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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十四話 再戦(17)

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   ◆◆◆

 その後、女は前線から一時離脱した。
 治療と内臓の休息のためだ。
 斬られた脇腹を度数の高い酒で消毒、縫合し、包帯で固定する。
 次は左手。折れた指を伸ばし、添え木と包帯で傷めた手首ごと固定する。
 そうして応急手当を終えた頃、

「酷くやられたようだな」

 いけすかない者の、デズモンドの声が背後から響いた。

「……」

 だが、女は返事をしないどころか、振り返ることすらしなかった。
 しかしデズモンドは言葉を続けた。

「お前にしては珍しいな。今日は調子が悪いのか?」

 デズモンドは言葉をぶつけながら、女の反応を、心を窺っていた。
 なんでもいいから弱みを探しているのだ。

「……」

 しかしやはり女は答えない。
 女は感知を巡らせ、戦況を見ていた。
 味方が押し込まれ始めているように見える。
 が、

(……良し)

 その様子に女は心の中で頷いた。
 これでいいのだ。目的は城にいる兵士を釣り出すことなのだから。
 急に押し込まれ始めたのは、最前列への援護が止まったからだ。
 味方の隊形は三列。
 最前列にいるのは女のように姿を堂々と晒して交戦する者達。
 そして二列目がそれを支援する。
 しかし二列目の役目はそれだけでは無い。
 城への侵入、そしてアランの無力化、それが二列目の真の役割。
 二列目の者達はそのための準備を始めている。だから最前列への援護が止まった。
 最後まで支援のみに徹するのは三列目の者達だけだ。
 感知を使って情報を集め、前列の連中に送ることが役割だ。
 デズモンドの所属はそこである。
 しかしデズモンドはわざわざ小言を言うために持ち場を離れた。
 そう、わざわざだ。
 だから、女は振り返らない。
 笑みを堪えているからだ。
 だってそうだろう?
 嫌味を言うために、わざわざ■■されにきてくれたのだから。

「……何?」

 そして、その心の文面を読み取ったデズモンドは、思わず尋ね返した。

「……」

 女はやはり答えない。
 だからデズモンドはもう一度確認した。
 しかし間違いは無かった。
 自然とデズモンドの足が下がる。
 いつからか、口は半開きになっていた。
「本気か?」と尋ねようとした名残だ。
 その質問に意味が無いことは明らかであった。
 だからデズモンドは別の言葉を紡ごうとした。

「待……」

 しかしその言葉が完成することは無かった。

「……ご、がふっ!」

 代わりに、口から吐き出されたのは大量の鮮血。
 胸に女の右手が、輝く貫手が深々と突き刺さっている。
 抜こうと、光る槍を両手で掴む。
 しかしびくともしない。
 簡単に抜けないように、女がデズモンドの体内で手を広げ始めたからだ。
 内臓を内部から破り広げられる音が頭の中に響き渡る。

「ぐ、が、ああああぁ!」

 激痛にデズモンドはもがいた。
 その叫び声は今の女には慰めにならなかった。
 だから女は終わらせようと思った。
 右手の中に光の弾を作り始める。
 すると、女の心に声が響いた。

(やめてくれ)と。

 もうこの傷ではどうやっても助からないのに、デズモンドはそう懇願した。
 この言葉は女にとって快感であった。
 だから女は、

「……ふふ」

 小さな笑みだけを返し、球を爆発させた。

「ぁぎゃ!」

 奇妙な悲鳴とともに、赤い華が広がる。
 包まれ、同じ色に染まる女の体。
 生暖かく、そして艶かしい。
 瞬間、女の心に後悔の感覚が芽生えた。
 体が汚れたことに対してでは無い。
 もっと時間をかけた方が良かったかもしれないと思ったからだ。

「「「……っ!」」」

 そして間も無く、数多くのざわめきが女の心に響き始めた。
 この凶行に動揺した仲間達の心の声だ。

「……ふ」

 再び、女の口尻から笑みが漏れる。
「仲間」と表現した自身に対しての笑みだ。
 正確には「道具」だろう、女はそう思った。
 お前達との付き合いはこれが最後になるのだから。
 だから好きなようにやらせてもらう。
「道具」らしく、好きなように使わせてもらう。
 女はその心を隠さぬまま、二列目に控える者達に向かって命令した。

「行くぞ」と。

   第四十五話 伝説との邂逅 に続く
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