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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に
第四十五話 伝説との邂逅(27)
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◆◆◆
「これはまるで先祖返り――」
そこまで呟いたところで、いや、明らかに違うところがある、と、ルイスは自身の考えを改めた。
今のアランは魂の奴隷では無い。これはむしろ魂と上手く付き合っている、都合の良い関係を築いているという感じだ。
過去の良いところだけを取り出し、現代の環境に合わせて調整した、そう表現するとしっくりくる。
「いや、」
直後、これも違うか、と、ルイスは再び自身の考えを改めようとした。
そしてルイスは思い出した。
アランを守っていたナチャの分身が、彼のことをどう思ったのかを。
「……蜜をなみなみと湛えた大きな花のようだ、か。意味がやっと分かったよ。確かに、俺達に分かるように例えるなら、そうなるだろうな」
ルイスは「だが――」と、言葉を繋げた。
「そんな気取った言い回しよりも、もっと適切で、面白い例えがある」、と。
ルイスはそれを呟いた。
俺に言わせれば、あれは『大衆食堂』だ、と。『とても優秀な』料理人がいる食堂だ、と。
そしてその食堂はタダ飯食らいを絶対に許さない、と。
◆◆◆
そして攻守は一転した。
アランが攻め、女が受け、時に避ける。
今のアランは両手持ちにこだわっていない。ゆえに、左腕による打撃という有利は消えていた。
左腕を振るっても全て止められる。
そして放たれる反撃の突きが、女の体に赤い線を描く。
なぜここまで状況は一変したのか。
それは女が、アランの動きを、
(読めない……っ!)
からだ。
アランの身に起こっていること、それは完全に女の常識を超えていた。
なんと、変化はいまだに続いている。
魂から発せられる波が、刻々と変化し続けている。
これはまるで、
「!」
瞬間、女は気付いた。
(これは、これではまるで……!)
混沌のようでは無いか! と。
私の混沌は人格や思考を切り替えるものだが、これはそれを魂そのもので実現したもののように見える。
まるで同時に多数の人間の魂を相手にしているかのような感覚。
そしてそれら魂の全てが別人に変化し続けている。
ならば、思いつく答えは一つしか無かった。
(もしや……!)
真似をしたのは雲水の方では無く、私の方だったのか、と。
しかしその答えには霞がかかっている。
どうしたらそんなことが出来るのか、分からないからだ。
当然だ。女は、シャロンは知らない。
魂に特定の「規格」、「型」を持たない人間がいることを。
人間が魂の奴隷であった時代ではそれは珍しいものでは無かったことを。魂がそのような人間を自己改造のために利用していたことを。
人類はその関係を絶つために、魂に独自の「規格」を作り、身体制御の主権を脳に、理性と本能に渡したことを。
つまり、アランは元々備わっていた機能の一つを上手く利用しただけなのだ。
そして言い換えれば、女には真似できないということだ。
「くっ!」
そして直後、女の体に赤い線が一本追加された。
際どい回避。
しかし女の心に焦りは薄い。
その理由の一つとして、機動力の差は依然歴然だからだ。
アランの右足は折れている。片足で器用に踏み込んでは来るが、女からすれば速いとは言えない。間合いを支配しているのは依然として女の方だ。
だから、思考を読めずとも致命傷を避けるのは容易い。いざという時に大きく跳び下がればいいだけなのだ。
女はその絶対的差を利用してアランを解析していた。
そしてやはり、女は並の戦士では無かった。
その解析は驚くほどに順調であり、この僅かな時間でいくつかの事実を掴んでいた。
まず第一に、魂同士で思考をやり取りする、情報をやり取りする際には、事前に合図となる信号を送っていること。
これは以前から使われている手法である。サイラス達も無意識で行っていた。信号はそれぞれ独自規格のものだが、翻訳出来なくても問題無いものだ。誰からのものか、それだけが分かればいいものだ。こうすることで混線をある程度避けることが出来る。
だが問題は次だ。
通常は魂同士での会話に使われる言語は独自規格では無い。当然共通化されている。そうでなければ情報のやり取りが出来ない。サイラス達の魂がそれぞれ独自規格であるのに、共感出来ていた、情報共有出来ていた理由はこれである。
しかしアランは違う。会話のたびに言語が変わっている。
(だが!)
女はアランの混沌がいまだ未熟であることを見抜いていた。
会話が非常に短いのだ。
非常に原始的な言語のように、複数の単語のみで文章が構成されている。
(つまり、これは、)
言語を周期的に、または特定の条件で切り替えている、もしくは、
(暗号化している?)
女が最後に導き出したその推察は、見事に正解であった。
そしてこれが「時間稼ぎ」をしなければならなかった理由。
女の混沌を真似るための準備をするためだ。
そして女が見抜いた通り、準備は完璧には遠い。時間が少なすぎた。
しかし、ただ真似るだけでは無い。
アラン特有の長所を活かした改良が加えられている。
女はその改良点にまで探りを入れようとしていた。
のだが、
「!」
瞬間、女は警戒と共に距離を取り直した。
アランから声が聞こえたからだ。
その声は再び響いた。
“まだ、足りない”と。
そして声は続いた。
“足りぬ、足りぬ、足りぬ”と。
女には意味が分からなかったが、同じ単語が繰り返されていることは分かった。
声は続く。徐々にその声量を増しながら。
そしてついには、声は叫びになった。
“この女に勝つにはまだ足りぬ!”と。
「これはまるで先祖返り――」
そこまで呟いたところで、いや、明らかに違うところがある、と、ルイスは自身の考えを改めた。
今のアランは魂の奴隷では無い。これはむしろ魂と上手く付き合っている、都合の良い関係を築いているという感じだ。
過去の良いところだけを取り出し、現代の環境に合わせて調整した、そう表現するとしっくりくる。
「いや、」
直後、これも違うか、と、ルイスは再び自身の考えを改めようとした。
そしてルイスは思い出した。
アランを守っていたナチャの分身が、彼のことをどう思ったのかを。
「……蜜をなみなみと湛えた大きな花のようだ、か。意味がやっと分かったよ。確かに、俺達に分かるように例えるなら、そうなるだろうな」
ルイスは「だが――」と、言葉を繋げた。
「そんな気取った言い回しよりも、もっと適切で、面白い例えがある」、と。
ルイスはそれを呟いた。
俺に言わせれば、あれは『大衆食堂』だ、と。『とても優秀な』料理人がいる食堂だ、と。
そしてその食堂はタダ飯食らいを絶対に許さない、と。
◆◆◆
そして攻守は一転した。
アランが攻め、女が受け、時に避ける。
今のアランは両手持ちにこだわっていない。ゆえに、左腕による打撃という有利は消えていた。
左腕を振るっても全て止められる。
そして放たれる反撃の突きが、女の体に赤い線を描く。
なぜここまで状況は一変したのか。
それは女が、アランの動きを、
(読めない……っ!)
からだ。
アランの身に起こっていること、それは完全に女の常識を超えていた。
なんと、変化はいまだに続いている。
魂から発せられる波が、刻々と変化し続けている。
これはまるで、
「!」
瞬間、女は気付いた。
(これは、これではまるで……!)
混沌のようでは無いか! と。
私の混沌は人格や思考を切り替えるものだが、これはそれを魂そのもので実現したもののように見える。
まるで同時に多数の人間の魂を相手にしているかのような感覚。
そしてそれら魂の全てが別人に変化し続けている。
ならば、思いつく答えは一つしか無かった。
(もしや……!)
真似をしたのは雲水の方では無く、私の方だったのか、と。
しかしその答えには霞がかかっている。
どうしたらそんなことが出来るのか、分からないからだ。
当然だ。女は、シャロンは知らない。
魂に特定の「規格」、「型」を持たない人間がいることを。
人間が魂の奴隷であった時代ではそれは珍しいものでは無かったことを。魂がそのような人間を自己改造のために利用していたことを。
人類はその関係を絶つために、魂に独自の「規格」を作り、身体制御の主権を脳に、理性と本能に渡したことを。
つまり、アランは元々備わっていた機能の一つを上手く利用しただけなのだ。
そして言い換えれば、女には真似できないということだ。
「くっ!」
そして直後、女の体に赤い線が一本追加された。
際どい回避。
しかし女の心に焦りは薄い。
その理由の一つとして、機動力の差は依然歴然だからだ。
アランの右足は折れている。片足で器用に踏み込んでは来るが、女からすれば速いとは言えない。間合いを支配しているのは依然として女の方だ。
だから、思考を読めずとも致命傷を避けるのは容易い。いざという時に大きく跳び下がればいいだけなのだ。
女はその絶対的差を利用してアランを解析していた。
そしてやはり、女は並の戦士では無かった。
その解析は驚くほどに順調であり、この僅かな時間でいくつかの事実を掴んでいた。
まず第一に、魂同士で思考をやり取りする、情報をやり取りする際には、事前に合図となる信号を送っていること。
これは以前から使われている手法である。サイラス達も無意識で行っていた。信号はそれぞれ独自規格のものだが、翻訳出来なくても問題無いものだ。誰からのものか、それだけが分かればいいものだ。こうすることで混線をある程度避けることが出来る。
だが問題は次だ。
通常は魂同士での会話に使われる言語は独自規格では無い。当然共通化されている。そうでなければ情報のやり取りが出来ない。サイラス達の魂がそれぞれ独自規格であるのに、共感出来ていた、情報共有出来ていた理由はこれである。
しかしアランは違う。会話のたびに言語が変わっている。
(だが!)
女はアランの混沌がいまだ未熟であることを見抜いていた。
会話が非常に短いのだ。
非常に原始的な言語のように、複数の単語のみで文章が構成されている。
(つまり、これは、)
言語を周期的に、または特定の条件で切り替えている、もしくは、
(暗号化している?)
女が最後に導き出したその推察は、見事に正解であった。
そしてこれが「時間稼ぎ」をしなければならなかった理由。
女の混沌を真似るための準備をするためだ。
そして女が見抜いた通り、準備は完璧には遠い。時間が少なすぎた。
しかし、ただ真似るだけでは無い。
アラン特有の長所を活かした改良が加えられている。
女はその改良点にまで探りを入れようとしていた。
のだが、
「!」
瞬間、女は警戒と共に距離を取り直した。
アランから声が聞こえたからだ。
その声は再び響いた。
“まだ、足りない”と。
そして声は続いた。
“足りぬ、足りぬ、足りぬ”と。
女には意味が分からなかったが、同じ単語が繰り返されていることは分かった。
声は続く。徐々にその声量を増しながら。
そしてついには、声は叫びになった。
“この女に勝つにはまだ足りぬ!”と。
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