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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に
第四十四話 再戦(5)
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そして女は無被害で悠々と着地。
あと一度の踏み込みで詰められる距離だ。
「っ!」
背中を駆け上がった怖気に、カイルが歯を食いしばる。
その表情を最後のものにしようと、女が足に力を込める。
が、
「……」
女はその力を前にでは無く後退に使った。
女の体が後ろに流れ始める。
すると次の瞬間、女の目の前を光り輝く三日月が地に水平に飛びぬけていった。
三日月が進路上にある家屋に食い込み、なぎ倒す。
その轟音の中、二人の間に一人の大男が割り込んできた。
盾の男、バージルであった。
右手には魔力を帯びて輝き、そして僅かに震える槍斧が。
魔法使いが持つにしては大きい、異質な武器。
しかし、女はその異質さに対して何の感情も抱かなかった。
ただ、
(見ているだけの臆病者かと思ったが、仲間だったか)
と思っただけであった。
敵が一人増えただけ。ならば、二人同時に終わらせよう、そう思った女は再び踏み込んだ。
しかし、直後、
「っ!」
今度は女がカイルと同じ表情を浮かべることになった。
突如、女の眼前に広がったのは眩いほどの防御魔法。
その光の壁に右拳が容易く弾き返されたのだ。
その手ごたえを、強固さを直に感じた女は、
(ほう、防御魔法は超一流か。……もしや、『盾』の一族の一人か?)
心を読まずして、正解を引き当てた。
カイルとバージルはなぜここにいるのか。
カイルはシャロンを追ってここに辿り着いた。
カイルはサイラスから国の影で暗躍する悪が存在し、刺客と一戦交えたことを聞いた。
その刺客が自身が知っている人物であることにカイルはすぐ気付いた。
その瞬間に抱いた感情は怒り。
多くの人間を振り回し、巻き込む悪に対しての怒りだ。
カイルはその感情を原動力にして、ここに辿り着いた。
一方、バージルはそんなカイルについてきた口だ。
偉大なる者達と別れた後、バージルは家に帰った。
しかしバージルはすぐにまた家を出た。
勘当されたわけでは無い。自分が居れば迷惑がかかるかもしれないと思ったからだ。
そして当てが無かったバージルは、なんとなくリーザを目指した。
軍隊を預けていたことを思い出したからだ。
その後はカイルとあまり変わらない。
バージルはカイルと同じ怒りを持ってこの場に辿り着いた。
しかし、その熱い感情は今では見る影も無くなってしまっていた。
バージルの心は冷たい何かに埋め尽くされつつあった。
強いとは聞いていたが、ここまでとは思っていなかった。
勝ち目があるのかどうか判断出来ない。
先の一合なぞ何がどうなったのかすらよく分からなかった。はっきりと見えなかった。
ただ、「カイルが焦ったことが伝わってきたから」、体が勝手に動いただけだ。
あのクレアと良い勝負をした男と組んでいるのに、不安の方がはるかに強い。
(いや、この不安は――)
瞬間、バージルは気付いた。
この不安は自分のものだけでは無いと。
カイルの不安が重なっているのだと。
(……)
「共感」というものは便利なのか厄介なものなのかよくわからんな。バージルはそんな事を考えることで、背中を伝う冷たいものから目をそらした。
バージルがそう思うのはカイルの共感技術が未熟だからである。
共有する情報の取捨選択が適切に行われていないのだ。
ゆえに共有すべきでない感情が伝播してしまっている。
肝心の虫から送られる情報の共有は途切れ途切れである。ゆえに、バージルには先の攻防が理解出来なかった。
そしてこの時点で既に、女はそのことを見抜いていた。
当然、その弱点を見過ごすわけが無い。
情報伝達が弱いということは、大男の方は反応が鈍いということ。
ならば高速で左右に回り込み、叩き込めばいい。
女は早速それを実行しようと足に力を込めた。
が、
「……」
女はまたしてもその力を前には解放しなかった。
バージルが再び光の壁を展開したからだ。
しかも今回は盾型では無く、球状。
女は虫を使って隙間を探したが、
(完全な全方位防御……厚みもある。電撃も何も通りそうにないな)
あきらめて待つことにした。
女には分かっていた、この全方位防御は魔力の消耗が激しいことが。
そしてそれは、こんな消極的な戦い方では駄目なことは、いつか追い詰められることはバージル自身よく分かっていた。
来る、という言葉が寒気と共にカイルから伝わってきたから、反射的に身を守っただけだ。
しかし攻撃しなければ勝てない。
だが、どうやって?
この女に対して自分の槍斧は通じないだろう。相手に隙を晒すだけに等しい行為のように思える。自分とこの女の間には、速さの概念において相当の開きがある。
手を出せるのは後ろにいるカイルだけだろう。
ならば、自分はどうすればいい?
自分には何が――
(俺に何が出来る?!)
心の中で己にそう問いかけた直後、バージルの理性が一つの選択肢を提示した。
それは最善の選択のように思えた。
だからバージルは、
「俺を上手く『使え』、カイル!」
全方位防御を解除すると同時に、そう叫んだ。
あと一度の踏み込みで詰められる距離だ。
「っ!」
背中を駆け上がった怖気に、カイルが歯を食いしばる。
その表情を最後のものにしようと、女が足に力を込める。
が、
「……」
女はその力を前にでは無く後退に使った。
女の体が後ろに流れ始める。
すると次の瞬間、女の目の前を光り輝く三日月が地に水平に飛びぬけていった。
三日月が進路上にある家屋に食い込み、なぎ倒す。
その轟音の中、二人の間に一人の大男が割り込んできた。
盾の男、バージルであった。
右手には魔力を帯びて輝き、そして僅かに震える槍斧が。
魔法使いが持つにしては大きい、異質な武器。
しかし、女はその異質さに対して何の感情も抱かなかった。
ただ、
(見ているだけの臆病者かと思ったが、仲間だったか)
と思っただけであった。
敵が一人増えただけ。ならば、二人同時に終わらせよう、そう思った女は再び踏み込んだ。
しかし、直後、
「っ!」
今度は女がカイルと同じ表情を浮かべることになった。
突如、女の眼前に広がったのは眩いほどの防御魔法。
その光の壁に右拳が容易く弾き返されたのだ。
その手ごたえを、強固さを直に感じた女は、
(ほう、防御魔法は超一流か。……もしや、『盾』の一族の一人か?)
心を読まずして、正解を引き当てた。
カイルとバージルはなぜここにいるのか。
カイルはシャロンを追ってここに辿り着いた。
カイルはサイラスから国の影で暗躍する悪が存在し、刺客と一戦交えたことを聞いた。
その刺客が自身が知っている人物であることにカイルはすぐ気付いた。
その瞬間に抱いた感情は怒り。
多くの人間を振り回し、巻き込む悪に対しての怒りだ。
カイルはその感情を原動力にして、ここに辿り着いた。
一方、バージルはそんなカイルについてきた口だ。
偉大なる者達と別れた後、バージルは家に帰った。
しかしバージルはすぐにまた家を出た。
勘当されたわけでは無い。自分が居れば迷惑がかかるかもしれないと思ったからだ。
そして当てが無かったバージルは、なんとなくリーザを目指した。
軍隊を預けていたことを思い出したからだ。
その後はカイルとあまり変わらない。
バージルはカイルと同じ怒りを持ってこの場に辿り着いた。
しかし、その熱い感情は今では見る影も無くなってしまっていた。
バージルの心は冷たい何かに埋め尽くされつつあった。
強いとは聞いていたが、ここまでとは思っていなかった。
勝ち目があるのかどうか判断出来ない。
先の一合なぞ何がどうなったのかすらよく分からなかった。はっきりと見えなかった。
ただ、「カイルが焦ったことが伝わってきたから」、体が勝手に動いただけだ。
あのクレアと良い勝負をした男と組んでいるのに、不安の方がはるかに強い。
(いや、この不安は――)
瞬間、バージルは気付いた。
この不安は自分のものだけでは無いと。
カイルの不安が重なっているのだと。
(……)
「共感」というものは便利なのか厄介なものなのかよくわからんな。バージルはそんな事を考えることで、背中を伝う冷たいものから目をそらした。
バージルがそう思うのはカイルの共感技術が未熟だからである。
共有する情報の取捨選択が適切に行われていないのだ。
ゆえに共有すべきでない感情が伝播してしまっている。
肝心の虫から送られる情報の共有は途切れ途切れである。ゆえに、バージルには先の攻防が理解出来なかった。
そしてこの時点で既に、女はそのことを見抜いていた。
当然、その弱点を見過ごすわけが無い。
情報伝達が弱いということは、大男の方は反応が鈍いということ。
ならば高速で左右に回り込み、叩き込めばいい。
女は早速それを実行しようと足に力を込めた。
が、
「……」
女はまたしてもその力を前には解放しなかった。
バージルが再び光の壁を展開したからだ。
しかも今回は盾型では無く、球状。
女は虫を使って隙間を探したが、
(完全な全方位防御……厚みもある。電撃も何も通りそうにないな)
あきらめて待つことにした。
女には分かっていた、この全方位防御は魔力の消耗が激しいことが。
そしてそれは、こんな消極的な戦い方では駄目なことは、いつか追い詰められることはバージル自身よく分かっていた。
来る、という言葉が寒気と共にカイルから伝わってきたから、反射的に身を守っただけだ。
しかし攻撃しなければ勝てない。
だが、どうやって?
この女に対して自分の槍斧は通じないだろう。相手に隙を晒すだけに等しい行為のように思える。自分とこの女の間には、速さの概念において相当の開きがある。
手を出せるのは後ろにいるカイルだけだろう。
ならば、自分はどうすればいい?
自分には何が――
(俺に何が出来る?!)
心の中で己にそう問いかけた直後、バージルの理性が一つの選択肢を提示した。
それは最善の選択のように思えた。
だからバージルは、
「俺を上手く『使え』、カイル!」
全方位防御を解除すると同時に、そう叫んだ。
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