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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に
第四十五話 伝説との邂逅(17)
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そして、リックの顔の裏に滲む感情を読み取った女も、
「っ!」
同じように表情を変えた。
が、その裏に滲む感情はまったく違うものであった。
リックには余裕があった。
そしてそれは言葉となって女の心に響いた
その構えはよく知っている、と。
母との組み手で何度も味わった、と。
リックはそれらの言葉を、感情を拳に乗せ、
「でぇやっ!」
女に向けて放った。
刃でこれを迎え撃つ女。
左拳と白刃、二つの軌跡はぶつかり合うように見えたが、
「!」
リックの拳が直前で止まった。
読まれていたのか、それともただの反射なのか、女には判断がつかなかった。
なぜなら、直後、
「ぐぇっ!」
右脇腹にリックの左拳がねじこまれたからだ。
アンナの蹴りで出来た胸骨の骨折が複雑化する。
左目が見えなくなったことによる死角を突かれた、こんな単純な攻撃が私に対して成立した、その事実から女は確信を得つつあった。
だが、その確信が固まるよりも早く、
「うっ!?」
今度は軸足をもぎとるような足払い。
女の視界が時計周りに天地が逆転しそうな勢いで回転する。
直後に右手を地面に叩きつけ、回転を止める。
が、右手を使ったということは、次の攻撃を刃で迎撃出来ない、ということ。
当然のようにリックが横に倒れた女に追撃を仕掛ける。
「破っ!」
気勢と共に繰り出されたのは盾。
押しつぶされる、その恐怖が女の体を反射的に動かす。
そして女が繰り出したのは左腕。これしか動かせるものが無いからだ。
ただの生身の腕と、光る壁がぶつかり合う。
「うぅっ!」
左腕の肉が光に削られる感覚に、女が呻き声を上げる。
が、その声は誰の耳にも入らなかった。
「雄雄ォッ!」
リックがさらなる気勢を上げたからだ。
女を押し潰さんと、腕の中で星が輝く。
(マズい!)
直後、女の心の中で叫び声が響いた。
それは自分の声なのか、それとも混沌からの声なのか、今の女には分からなかったが、二つ、確かなことがあった。
一つは、このまま押さえ込まれていたら追いついてきたアンナかクラウスのどちらかにとどめを刺されるということ。
もう一つは、今の姿勢関係と双方の魔力差、そして体重差では、自分がリックを押し返すことは不可能に近いこと。
ゆえに、選択肢は一つしか無かった。
「ふっ!」
支えにしている右手から防御魔法を展開する。
反動を利用して後方に逃げるためだ。
が、
「!」
双方の距離はまったく離れなかった。
跳び退いたのに光る壁は依然として女の目の前。
女が反動を利用したのとほぼ同時に、リックも地を蹴ったからだ。
リックは女が逃げようとすることを、そのやり方、タイミングまで台本で知っていたのだ。
そして距離は離れないどころか、むしろ詰まっている。リックの方が速い。
ならば、この後どうなるかは考えるまでも無かった。
「ぁぐっ!」
女の体に再び防御魔法が叩き付けられ、地面と挟み込まれる。
そして女は勢いのまま、地面の上を押し運ばれていった。
女の背中と地面が削り合う。
火傷で爛れた(ただれた)皮膚が、かろうじて張り付いていた皮が裂け、石畳の地面に赤い跡を残していく。
その激痛の中で、先ほど抱いた確信が女の心の中で言葉になった。
やはり、自分の計算速度は遅くなっている、と。
リックの動きが速くなったように感じるのがその証拠。読み合いに関してはアランとまったく張り合えていない。
とにかく今は逃げるべきだ、という混沌の声が木霊する。
その意見には同意するしか無かった。
「はっ!」
同じ手でもう一度逃げる。
今度の移動方向は真横。防御魔法の丸みを利用した拘束からの脱出。
しかしこれも当然、読まれている。
「げほっ!」
拘束から離脱した瞬間に、リックの回し蹴りが炸裂。
盾にした左下腕部が折れ、肘が胸骨にめり込む。
女の臀部が地面から離れ、視界に映る景色が後ろに流れ始める。
広間の入り口側に吹き飛びながら、その浮遊感の中で、女は「とりあえず、これで良し」と思った。
足を攻撃に使ったということは、リックはすぐには追いかけて来れないということ。しかも吹き飛ばしてくれたおかげで距離も取れる。
女はそんな事を考えながら後転受身を行い、体勢を立て直そうとした。
が、直後、
「っ!?」
再びの狙撃。
女の姿勢が崩れ、その間にリックが距離を詰める。
まるで先の展開の焼き直し。
だが、女に同じことを繰り返す気は微塵も無かった。
「おのれっ!」
女が叫びと共に刀を地面に突き立てる。
それは崩れる姿勢を支えるための行為に見えた。
が、リックの中にある台本はそれだけでは無いことを示していた。
そして次の瞬間、台本が示した通りのことがリックの目の前で起きた。
女を中心として石畳の上に光る紋様が、光る蜘蛛の巣が広がり始めたのだ。
刀から電撃魔法の網を地面に這わせている。
しかし張り付いてはいない。
まるで一本一本それぞれに意思があるかのように、獲物を探すかのようにうねっている。
その生き物のような網がリックの足元にまで迫る。
この後どうなるか、それを台本で知ったリックは、
「くっ!」
大人しく跳び退くしか無かった。
すると直後、リックの足裏が地面を離れたのとほぼ同時に、網は浮き上がった。まるでリックの爪先を追いかけるかのように。
電撃魔法の糸は先端部や切断面に触れなければ感電しないが、この動きを見る限り、網の上に踏み込むことが無謀であることは明らかだった。
ならば、と、リックは拳に込めていた魔力を使って光弾を放った。
「っ!」
間一髪、というような表情で女が避ける。
そう、間一髪だ。この程度の攻撃でだ。
ゆえに、上からの同時攻撃なんて対処出来るわけが無い。
「あぅっ!?」
またしても狙撃。
(こ……のっ!)
女の中に感情が湧き上がり、煮えたぎる。
リックの攻撃だけならばまだ許容出来た。
が、三度目のそれは、女の触れてはならない部分に触る行為だった。
「っ!」
同じように表情を変えた。
が、その裏に滲む感情はまったく違うものであった。
リックには余裕があった。
そしてそれは言葉となって女の心に響いた
その構えはよく知っている、と。
母との組み手で何度も味わった、と。
リックはそれらの言葉を、感情を拳に乗せ、
「でぇやっ!」
女に向けて放った。
刃でこれを迎え撃つ女。
左拳と白刃、二つの軌跡はぶつかり合うように見えたが、
「!」
リックの拳が直前で止まった。
読まれていたのか、それともただの反射なのか、女には判断がつかなかった。
なぜなら、直後、
「ぐぇっ!」
右脇腹にリックの左拳がねじこまれたからだ。
アンナの蹴りで出来た胸骨の骨折が複雑化する。
左目が見えなくなったことによる死角を突かれた、こんな単純な攻撃が私に対して成立した、その事実から女は確信を得つつあった。
だが、その確信が固まるよりも早く、
「うっ!?」
今度は軸足をもぎとるような足払い。
女の視界が時計周りに天地が逆転しそうな勢いで回転する。
直後に右手を地面に叩きつけ、回転を止める。
が、右手を使ったということは、次の攻撃を刃で迎撃出来ない、ということ。
当然のようにリックが横に倒れた女に追撃を仕掛ける。
「破っ!」
気勢と共に繰り出されたのは盾。
押しつぶされる、その恐怖が女の体を反射的に動かす。
そして女が繰り出したのは左腕。これしか動かせるものが無いからだ。
ただの生身の腕と、光る壁がぶつかり合う。
「うぅっ!」
左腕の肉が光に削られる感覚に、女が呻き声を上げる。
が、その声は誰の耳にも入らなかった。
「雄雄ォッ!」
リックがさらなる気勢を上げたからだ。
女を押し潰さんと、腕の中で星が輝く。
(マズい!)
直後、女の心の中で叫び声が響いた。
それは自分の声なのか、それとも混沌からの声なのか、今の女には分からなかったが、二つ、確かなことがあった。
一つは、このまま押さえ込まれていたら追いついてきたアンナかクラウスのどちらかにとどめを刺されるということ。
もう一つは、今の姿勢関係と双方の魔力差、そして体重差では、自分がリックを押し返すことは不可能に近いこと。
ゆえに、選択肢は一つしか無かった。
「ふっ!」
支えにしている右手から防御魔法を展開する。
反動を利用して後方に逃げるためだ。
が、
「!」
双方の距離はまったく離れなかった。
跳び退いたのに光る壁は依然として女の目の前。
女が反動を利用したのとほぼ同時に、リックも地を蹴ったからだ。
リックは女が逃げようとすることを、そのやり方、タイミングまで台本で知っていたのだ。
そして距離は離れないどころか、むしろ詰まっている。リックの方が速い。
ならば、この後どうなるかは考えるまでも無かった。
「ぁぐっ!」
女の体に再び防御魔法が叩き付けられ、地面と挟み込まれる。
そして女は勢いのまま、地面の上を押し運ばれていった。
女の背中と地面が削り合う。
火傷で爛れた(ただれた)皮膚が、かろうじて張り付いていた皮が裂け、石畳の地面に赤い跡を残していく。
その激痛の中で、先ほど抱いた確信が女の心の中で言葉になった。
やはり、自分の計算速度は遅くなっている、と。
リックの動きが速くなったように感じるのがその証拠。読み合いに関してはアランとまったく張り合えていない。
とにかく今は逃げるべきだ、という混沌の声が木霊する。
その意見には同意するしか無かった。
「はっ!」
同じ手でもう一度逃げる。
今度の移動方向は真横。防御魔法の丸みを利用した拘束からの脱出。
しかしこれも当然、読まれている。
「げほっ!」
拘束から離脱した瞬間に、リックの回し蹴りが炸裂。
盾にした左下腕部が折れ、肘が胸骨にめり込む。
女の臀部が地面から離れ、視界に映る景色が後ろに流れ始める。
広間の入り口側に吹き飛びながら、その浮遊感の中で、女は「とりあえず、これで良し」と思った。
足を攻撃に使ったということは、リックはすぐには追いかけて来れないということ。しかも吹き飛ばしてくれたおかげで距離も取れる。
女はそんな事を考えながら後転受身を行い、体勢を立て直そうとした。
が、直後、
「っ!?」
再びの狙撃。
女の姿勢が崩れ、その間にリックが距離を詰める。
まるで先の展開の焼き直し。
だが、女に同じことを繰り返す気は微塵も無かった。
「おのれっ!」
女が叫びと共に刀を地面に突き立てる。
それは崩れる姿勢を支えるための行為に見えた。
が、リックの中にある台本はそれだけでは無いことを示していた。
そして次の瞬間、台本が示した通りのことがリックの目の前で起きた。
女を中心として石畳の上に光る紋様が、光る蜘蛛の巣が広がり始めたのだ。
刀から電撃魔法の網を地面に這わせている。
しかし張り付いてはいない。
まるで一本一本それぞれに意思があるかのように、獲物を探すかのようにうねっている。
その生き物のような網がリックの足元にまで迫る。
この後どうなるか、それを台本で知ったリックは、
「くっ!」
大人しく跳び退くしか無かった。
すると直後、リックの足裏が地面を離れたのとほぼ同時に、網は浮き上がった。まるでリックの爪先を追いかけるかのように。
電撃魔法の糸は先端部や切断面に触れなければ感電しないが、この動きを見る限り、網の上に踏み込むことが無謀であることは明らかだった。
ならば、と、リックは拳に込めていた魔力を使って光弾を放った。
「っ!」
間一髪、というような表情で女が避ける。
そう、間一髪だ。この程度の攻撃でだ。
ゆえに、上からの同時攻撃なんて対処出来るわけが無い。
「あぅっ!?」
またしても狙撃。
(こ……のっ!)
女の中に感情が湧き上がり、煮えたぎる。
リックの攻撃だけならばまだ許容出来た。
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