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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に
第四十四話 再戦(14)
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◆◆◆
ただの魂では達人相手には通じないと述べた。
だがしかし、比較的簡単に通せる手がたった一つだけある。
積極的に活動、例えば情報収集し続ける類のものでは無い。そういうものは大きな波を常時放つゆえに簡単に読まれる。
だが、目的を達成するその瞬間にだけ波を発する類のものは別だ。
もちろん、波を発する時は敵に読まれないように距離を取っていなければならない。ゆえに必然的に用途は限定される。
今回雲水が使った手はその両方の条件を満たすことが出来るもの、いわゆる「手紙」であった。
雲水は大量の虫の中に紛れ込ませながらそれを数匹放っていた。
その手紙が無事に届いたかどうかは分からない。
だが、雲水はそれに賭けていた。
だから「写し」に見せかけて大きな波を発したのだ。
これは「合図」であり、「目印」。
そしてこの「合図」は、雲水の思いはちゃんと届いていた。
「そこか……」
雲水の刀から発せられる波を感じ取ったその者は、そう呟きながら「調整」を開始した。
その者はあの女忍者であった。
「目印」の方向に、装置の向きを合わせる。
それは大きな機械弓であった。
手で扱えるような重量では無い。女忍者とほぼ同じ高さがある。攻城兵器に近い、設置型の組み立て式のものだ。
腕力で扱えるものでは無いので操作は全て体重を簡単に乗せられる足で行う。
踏みつけ、蹴り込み、照準を「調整」する。
その操作はまるで弓を壊そうとしているかのように見えるほどであったが、荒々しさの原因は足で操作していることだけでは無かった。
女忍者は瀕死であった。
シャロンにやられたのだ。
立っていられることが不思議なほどの重症。
砕けた骨が内蔵のあちこちに突き刺さっている。
医者がいれば、絶対安静であると言うだろう。
しかし女忍者はその行為に寿命の延長以外の意味が無い事を、時間の問題であることを察していた。
だから女忍者はここに来た。
そして幸いなことに雲水が気付いてくれた。
後は発射するだけ、引き金を踏みつけるだけなのだが――
「……」
その最後の一手を女は打てないでいた。
この機械弓から放たれる攻撃は単発では無い。
弦に矢をつがえる位置を示す、現代で言うところのノッキングポイントに置かれているものは「筒」。
その中には何本もの矢が束ねられている。
そしてこの筒は発射後、一定時間後に後ろに抜ける仕組みに、そうなるように空気抵抗が調整されている。
つまり、筒の形状と対象までの距離を上手く調整すれば、目標の直前で隙間の無い散弾になるのだ。
さらに、その一本一本が肉を容易に穿ち、えぐるほどの重量と硬度を持つ。
散弾ゆえに命中率も高い、のだが――
「……っ」
それでも女忍者はなかなか引き金を踏めなかった。
問題は対象の速さ。
標的である女の動きは散弾であることの利が霞むほどに速い。
そして恐らく、命中の可能性はこの一射にしか無い。
気付かれ、警戒されるようになったらまず当たらないだろう。
さらに、残り時間も少ない。
雲水の体力だけでは無い。女忍者も既に限界寸前だ。
意識が朦朧としている。目は霞み、ほとんど見えない。
こんな状態で、こんな条件で、
(どうしたら――)
あんな速い相手に当てられる?
そんな疑問が女忍者の心に浮かんだ瞬間、
「!」
一筋の光明が女の水面に差し込んだ。
正確には伝えられた。
雲水から最後の手紙が届いたのだ。
◆◆◆
「なあ」
それは懐かしい思い出だった。
まだ自分が雲水と出会ったばかりの頃の記憶だ。
「ちょっとくだらないことを聞きたいんだがいいか?」
思い出の中の雲水が尋ねてきている。
その質問の続きは思い出すまでもなく覚えていた。
それはある古い逸話についてだった。
与一と呼ばれる侍が揺れる船の上に設置された扇の的を射抜いたという伝承。
どうすればそんなことが出来る? と、あの時の雲水は聞いてきた。
これに私はこう答えた。
「運が必要だが、不可能では無い。命中率は技術で高められる」と。
その技術とは――
ただの魂では達人相手には通じないと述べた。
だがしかし、比較的簡単に通せる手がたった一つだけある。
積極的に活動、例えば情報収集し続ける類のものでは無い。そういうものは大きな波を常時放つゆえに簡単に読まれる。
だが、目的を達成するその瞬間にだけ波を発する類のものは別だ。
もちろん、波を発する時は敵に読まれないように距離を取っていなければならない。ゆえに必然的に用途は限定される。
今回雲水が使った手はその両方の条件を満たすことが出来るもの、いわゆる「手紙」であった。
雲水は大量の虫の中に紛れ込ませながらそれを数匹放っていた。
その手紙が無事に届いたかどうかは分からない。
だが、雲水はそれに賭けていた。
だから「写し」に見せかけて大きな波を発したのだ。
これは「合図」であり、「目印」。
そしてこの「合図」は、雲水の思いはちゃんと届いていた。
「そこか……」
雲水の刀から発せられる波を感じ取ったその者は、そう呟きながら「調整」を開始した。
その者はあの女忍者であった。
「目印」の方向に、装置の向きを合わせる。
それは大きな機械弓であった。
手で扱えるような重量では無い。女忍者とほぼ同じ高さがある。攻城兵器に近い、設置型の組み立て式のものだ。
腕力で扱えるものでは無いので操作は全て体重を簡単に乗せられる足で行う。
踏みつけ、蹴り込み、照準を「調整」する。
その操作はまるで弓を壊そうとしているかのように見えるほどであったが、荒々しさの原因は足で操作していることだけでは無かった。
女忍者は瀕死であった。
シャロンにやられたのだ。
立っていられることが不思議なほどの重症。
砕けた骨が内蔵のあちこちに突き刺さっている。
医者がいれば、絶対安静であると言うだろう。
しかし女忍者はその行為に寿命の延長以外の意味が無い事を、時間の問題であることを察していた。
だから女忍者はここに来た。
そして幸いなことに雲水が気付いてくれた。
後は発射するだけ、引き金を踏みつけるだけなのだが――
「……」
その最後の一手を女は打てないでいた。
この機械弓から放たれる攻撃は単発では無い。
弦に矢をつがえる位置を示す、現代で言うところのノッキングポイントに置かれているものは「筒」。
その中には何本もの矢が束ねられている。
そしてこの筒は発射後、一定時間後に後ろに抜ける仕組みに、そうなるように空気抵抗が調整されている。
つまり、筒の形状と対象までの距離を上手く調整すれば、目標の直前で隙間の無い散弾になるのだ。
さらに、その一本一本が肉を容易に穿ち、えぐるほどの重量と硬度を持つ。
散弾ゆえに命中率も高い、のだが――
「……っ」
それでも女忍者はなかなか引き金を踏めなかった。
問題は対象の速さ。
標的である女の動きは散弾であることの利が霞むほどに速い。
そして恐らく、命中の可能性はこの一射にしか無い。
気付かれ、警戒されるようになったらまず当たらないだろう。
さらに、残り時間も少ない。
雲水の体力だけでは無い。女忍者も既に限界寸前だ。
意識が朦朧としている。目は霞み、ほとんど見えない。
こんな状態で、こんな条件で、
(どうしたら――)
あんな速い相手に当てられる?
そんな疑問が女忍者の心に浮かんだ瞬間、
「!」
一筋の光明が女の水面に差し込んだ。
正確には伝えられた。
雲水から最後の手紙が届いたのだ。
◆◆◆
「なあ」
それは懐かしい思い出だった。
まだ自分が雲水と出会ったばかりの頃の記憶だ。
「ちょっとくだらないことを聞きたいんだがいいか?」
思い出の中の雲水が尋ねてきている。
その質問の続きは思い出すまでもなく覚えていた。
それはある古い逸話についてだった。
与一と呼ばれる侍が揺れる船の上に設置された扇の的を射抜いたという伝承。
どうすればそんなことが出来る? と、あの時の雲水は聞いてきた。
これに私はこう答えた。
「運が必要だが、不可能では無い。命中率は技術で高められる」と。
その技術とは――
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