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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十五話 伝説との邂逅(15)

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 待て、というリックの意識を振り切るかのような速度で双方の距離が開き、アランの瞳の中にある女の影がその大きさを増す。
 右の壁伝いにこっちへ突っ込んで来る、アランがそんな警告を共感したのとほぼ同時に、声が響いた。

「アラン!」

 私の傍から離れるな、という父の思いがアランの心に響く。
 これに、アランは「父を守らなければ」という思いを込めて、

「はい!」

 言葉を返した。
 その返事に呼応するかのように、大蛇の口が女に向けられる。
 されど当たらない。女の進路を塞ぐように放射しているにもかかわらず。援護の光弾が降り注いでいるにもかかわらず。
 壁沿いに立ち並んでいる柱を盾に、時に足場として回避されている。
 そして、女の影がある柱の裏に回った瞬間、

(何か仕掛けて来る!)

 アランは感じ取った。
 女がある準備を始めたことを。
 それが何なのか、その正体も見切ったアランは、その情報が全員に共有されるよりも早く、誰よりも先に動き始めた。
 柱の影から女の姿が覗く。
 女は既に初動に入っていた。
 刹那遅れてアランがそれを真似るように、追いかけるように動き始める。
 二人の光る手が刃に押し当てられる。
 女は左手を、アランは右手を。
 まるで舐めるように、その手で刃を撫でていく。
 腕の部分だけを見れば、鏡合わせのように二人の動きは重なっていた。
 されど、その光る手に込められていた思いは違っていた。
 アランの手には不安の色が混じっていた。
 出来るのか? 上手くやれるのか? そんな思いが光る手から響いた。
 直後、それを感じ取ったクラウスが声を上げた。

「アラン様!」

 これは私の得意分野、私が補助します、そんな思いが込められたクラウスの声がアランの耳に届いた。
 そしてクラウスは二人と同じように、刃を手に押し当てた。
 アランとクラウス、二人の意識が強く結び付く。
 これを真似して下さい、これを手本とすれば、そんな二人の思いが交錯する。
 しかし直後、二人の意識は同じ言葉で染まった。

((間に合うか?!))

 際どい、そんな言葉がアランの心に浮かんだ瞬間、女は動いた。
 柱を蹴り、その勢いを乗せた刃が振り下ろされる。
 そして放たれたのは台本が提示した通りの嵐。
 立ち塞がる大蛇をまるで綿を裂くが如く切り刻んでいく。
 クラウスが相殺狙いで放った三日月もだ。
 全てを飲み込み、引き裂いていく。
 その迫り来る嵐を前に、

「応ッ!」

 いざ、そんな思いを発しながら、アランは父の前に出た。

「雄雄雄ッ!」

 アランの気勢が剣閃となって嵐を迎え撃つ。
 ただの一撃も父には入れさせない、そんな思いがほとばしり、それは実際に実現したのだが、

「っ!」

 直後、クラウスは歯を噛み締めた。
 上手い、と思ってしまったからだ。
 その嵐から発せられていた波は「恐怖」の感覚であった。
 戦意を奪う、などという生易しいものでは無い。体をすくませてしまうほどの精神汚染を含んだ嵐。
 だが、それだけでは無かったのだ。
「不安」も含まれていたのだ。
 アランの経験の浅さから生じる不安を煽り、さらなる恐怖を生む攻撃だったのだ。
 そしてアランはその不安を相殺することが出来なかった。表の恐怖を打ち消すだけでは駄目だったのだ。

「「……っっ!」」

 アランとカルロ、二人の体が硬直する。

「将軍!」「兄様!」

 手を出せない距離にいるクラウスとアンナが叫ぶ。
 動いてください、そんな願いを込めて。
 すると次の瞬間、

「「!?」」

 願いが届いたかのように、女とアランの顔が驚きに染まった。
 そして二人の心は同時に叫んだ。

((まただ!))

 魂がアランを、誰かが俺を、

(回復させた!)(奮い立たせてくれた!)

 アランの体に力が戻り始める。
 その感覚の中で、アランは既視感を覚えた。

(これは――)

 すぐに気付いた。あの時感じたのと同じ喪失感であると。
 そして、共感しているクラウスもまた、その既視感に対して声を上げた。

(今のは――)

 アランから情報を受け取っているがゆえに、クラウスも魂の存在を認識していたが、クラウスが抱いていた思いはアランとは少し違っていた。

(今の感覚――知っているような――誰かに似ているような――)

 答えの出ない問いに対し、二人の既視感が薄れていく。
 そして対照的に、アランの体に活力が、勇気がみなぎる。
 アランはその力を振り絞って刀の切っ先を前へ、崩れた構えを戻し始めた。

(だが、もう遅い!)

 既に目の前。次の一撃で終わらせる、女のそんな言葉がアランの心に響く。

「っ!」

 その言葉に対し、アランは歯を噛み締めることしか出来なかった。
 構えは戻るが、刀に魔力を込めるのが間に合わないからだ。ただの素の鋼で受けることになる。そしてそれは明らかに不可能だ。
 ならば、玉砕覚悟で――そう思ったアランが踏み込もうとした瞬間、

「「!」」

 台本が開き、アランと女の心に再び驚きの色が滲んだ。
 台本は示していた。アランよりも早くそれを実行する者がいることを。
 そしてそれはリックのそれと同じ、いや、それよりも速く、思考の小さい反射行動だった。ゆえに、台本は寸前まで提示出来なかった。
 その者はアランの横を通り過ぎ、庇うように前に立った。
 謎の魂が回復させたのはアランだけでは無かったのだ。
 そしてその者がアランよりも早く動けたのは、庇われたおかげで精神汚染の影響が浅かったからだ。

「父上ぇーーっ!」

 アランの叫びが部屋に響き渡ったのと、閃光が溢れたのは同時だった。
 カルロはアランがやろうとしていたことを代わりにやったのだ。
 ただし使ったのは己の左拳。
 振り下ろされる女の刃に向かって、防御魔法を展開しながら叩き込んだのだ。
 盾が砕ける音が耳に届き、濁流に切り飛ばされたカルロの左腕が、アランの左側を通り過ぎる。
 そして次の瞬間、正面から響いた音をアランは聞き逃さなかった。
 濁流の音に混じっていたのに、その鈍い音はなぜか鮮明に聞こえた。
 その音の正体を台本が示したと同時に、アランは口を開いた。

「あ……」

 そんな、何かの間違いだ、誰かそう言ってくれ、アランの心にそんな思いが次々と浮かんだが、どれも言葉にはならなかった。
 音の正体はカルロの心臓が潰された音。
 女の左手が、カルロの胸に深々とねじ込まれていた。

(殺った(とった)!)

 否定したくとも出来ぬ女の確信が場に響き渡る。
 その心の声がアランに、そして場にいる全員に伝わっていくのを感じながら、女は左手を抜こうとした。
 が、

「!」

 直後、女の左手首はカルロの右手に掴まれた。

「ごほっ!」

 カルロの口から鮮血が吹き出し、二人の意識が交錯する。
 しかしそれは一瞬。
 カルロの意識はすぐにアランの方に向いた。
 そしてカルロは真っ赤な口内を見せ付けるかのように大きく口を開き、声を上げた。
 その声は血の泡が弾ける音が混じっていたが、部屋にいる全ての者の心に響いた。

「知らぬうちに、戦いの舞台は大きく変わっていたのだな、アラン!」

 カルロは言葉を続けた。

「ならば、時代遅れの魔法使いはただ去るのみ!」

 その声を聞きながら、女はもがいていた。

(抜けない……?!)

 掴まれている手首の骨が握り潰されそうなほどの握力。
 その力の源泉を、女とアランは直後に感じ取った。



「「!」」

 カルロの中で大量の星々が煌き、天の川のように体内を駆け巡る。
 しかしそれは普通の川では無かった。
 その答えをアランの台本が提示しようとした瞬間、カルロは再び叫んだ。

「ただし!」

 気付けば、カルロの意識はアランから女の方に戻っていた。

「お前にも一緒に舞台を降りてもらうぞ!」

 その言葉が全員の心に響いたと同時に、女の手首を掴むカルロの右手から炎が噴出した。

「う、あああっ!」

 至近距離での直撃に女が悶える(もだえる)。
 しかしそれはカルロも同じ。

「父上ッ!」

 己の炎に包まれた父の姿を前に、アランが思わず声を上げる。
 その呼び声には、カルロが何をしようとしているのか、台本が示した内容が含まれていた。
 カルロの中を駆け巡る天の川、それは光魔法の煌きだけでは無かった。
 星の輝きには赤みが、火の粉が含まれていた。
 そしてアランの叫びにはある感情も含まれていた。
 あなたがいなくなったら炎の一族は――そんな不安のようなものが混じっていた。
 ゆえに、カルロは再び口を開いた。

「アラン!」

 カルロはアランの不安に対して答えた。
 お前は今の自分を過小評価し過ぎていると。
 我を庇って命を張るなど、愚かな行為だと。
 今のお前は自分が思っているよりも遥かに重要で、凄まじい存在だと。
 だから――
 カルロは全員の耳に入るように、その続きを叫んだ。

「『後は全てお前に任せたぞ!』」

 直後、カルロの体は火柱に包まれた。
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