上 下
357 / 586
第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十四話 再戦(14)

しおりを挟む
   ◆◆◆

 ただの魂では達人相手には通じないと述べた。
 だがしかし、比較的簡単に通せる手がたった一つだけある。
 積極的に活動、例えば情報収集し続ける類のものでは無い。そういうものは大きな波を常時放つゆえに簡単に読まれる。
 だが、目的を達成するその瞬間にだけ波を発する類のものは別だ。
 もちろん、波を発する時は敵に読まれないように距離を取っていなければならない。ゆえに必然的に用途は限定される。
 今回雲水が使った手はその両方の条件を満たすことが出来るもの、いわゆる「手紙」であった。
 雲水は大量の虫の中に紛れ込ませながらそれを数匹放っていた。
 その手紙が無事に届いたかどうかは分からない。
 だが、雲水はそれに賭けていた。
 だから「写し」に見せかけて大きな波を発したのだ。
 これは「合図」であり、「目印」。
 そしてこの「合図」は、雲水の思いはちゃんと届いていた。

「そこか……」

 雲水の刀から発せられる波を感じ取ったその者は、そう呟きながら「調整」を開始した。
 その者はあの女忍者であった。
「目印」の方向に、装置の向きを合わせる。
 それは大きな機械弓であった。
 手で扱えるような重量では無い。女忍者とほぼ同じ高さがある。攻城兵器に近い、設置型の組み立て式のものだ。
 腕力で扱えるものでは無いので操作は全て体重を簡単に乗せられる足で行う。
 踏みつけ、蹴り込み、照準を「調整」する。
 その操作はまるで弓を壊そうとしているかのように見えるほどであったが、荒々しさの原因は足で操作していることだけでは無かった。
 女忍者は瀕死であった。
 シャロンにやられたのだ。
 立っていられることが不思議なほどの重症。
 砕けた骨が内蔵のあちこちに突き刺さっている。
 医者がいれば、絶対安静であると言うだろう。
 しかし女忍者はその行為に寿命の延長以外の意味が無い事を、時間の問題であることを察していた。
 だから女忍者はここに来た。
 そして幸いなことに雲水が気付いてくれた。
 後は発射するだけ、引き金を踏みつけるだけなのだが――

「……」

 その最後の一手を女は打てないでいた。
 この機械弓から放たれる攻撃は単発では無い。
 弦に矢をつがえる位置を示す、現代で言うところのノッキングポイントに置かれているものは「筒」。
 その中には何本もの矢が束ねられている。
 そしてこの筒は発射後、一定時間後に後ろに抜ける仕組みに、そうなるように空気抵抗が調整されている。
 つまり、筒の形状と対象までの距離を上手く調整すれば、目標の直前で隙間の無い散弾になるのだ。
 さらに、その一本一本が肉を容易に穿ち、えぐるほどの重量と硬度を持つ。
 散弾ゆえに命中率も高い、のだが――

「……っ」

 それでも女忍者はなかなか引き金を踏めなかった。
 問題は対象の速さ。
 標的である女の動きは散弾であることの利が霞むほどに速い。
 そして恐らく、命中の可能性はこの一射にしか無い。
 気付かれ、警戒されるようになったらまず当たらないだろう。
 さらに、残り時間も少ない。
 雲水の体力だけでは無い。女忍者も既に限界寸前だ。
 意識が朦朧としている。目は霞み、ほとんど見えない。
 こんな状態で、こんな条件で、

(どうしたら――)

 あんな速い相手に当てられる?
 そんな疑問が女忍者の心に浮かんだ瞬間、

「!」

 一筋の光明が女の水面に差し込んだ。
 正確には伝えられた。
 雲水から最後の手紙が届いたのだ。

   ◆◆◆

「なあ」

 それは懐かしい思い出だった。
 まだ自分が雲水と出会ったばかりの頃の記憶だ。

「ちょっとくだらないことを聞きたいんだがいいか?」

 思い出の中の雲水が尋ねてきている。
 その質問の続きは思い出すまでもなく覚えていた。
 それはある古い逸話についてだった。
 与一と呼ばれる侍が揺れる船の上に設置された扇の的を射抜いたという伝承。
 どうすればそんなことが出来る? と、あの時の雲水は聞いてきた。
 これに私はこう答えた。

「運が必要だが、不可能では無い。命中率は技術で高められる」と。

 その技術とは――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

【完結】王子は聖女と結婚するらしい。私が聖女であることは一生知らないままで

雪野原よる
恋愛
「聖女と結婚するんだ」──私の婚約者だった王子は、そう言って私を追い払った。でも、その「聖女」、私のことなのだけど。  ※王国は滅びます。

形だけの正妃

杉本凪咲
恋愛
第二王子の正妃に選ばれた伯爵令嬢ローズ。 しかし数日後、側妃として王宮にやってきたオレンダに、王子は夢中になってしまう。 ローズは形だけの正妃となるが……

別に構いませんよ、離縁するので。

杉本凪咲
恋愛
父親から告げられたのは「出ていけ」という冷たい言葉。 他の家族もそれに賛同しているようで、どうやら私は捨てられてしまうらしい。 まあいいですけどね。私はこっそりと笑顔を浮かべた。

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

処理中です...