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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に
第四十四話 再戦(8)
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(……妙な連中が戦いに紛れ込んでいるな)
ルイスは戦いに新たな勢力が加わったのを察知していた。
(感知に長けた連中のようだが……)
数はそれほど多くないなと思ったのと同時に、その原因らしきある事実をルイスは思い出した。
(そういえばこの二週間、)
アランの暗殺をあきらめたあの夜から今日まで、シャロンがどこで何をしていたのかを。
シャロンはここ二週間の間、街から離れて暴れ回っていた。
それは言葉通り、戦闘していたという意味だ。
そしてその戦いは一回では無く、散発的に各所で行われていた。
シャロンは何を相手にしていたのか。
(もしや……)
ルイスはその予想を正解に変えようと、女の方に、対峙している忍びの方に意識を集中させた。
◆◆◆
女は思い出しながら雲水の心を覗いた。
雲水の心の水面は少し波立っていた。
揺らめくその鏡には、砕けた映像が散りばめられていた。
映像の多くは前回の戦いの記憶、女の写しであったが、時々異なるものが散見された。
それは倒れた仲間達の映像であった。
((……これは))
映像はカイルとバージルの心にも映っていた。いつの間にか心を繋げられていた。
その映像の意味を理解したカイルは、それを言葉にした。
(『急用』とは、これのことだったのか)
カイルとバージルは忍者達と行動を共にしていた。
二人はサイラスの仲間であるというよりは、忍者達と組んでいると言ったほうが正しい立ち位置である。
そして雲水は二週間ほど前、「急用が出来た」という言葉を残して二人の前から去っていた。
「……」
雲水はそのカイルの言葉にも何も答えなかった。
だが、ただ一言、
「逃げろ」
という言葉が二人の心に響いた。
その言葉に謝罪の念が込められているのを二人が感じ取った瞬間、雲水は女に向かって地を蹴った。
◆◆◆
「ふむ……」
そして始まった二人のぶつかり合いに、ルイスは声を漏らした。
同時に思った。
この男、相当の使い手だな、と。
(……しかし)
しばらくしてルイスは気付いた。
この男一人では勝ち目が無い事を。
ルイスは知らないが、雲水の「無形」は以前よりも錬度が増している。
しかしそれでも二人の関係は覆っていない。
それどころか、以前よりも苦戦を強いられているほどだ。
なぜか。
その原因は――
◆◆◆
(どうした、雲水?!)
手を出し合いながら、死合いながら女は雲水に問うた。
(動きが悪い、読みが浅いぞ!)
雲水の鏡は曇っていた。
ゆえに雲水の写しは、そこから生じる読みは以前ほどの冴えを見せていなかった。
「……っ」
だが、雲水はやはり答えない。
その顔には少しずつ増える傷から生じる痛みの証だけが表れている。
鏡には相変わらず乱雑な映像が流れている。
だから女は雲水が怒りに狂っているのだと、そのせいで写しが乱れているのだと思った。
それは間違いであった。
雲水は至って平常心である。
にもかかわらず、鏡が乱れているのはなぜか。
それは単純に武器のせいであった。
雲水が現在使っている武器は忍者からの支給品である。
愛用していた刀は前回の戦いで折れてしまった。
それは和の国の侍にとっては特に重要な問題であった。
アランやクラウスが楽器と表現したように、武器には明確な性能差があり、使い手との相性が存在する。
そしてその相性は長く使っていると変化していく。強力なエネルギーである光魔法に鋼の組成が歪められていくからだ。
相性は改善する傾向にあるが、剣としての性能は良くも悪くもである。光魔法の通りは良くなったが、剣としての強度は脆くなったなど、その変化は様々だ。アランは気付いていないが、感知能力が徐々に増したのはこの変化があったからでもある。
和の国の鍛冶師はそのことを誰よりも良く知っている。
ゆえに、和の国の鍛冶師は侍と協力して刀を鍛える。
その代表的なものが、光通しと呼ばれる工程である。
これはその名の通り、使い手に光魔法を通させて鋼の質を変化させるというものだ。
そのような過程を得て、雲水が使っていたような「愛刀」は生み出される。「愛刀」とは、使用者に最適な調整が施された専用剣なのだ。
そして「愛刀」の「愛」は、伴侶、家族へのものと同じものを指している。和の国の侍にとって愛刀は一心同体の存在なのだ。
この文化と技術の発達によって和の国の剣士はさらなる高みに昇った。
が、同時に一つの弱点も背負うことになった。
今の雲水がまさにそれを表している。
熟練の侍にとって、愛刀を折られるのは技を、命を絶たれるのと同義であった。
しかし、ゆえにか――そのような文化が背景にあったからこそ、和の国の剣士は大成したのかもしれない。
刀と本当に特別な関係を結べたがゆえに、刀に自身の魂を込めるという、諸刃の道を選べたのかもしれない。
雲水はそれを誰よりもよく理解している。
だから二人を操るなどという珍しい手を取った。
そしてそれが上手く行かなかった場合、今のような展開になることを、正面からの読み合いでは不利になることを雲水は予想していた。
ゆえに、雲水は前回の戦いから今まで、ある技を磨いていた。
実は瓦礫の中から飛び出す時に、既に使っている。
雲水はそれを堂々と披露出来る時を、カイルとバージルの二人が遠くへ離れるのを待っていた。
理由は二つ。
この技は長期戦にはまったく向いていない。
そしてもう一つは、発動すれば二人を守ることが出来なくなるからだ。
間違い無く、相手も同じ技で対抗してくることが明らかだからだ。
◆◆◆
しかしその雲水の思いも空しく――
「……どうした?」
突然逃走の足を止めたバージルに、カイルは理由を尋ねた。
答えなど口で聞かずとも分かっていた。
「……」
ゆえにか、バージルは何も答えぬまま、雲水と女の方に向き直った。
しかしバージルの心は何よりもはっきりとした答えを示していた。
一度は圧倒的な戦闘力差に消沈したが、その心は再び熱を帯びていた。
そしてバージルはその熱を原動力として足を前に出した。
離れていくバージルの背中。
カイルは暫しそれを眺めた後、
「……俺もまだ操られているのかもしれんな」
薄い笑みを浮かべながらそんなことを呟き、バージルの背中に向かって爪先を出した。
二人は確かに操られていた。
が、かつて二人が抱いた怒りは本物だったのだ。
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