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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に
第四十四話 再戦(17)
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その後、女は前線から一時離脱した。
治療と内臓の休息のためだ。
斬られた脇腹を度数の高い酒で消毒、縫合し、包帯で固定する。
次は左手。折れた指を伸ばし、添え木と包帯で傷めた手首ごと固定する。
そうして応急手当を終えた頃、
「酷くやられたようだな」
いけすかない者の、デズモンドの声が背後から響いた。
「……」
だが、女は返事をしないどころか、振り返ることすらしなかった。
しかしデズモンドは言葉を続けた。
「お前にしては珍しいな。今日は調子が悪いのか?」
デズモンドは言葉をぶつけながら、女の反応を、心を窺っていた。
なんでもいいから弱みを探しているのだ。
「……」
しかしやはり女は答えない。
女は感知を巡らせ、戦況を見ていた。
味方が押し込まれ始めているように見える。
が、
(……良し)
その様子に女は心の中で頷いた。
これでいいのだ。目的は城にいる兵士を釣り出すことなのだから。
急に押し込まれ始めたのは、最前列への援護が止まったからだ。
味方の隊形は三列。
最前列にいるのは女のように姿を堂々と晒して交戦する者達。
そして二列目がそれを支援する。
しかし二列目の役目はそれだけでは無い。
城への侵入、そしてアランの無力化、それが二列目の真の役割。
二列目の者達はそのための準備を始めている。だから最前列への援護が止まった。
最後まで支援のみに徹するのは三列目の者達だけだ。
感知を使って情報を集め、前列の連中に送ることが役割だ。
デズモンドの所属はそこである。
しかしデズモンドはわざわざ小言を言うために持ち場を離れた。
そう、わざわざだ。
だから、女は振り返らない。
笑みを堪えているからだ。
だってそうだろう?
嫌味を言うために、わざわざ■■されにきてくれたのだから。
「……何?」
そして、その心の文面を読み取ったデズモンドは、思わず尋ね返した。
「……」
女はやはり答えない。
だからデズモンドはもう一度確認した。
しかし間違いは無かった。
自然とデズモンドの足が下がる。
いつからか、口は半開きになっていた。
「本気か?」と尋ねようとした名残だ。
その質問に意味が無いことは明らかであった。
だからデズモンドは別の言葉を紡ごうとした。
「待……」
しかしその言葉が完成することは無かった。
「……ご、がふっ!」
代わりに、口から吐き出されたのは大量の鮮血。
胸に女の右手が、輝く貫手が深々と突き刺さっている。
抜こうと、光る槍を両手で掴む。
しかしびくともしない。
簡単に抜けないように、女がデズモンドの体内で手を広げ始めたからだ。
内臓を内部から破り広げられる音が頭の中に響き渡る。
「ぐ、が、ああああぁ!」
激痛にデズモンドはもがいた。
その叫び声は今の女には慰めにならなかった。
だから女は終わらせようと思った。
右手の中に光の弾を作り始める。
すると、女の心に声が響いた。
(やめてくれ)と。
もうこの傷ではどうやっても助からないのに、デズモンドはそう懇願した。
この言葉は女にとって快感であった。
だから女は、
「……ふふ」
小さな笑みだけを返し、球を爆発させた。
「ぁぎゃ!」
奇妙な悲鳴とともに、赤い華が広がる。
包まれ、同じ色に染まる女の体。
生暖かく、そして艶かしい。
瞬間、女の心に後悔の感覚が芽生えた。
体が汚れたことに対してでは無い。
もっと時間をかけた方が良かったかもしれないと思ったからだ。
「「「……っ!」」」
そして間も無く、数多くのざわめきが女の心に響き始めた。
この凶行に動揺した仲間達の心の声だ。
「……ふ」
再び、女の口尻から笑みが漏れる。
「仲間」と表現した自身に対しての笑みだ。
正確には「道具」だろう、女はそう思った。
お前達との付き合いはこれが最後になるのだから。
だから好きなようにやらせてもらう。
「道具」らしく、好きなように使わせてもらう。
女はその心を隠さぬまま、二列目に控える者達に向かって命令した。
「行くぞ」と。
第四十五話 伝説との邂逅 に続く
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