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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十五話 伝説との邂逅(10)

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 先に仕掛けているのはアンナ。
 燃え盛る長剣を左から右へ振り抜く。
 放たれた炎がアンナの眼前を焼き払う。
 しかし女の影は既にそこに無い。

「!」「アンナ!」

 アンナの表情が強張り、兄が「左だ」という思いを込めて叫ぶ。
 言われずとも左に回り込まれることは分かっていた。
 そして出来るだけ時間を稼げるように炎でなぎ払った。
 だけど、なのに、この女は、

(速すぎる!)

 既に目の前。攻撃態勢。右手にある刀を袈裟に振り下ろそうとしている。
 抜刀での迎撃が間に合わない。
 だが、

(相討ち狙いならば!)

 アンナは覚悟を決めようとした。
 しかし次の瞬間、そこへ待ったが入った。

「疾ッ!」

 さらに左から女の右側面を攻めんと、クラウスが割り込む。
 気勢と共に繰り出されているのは最速の型である突進突き。
 三人の攻撃はほぼ同時に炸裂する、そのように見えた。
 が、

「フッ」

 直後、女はまたしても笑った。
 そして同時に女はまたしても切り替えた。

「!」

 そして新たな標的となったのはクラウス。
 右に振り向きながらアンナに向かって振り下ろしていた刃を切り返し、クラウスの突進突きを叩き払う。
 そして流れるような動作で放たれる踏み込み左掌底打ち。
 狙いは胸部。
 これをクラウスは事前に魔力を込めていた左手で迎えた。
 輝くその手から防御魔法が展開され始める。
 しかし女の速度は圧倒的。
 それが盾の形を成すよりも早く、両者の左手は握り合おうとするかのようにぶつかり合った。

「ぐっ!」

 左手の甲が砕けた感覚に、クラウスが声を漏らす。
 されど女の一撃の勢いは止まらない。
 クラウスの手を体ごと押しのけ、ねじこまんと胸に、心臓に迫ってくる。

(ぐっ、ぬ……ぅぅううぉお!)

 直後、クラウスは全身の力を振り絞って抗った。
 少しでも時間を稼ごうと腕に力を込め、僅かでも距離を取ろうと両足を突っ張り、背を反らそうとし、もがこうとした。
 それらの力は様々な方向に引っ張り合い、結果としてクラウスの動作はねじれに、上半身を捻りながら反らすという回避行動になった。そしてそれは『意識せず、たまたまそうなった』。
 そしてその足掻きは功を奏し、掌底打ちの軌道上から心臓を外すことに成功したが、

(うぅっ!?)

 体全体を外すことは叶わなかった。
 女の手はクラウスの右脇の下に触れ、もぎとるようにクラウスの肋骨をへし折っていった。

(やはり!)

 瞬間、アランは叫んだ。
 自分の考えは正しかったと。
 今のクラウスへの反撃のタイミングは完璧だった。そしてクラウスの防御は女の速さに対して盾の意味を成さなかった。
 だが、女は致命傷を取れなかった。外した。クラウスの回避動作を追尾することが出来なかった。
 偶然の産物による動きだったことが要因の一つだ。だが、それよりもはるかに重要な要素がある。
 やはり、今の女は「二度目の切り返しと修正」が弱くなっているのだ。切り替えた後は事前に決められていた動作を機械的になぞっているだけと言って良い。だから女の切り返しはいつも寸前、直前だったのだ。
 そうなっている理由は恐らく、むやみに意識を切り替えると混乱が起きるからだろう。元の意識に戻す際に記憶などの調整が行われているのを感じる。
 そしてその調整は普段よりも遅くなっているのだ。自分と張り合うために計算能力の多くを費やしているからだ。だから「あの時」、この女は「互角」であることに焦りを抱いたのだ!
 そして女にいくつか用意されている「裏の手」、「いざという時の返し手」も常に完璧というわけでは無い! 今のがそうだった。今の女の速度ならばわざわざクラウスの一撃を叩き払う必要は無かったはずだ。ゆえに俺達は粘れている!

(そうか、だから!)

 女はあのように大きく動き回り、出来るだけ一対一の状況を作ろうとしているのだ。複数の攻撃を重ねられることを嫌っているのだ!
 ならば、数を利用した後出しの連続、これは使えるかもしれない! 女のその一度の切り返しを防御に使わせれば、

(そこに追い討ちをかければ、あるいは!)

 アランは見出したその光明を場に響かせるように叫んだ。
 が、それに対して最初に返って来た声は、仲間のものでは無かった。

(その通りだ)という女の声。

 そして女は言葉を続けた。

(しかし、そんなことはやらせん)と。

 その二言目には、この男の寿命が少し延びただけだと。次で終わらせてやるという感情が込められていた。
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