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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に
第四十五話 伝説との邂逅(11)
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後方によろめくクラウスに追い討ちをかけんと、女が足に力を込める。
しかし直後、その力が開放されるよりも早く、声が響いた。
「それは!」
やらせない、それはこちらの台詞だという思いが込められたアンナの声。
アンナの位置は女の背後。ぎりぎり刃が届く間合い。
アンナは追いかけるように、女がクラウスに向かって踏み込み掌底打ちを放った直後に、その背中に食らいつくように地を蹴っていたのだ。
そして次に女が地を蹴るよりも先に抜刀出来る、アンナはそう確信していた。
が、次の瞬間、
(?!)
アンナはそれを感じ取った。
女が、
(……笑ってる?)
ことを。
そして女はアンナの疑問に答えた。
が、その答えはアンナに向けて放たれたものでは無かった。
(皮肉なことだな! 雲水!)
女はこの場にいない者に向かって興奮のまま言葉を続けた。
(この刃はお前とは相性が良くなかったが、私とは違う!)
まるで私のために作られたかのよう!
本当にこれを拾っておいて良かった。情報収集を補助する道具として、これ以上は無い! これが無ければアランの前で「切り替え」の時間を確保することも難しかったかもしれない。
(フ、ふふ)
そして女は顔に笑みを浮かべながら、残った興奮を最後の言葉に変えた。
今ならば、お前の真似事すら出来そうだ、と。
「!」
直後、アンナの顔に驚きの色が浮かんだ。
まるで目の前に鏡があるような感覚。
こちらに振り返ろうとしている女の姿に、自分の影が重なっているような感覚。
その奇妙な感覚が合図となった。
左手で逆手持ちされたアンナの白刃が腰の左にある鞘の中から顔を出す。
女の刃が振り返りの勢いを利用し右上から迫ってくるのが見える。
左下から右上へ昇るアンナの刃と、右上から迎え撃つように左下へ降りてくる女の刃。
双方の軌道は真逆。重なっている。
ぶつかり合う、力勝負か、アンナはそう思った。
が、次の瞬間、
「それは少し違う」「!」
再び女の声が響いた。
そしてアンナは気付いた。
奇妙な気配は女の獲物から、刀から放たれていることを。
鏡のようなその白刃に、自分の顔が写っていることを。
そして次の瞬間、刃はぶつかり合った。
「!?」
そしてアンナは理解した。
何が違うと女は言っていたのかを。
それは「力勝負」などという無粋な言葉で表現して良いものでは無かった。
あの時と同じであった。
魔王に挑んだ男と、彼の愛しき人の亡霊が魅せた芸術と同じであった。
あの時と同じように、アンナの刃と女の刃は寸分違わず重なった。
そしてこの芸術にも続きがあった。
双方の刃は先端からそれぞれに異なる色の尾を垂らしていた。
赤い炎の尾と、黄色交じりの青い雷の尾。
その二つは、束ねた髪をそうした時のように、同時にほどけた。
一本だった尾が何本もの糸にわかれる。
(な……?!)
そしてアンナはその光景に目を見開いた。
糸の分かれ方、その全てが一致していた。鏡合わせのように。
そして鏡を折り重ねるように、双方の糸は交わっていった。
赤と青が混ざり、一瞬の紫を映した後、それは閃光となって弾け燃えた。
紫電と共に火の粉が舞い散る。
それはこれまで誰も見た事の無い美しい花火であった。
「な……」
アンナの口から自然と言葉が漏れる。
その言葉の続きは心の中で響いた。
(なんて……)
なんて綺麗な――そんな言葉がアンナの心の水面に浮かんだが、その文面は直後に水面を揺らしたより強い声に掻き消された。
(なんて女、あの人の技まで――)
アンナの心に戦意を蝕む影が湧きあがる。
しかし次の瞬間、
(いいや、違う!)
妹のその影を吹き飛ばそうとするかのように、アランが叫んだ。それはあいつと同じ技では無いと!
写しも混沌も本体の動作を修正、補助することに利用するという点では同じだが、それに体の動作を切り替える機能は無いことを。
ただ、『今の』アンナの思考を写しただけであると。炎の斬撃を放つ際に魔力が走った部分を、脳が動作した部分をそのまま写しただけであると。
そして女は写したその思考を、自身の脳に一時的に移植した。だから斬撃と糸を鏡合わせに出来た。
癖の原因となる記憶や経験、気質などの情報まで写したわけでは無い。ゆえに、次の動作を読む際には写し直さないといけないだろう。
雲水の技には遠く及んでいない。アランはそう結論付けた上で心の声をさらに響かせた。
女がアンナのその技を恐れていることを。混沌の中にその感情を隠していることを。
伊達や酔狂で女はあんなことをやったわけでは無い。その炎の糸は実際厄介だと、体に巻き付けられるような事態は絶対に避けるべきだと、そう思ったからだと。
「アンナ!」
そしてアランは思いを込めて妹の名を叫んだ。
怖気づくな。攻めろ、と。
「はい!」
アンナはその思いに応えた。
しかし直後、その力が開放されるよりも早く、声が響いた。
「それは!」
やらせない、それはこちらの台詞だという思いが込められたアンナの声。
アンナの位置は女の背後。ぎりぎり刃が届く間合い。
アンナは追いかけるように、女がクラウスに向かって踏み込み掌底打ちを放った直後に、その背中に食らいつくように地を蹴っていたのだ。
そして次に女が地を蹴るよりも先に抜刀出来る、アンナはそう確信していた。
が、次の瞬間、
(?!)
アンナはそれを感じ取った。
女が、
(……笑ってる?)
ことを。
そして女はアンナの疑問に答えた。
が、その答えはアンナに向けて放たれたものでは無かった。
(皮肉なことだな! 雲水!)
女はこの場にいない者に向かって興奮のまま言葉を続けた。
(この刃はお前とは相性が良くなかったが、私とは違う!)
まるで私のために作られたかのよう!
本当にこれを拾っておいて良かった。情報収集を補助する道具として、これ以上は無い! これが無ければアランの前で「切り替え」の時間を確保することも難しかったかもしれない。
(フ、ふふ)
そして女は顔に笑みを浮かべながら、残った興奮を最後の言葉に変えた。
今ならば、お前の真似事すら出来そうだ、と。
「!」
直後、アンナの顔に驚きの色が浮かんだ。
まるで目の前に鏡があるような感覚。
こちらに振り返ろうとしている女の姿に、自分の影が重なっているような感覚。
その奇妙な感覚が合図となった。
左手で逆手持ちされたアンナの白刃が腰の左にある鞘の中から顔を出す。
女の刃が振り返りの勢いを利用し右上から迫ってくるのが見える。
左下から右上へ昇るアンナの刃と、右上から迎え撃つように左下へ降りてくる女の刃。
双方の軌道は真逆。重なっている。
ぶつかり合う、力勝負か、アンナはそう思った。
が、次の瞬間、
「それは少し違う」「!」
再び女の声が響いた。
そしてアンナは気付いた。
奇妙な気配は女の獲物から、刀から放たれていることを。
鏡のようなその白刃に、自分の顔が写っていることを。
そして次の瞬間、刃はぶつかり合った。
「!?」
そしてアンナは理解した。
何が違うと女は言っていたのかを。
それは「力勝負」などという無粋な言葉で表現して良いものでは無かった。
あの時と同じであった。
魔王に挑んだ男と、彼の愛しき人の亡霊が魅せた芸術と同じであった。
あの時と同じように、アンナの刃と女の刃は寸分違わず重なった。
そしてこの芸術にも続きがあった。
双方の刃は先端からそれぞれに異なる色の尾を垂らしていた。
赤い炎の尾と、黄色交じりの青い雷の尾。
その二つは、束ねた髪をそうした時のように、同時にほどけた。
一本だった尾が何本もの糸にわかれる。
(な……?!)
そしてアンナはその光景に目を見開いた。
糸の分かれ方、その全てが一致していた。鏡合わせのように。
そして鏡を折り重ねるように、双方の糸は交わっていった。
赤と青が混ざり、一瞬の紫を映した後、それは閃光となって弾け燃えた。
紫電と共に火の粉が舞い散る。
それはこれまで誰も見た事の無い美しい花火であった。
「な……」
アンナの口から自然と言葉が漏れる。
その言葉の続きは心の中で響いた。
(なんて……)
なんて綺麗な――そんな言葉がアンナの心の水面に浮かんだが、その文面は直後に水面を揺らしたより強い声に掻き消された。
(なんて女、あの人の技まで――)
アンナの心に戦意を蝕む影が湧きあがる。
しかし次の瞬間、
(いいや、違う!)
妹のその影を吹き飛ばそうとするかのように、アランが叫んだ。それはあいつと同じ技では無いと!
写しも混沌も本体の動作を修正、補助することに利用するという点では同じだが、それに体の動作を切り替える機能は無いことを。
ただ、『今の』アンナの思考を写しただけであると。炎の斬撃を放つ際に魔力が走った部分を、脳が動作した部分をそのまま写しただけであると。
そして女は写したその思考を、自身の脳に一時的に移植した。だから斬撃と糸を鏡合わせに出来た。
癖の原因となる記憶や経験、気質などの情報まで写したわけでは無い。ゆえに、次の動作を読む際には写し直さないといけないだろう。
雲水の技には遠く及んでいない。アランはそう結論付けた上で心の声をさらに響かせた。
女がアンナのその技を恐れていることを。混沌の中にその感情を隠していることを。
伊達や酔狂で女はあんなことをやったわけでは無い。その炎の糸は実際厄介だと、体に巻き付けられるような事態は絶対に避けるべきだと、そう思ったからだと。
「アンナ!」
そしてアランは思いを込めて妹の名を叫んだ。
怖気づくな。攻めろ、と。
「はい!」
アンナはその思いに応えた。
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