いつの間にか、アランの立ち位置が変わっているのだ。
 先ほどよりも離れている。仲間達が埋まっている瓦礫のそばに、瓦礫の山を背に陣取っている。
 仲間をかばうためか? ならば危険を覚悟で瓦礫を狙うのは有効? そこまで考えたところで、女は再び叫んだ。

(いや、違う!)と。

 あれは決して味方を守っているのでは無いと。
 つい先ほど感じ取れた、ある情報が決定的根拠になっていた。
 アランが今立っている場所、そこから瓦礫の山側には、「隙間風が通っている」のだ。空気を新鮮なものに交換する風の通り道が出来ているのだ。
 だからなのだ。つまり、これは、

(場所取り合戦か!)

 であると結論付けると同時に、女はアランに向かって突撃した。
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