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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に
第四十五話 伝説との邂逅(20)
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だが、これでは足りない。
かといって一人一人に声をかけるのは愚手。
このような場合どうすればいいのか、どうすべきなのかはよく知っている。何度も訓練したからだ。
ゆえに、兵士はもう一度声を響かせた。
「総員、二列の隊形を組め!」
隊長は崩落で既にこの世を去っている。
が、この瞬間、新たな隊長が誕生した。
そして新たな隊長は言葉を続けた。
「前列は隙間無く壁を作れ! 後列の者は除去作業を継続!」
その声が合図となった。
全員が一斉に動き始める。
が、それは女も含めて、であった。
「!」
最前に立っていた隊長の眼前に女が迫る。
これに対し、隊長が反射的に繰り出したのは防御魔法。
しかしそれが愚手であることは次の瞬間に明らかになった。
それが盾の形を作る頃には、女は既に真横。
回り込まれることを隊長は台本で知っており、それに合わせて隊長は体を捻ったのだが、それでも女の方が速かった。ここは防御では無く迎撃すべきだった。
そして直後、無防備な隊長の脇腹に女の刀が突き刺さった。
「ぐぁっ!」
光る剣先が鎖骨の隙間を通り抜け、肺へ、そして心臓に達する。
「少ない魔力で」敵を確実に殺傷する「鎖骨通し」と呼ばれる技。刀が無くても貫手で実行出来る。
そしてこの瞬間、隊長の生は終わった。
が、兵士達の士気は一切衰えなかった。
いや、むしろ増していた。
まるで彼らの心に隊長の炎が加わったかのように。
「「「ウ雄雄ォッ!」」」
隊長の仇を、カルロ将軍の仇を討たんと、前列の三人が腰に携えた剣を抜きながら女に向かって突撃する。
崩落の危険性があるため光弾は撃てない。必然的に接近戦となる。
飛び越えられるのを警戒して他の者は待機。
そして突撃した三人は直後に扇状に分かれた。
一人が正面から突撃し、二人が左右から挟みこむ。
そして三人は剣を持つ手に力を込め、
「「「でやあっ!」」」
三方向から同時に斬りかかった。
左右からの袈裟、正面からの唐竹割り、三本の剣閃が交錯する。
そして返ってくる確かな手ごたえ。
しかし耳に届いたのは金属音。
生じたのは火花のみ。
女の姿は既にそこに無い。
だが、三人とも女がどのように回避したのかを、どう回避するつもりだったのかを事前に台本で知っている。
ゆえに、三人はぶつかりあった反動を利用して剣を上に切り返しながら、視線をそちらへ向けた。
するとそこには、火花に照らされた女の顔があった。
頭が下になっているのは宙返りをしているからだ。
腰を支点として回転させることで地面からの高さを確保出来る。少ない魔力で高く飛べるのだ。
さらに同時に、剣を下へ向けるためでもある。
「破っ!」
気勢とともに女が光る刀を左から右へ大きく振るい、顔面を串刺しにせんと迫る三つの剣先を叩き払う。
そして、女はすぐに刀を左に切り返した。
狙いは正面にいる兵士の首。
しかし当然、それを台本で知っている兵士は、剣を盾にするように構えた。
女の刀と兵士の剣がぶつかり合う。
その瞬間、女は思考を切り替えた。
刀を持つ女の手首から力が抜け、止められている刃が滑り、兵士の剣を支点として回転する。
そして女はその回転の力を利用し、刀を逆手持ちに切り替えた。
ただし握りは親指と人差し指のみ。
残り三本の指はどうするのか。
それを台本は兵士に示した。
が、
「!」
兵士の反応が間に合わなかった。
三本の指が兵士の頭頂部を鷲づかみにする。
それと同時に、女は腰を鋭く捻った。
回転の力が女の肩に、腕に、そして兵士の頭に伝わる。
「ぐえっ!」
すると直後、胴体は前を向いたまま、兵士の顔は真後ろに向いた。
それはかつてクレアが見せたものと「同じ」技、「頭蓋捻り」。
首を折られた兵士の体が地面に崩れ落ちる。
直後、
「「「今だ、かかれ!」」」
飛び越えを警戒していた者達が女の着地を狙って突撃を開始した。
「……っ!」
そしてアランは、兵士達が放つ気勢に対し、祈りを捧げていた。
いつの間にか、アランは歯を食いしばっていた。
アランは願っていた。誰か、自分の台本の予測を打ち破ってくれ、と。
台本は残酷な予想をアランに示し続けていた。
兵士達がどう動こうとも、どう動かしても、死ぬまでの時間が少し変わるだけという絶望を。
最適、最前と思われる行動を取ってもなお死ぬ。
女は弱っているのに、こっちには台本があるのに、それでもなお、それほどの戦力差が存在するという事実。
しかし兵士達はそれを知らない。アランがその情報を共有していない。
ただ、己の中にある炎に従い、立ち向かい、死んでいく。
そして前列が壊滅し、屍が女の周りに積もる。
それを見た除去作業組みの何人かが声を上げた。
「「「ここは任せた!」」」、と。
やはり、その声に恐怖は無い。
まるで競い合っているかのように、我先にと死に立ち向かっていく。
兵士達のその勇敢さは、今のアランにとって恐ろしく酷なものであった。
兵士達が倒されていく様子が鮮明に伝わってくる。
しかし原因である感知を止めることは出来ない。台本は絶望の預言者であるが、強力な道具であり、最後の希望でもあるのだから。
かといって一人一人に声をかけるのは愚手。
このような場合どうすればいいのか、どうすべきなのかはよく知っている。何度も訓練したからだ。
ゆえに、兵士はもう一度声を響かせた。
「総員、二列の隊形を組め!」
隊長は崩落で既にこの世を去っている。
が、この瞬間、新たな隊長が誕生した。
そして新たな隊長は言葉を続けた。
「前列は隙間無く壁を作れ! 後列の者は除去作業を継続!」
その声が合図となった。
全員が一斉に動き始める。
が、それは女も含めて、であった。
「!」
最前に立っていた隊長の眼前に女が迫る。
これに対し、隊長が反射的に繰り出したのは防御魔法。
しかしそれが愚手であることは次の瞬間に明らかになった。
それが盾の形を作る頃には、女は既に真横。
回り込まれることを隊長は台本で知っており、それに合わせて隊長は体を捻ったのだが、それでも女の方が速かった。ここは防御では無く迎撃すべきだった。
そして直後、無防備な隊長の脇腹に女の刀が突き刺さった。
「ぐぁっ!」
光る剣先が鎖骨の隙間を通り抜け、肺へ、そして心臓に達する。
「少ない魔力で」敵を確実に殺傷する「鎖骨通し」と呼ばれる技。刀が無くても貫手で実行出来る。
そしてこの瞬間、隊長の生は終わった。
が、兵士達の士気は一切衰えなかった。
いや、むしろ増していた。
まるで彼らの心に隊長の炎が加わったかのように。
「「「ウ雄雄ォッ!」」」
隊長の仇を、カルロ将軍の仇を討たんと、前列の三人が腰に携えた剣を抜きながら女に向かって突撃する。
崩落の危険性があるため光弾は撃てない。必然的に接近戦となる。
飛び越えられるのを警戒して他の者は待機。
そして突撃した三人は直後に扇状に分かれた。
一人が正面から突撃し、二人が左右から挟みこむ。
そして三人は剣を持つ手に力を込め、
「「「でやあっ!」」」
三方向から同時に斬りかかった。
左右からの袈裟、正面からの唐竹割り、三本の剣閃が交錯する。
そして返ってくる確かな手ごたえ。
しかし耳に届いたのは金属音。
生じたのは火花のみ。
女の姿は既にそこに無い。
だが、三人とも女がどのように回避したのかを、どう回避するつもりだったのかを事前に台本で知っている。
ゆえに、三人はぶつかりあった反動を利用して剣を上に切り返しながら、視線をそちらへ向けた。
するとそこには、火花に照らされた女の顔があった。
頭が下になっているのは宙返りをしているからだ。
腰を支点として回転させることで地面からの高さを確保出来る。少ない魔力で高く飛べるのだ。
さらに同時に、剣を下へ向けるためでもある。
「破っ!」
気勢とともに女が光る刀を左から右へ大きく振るい、顔面を串刺しにせんと迫る三つの剣先を叩き払う。
そして、女はすぐに刀を左に切り返した。
狙いは正面にいる兵士の首。
しかし当然、それを台本で知っている兵士は、剣を盾にするように構えた。
女の刀と兵士の剣がぶつかり合う。
その瞬間、女は思考を切り替えた。
刀を持つ女の手首から力が抜け、止められている刃が滑り、兵士の剣を支点として回転する。
そして女はその回転の力を利用し、刀を逆手持ちに切り替えた。
ただし握りは親指と人差し指のみ。
残り三本の指はどうするのか。
それを台本は兵士に示した。
が、
「!」
兵士の反応が間に合わなかった。
三本の指が兵士の頭頂部を鷲づかみにする。
それと同時に、女は腰を鋭く捻った。
回転の力が女の肩に、腕に、そして兵士の頭に伝わる。
「ぐえっ!」
すると直後、胴体は前を向いたまま、兵士の顔は真後ろに向いた。
それはかつてクレアが見せたものと「同じ」技、「頭蓋捻り」。
首を折られた兵士の体が地面に崩れ落ちる。
直後、
「「「今だ、かかれ!」」」
飛び越えを警戒していた者達が女の着地を狙って突撃を開始した。
「……っ!」
そしてアランは、兵士達が放つ気勢に対し、祈りを捧げていた。
いつの間にか、アランは歯を食いしばっていた。
アランは願っていた。誰か、自分の台本の予測を打ち破ってくれ、と。
台本は残酷な予想をアランに示し続けていた。
兵士達がどう動こうとも、どう動かしても、死ぬまでの時間が少し変わるだけという絶望を。
最適、最前と思われる行動を取ってもなお死ぬ。
女は弱っているのに、こっちには台本があるのに、それでもなお、それほどの戦力差が存在するという事実。
しかし兵士達はそれを知らない。アランがその情報を共有していない。
ただ、己の中にある炎に従い、立ち向かい、死んでいく。
そして前列が壊滅し、屍が女の周りに積もる。
それを見た除去作業組みの何人かが声を上げた。
「「「ここは任せた!」」」、と。
やはり、その声に恐怖は無い。
まるで競い合っているかのように、我先にと死に立ち向かっていく。
兵士達のその勇敢さは、今のアランにとって恐ろしく酷なものであった。
兵士達が倒されていく様子が鮮明に伝わってくる。
しかし原因である感知を止めることは出来ない。台本は絶望の預言者であるが、強力な道具であり、最後の希望でもあるのだから。
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