上 下
345 / 586
第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十四話 再戦(2)

しおりを挟む
   ◆◆◆

「走れ! 走れ!」

 城内はあっという間に喧騒に包まれた。

「どうした、遅いぞ! 呼吸と足並みを揃えろと、前後の間隔を意識しろと何度も教えただろう!」

 隊長らしき男が廊下を走る兵士達に活を入れる。
 しかし目的地は叫ばない。
 その必要が無いからだ。全員が自身の配置と役割をきちんと把握しているからだ。
 今求められるのは、声にすべきものは速さだけ。
 しかし感知の無い彼らがどうやって戦いの始まりを察知したのか。
 それは街の方から上がった一つの狼煙(のろし)。
 たったそれだけである。この兵士達はそのたった一つの情報を信じて動いているのだ。
 そして間も無く、アラン達がその喧騒の中に姿を現した。
 しかしカルロの姿はその中に無かった。
 走れないからだ。だからカルロは一足先に「最も手堅い場所」に向かった。

「クラウス!」

 そしてアランは喧騒の中で叫んだ。
 あれをやるぞ、と叫ぼうとした。
 しかしその直前、

「アラン様」

 突如頭の中に響いた呼び声に、アランは振り返った。
 そこにいたのはルイス。
 すぐ後ろにはクレアとリックが並んでいる。
 感知があるゆえに彼らがいることは分かっていた。ゆえにアランの顔に驚きの色は無い。
 ただ、疑問だった。
 どうしてこうも都合良く、こんな場所にいるのか。
 その理由をルイスは答えた。

「将軍のお見舞いに来たのですが……いやはや、とんでもないことに巻き込まれてしまいましたよ」

 その回答が嘘であることは感知を使わずとも分かった。
 ルイス殿、あなたは一体何者なんだ。
「彼ら」と何か関係があるのか?
 疑問が浮かんでは消えていく。

「……」

 しかしルイスはそのいずれにも答えなかった。
 だが、次の瞬間、ルイスは少し気が変わった。
 一つだけ答えてもいい、そう思ったルイスは口を開こうとしたが、

「お客人、ここは危険です。どうか応接間……いえ、奥にある客間の方へ」

 ルイス達を追いかけてきた執事が、場に声を割り込ませた。
 これにルイスは「分かりました」と答えながら、執事の方に振り返った。
 リックとクレアもルイスと同じように振り返る。
 が、クレアは向けられた執事の視線に対して首を振った。

「いえ、私達はここで結構」

 襲ってきている連中は教会側の人間だろう、そう思っているからそう答えた。
 その答えは今のアランにとって心強かった。
 しかし不安は拭えない。
 アランはその原因の一つである人物の背中に、意識の線を向けた。

「……」

 気付いているはずだった。しかしルイスは何も答えなかった。
 ただ一言、

「御武運を」

 という声が頭の中に響いた。

「……」

 アランはその励ましの声に何も返さず、

「……やるぞ、クラウス!」

 気を取り直し、クラウスの方に向き直った。
 そしてその言葉を待っていたクラウスは頷きを返すと共に、抜刀した。
 白刃を鏡とするように、剣に祈るように眼前に構える。
 一呼吸遅れてアランも同じ構えを。
 そして同時に発光する二人の刀身。
 鏡合わせのまま、その輝く剣を頭上に掲げるアランとクラウス。
 何をするつもりなのか、クレアとリックはそんな疑問が含まれた視線を二人に向けた。
 次の瞬間、

「「!?」」

 鳴り響いた金属音と共に、溢れた光の輪と共に、二人は目を見開いた。

「「……!」」

 少し遅れてアンナとクリスも似たような表情を。
 そして四人の心には同じ情景が広がっていた。
 空から城を見下ろしているかのような感覚。
 まるで鳥になったかのよう。
 いや、鳥なんてものじゃない。
 どこに兵士が、何人いるのか、何を身につけているのかなどの詳細まで分かる。

(これは……)

 そして四人の中で真っ先に理解したのはクリスであった。
 これはアランとクラウス、二人の力だけによるものでは無いことを。
 他人の目を、耳を、感覚を利用していることを。共感し、連鎖し、協力していることを。
 クリスがその事実を驚きの言葉にしようとした瞬間、

「これは……?!」

 クレアが先に口を開いた。
 元々感知の素質があるクレアも気付いたのだ。

「人間にこんなことが……!?」

 クレアは驚きと僅かな恐怖が混じった顔でそう言葉を続けた。

「……」

 しかし対照的に、リックの表情は静かなものに戻っていた。
 経験したことがある感覚だったからだ。

(これは、この感じは、あの時の、あの戦いの――)

 リックは思い出していた。
 アランと一対一で死合ったあの時のことを。
 そしてリックは気付き、思った。

(まさか、自分が『夢想の境地』を見出せたのは――)

 お前の、この力の影響によるものなのか、そんな思いを込めた眼差しをリックはアランに向けた。
 しかし答えは返って来ない。

「……」

 だからリックは、意識を、視線を迫る脅威の方に向けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

【完結】王子は聖女と結婚するらしい。私が聖女であることは一生知らないままで

雪野原よる
恋愛
「聖女と結婚するんだ」──私の婚約者だった王子は、そう言って私を追い払った。でも、その「聖女」、私のことなのだけど。  ※王国は滅びます。

形だけの正妃

杉本凪咲
恋愛
第二王子の正妃に選ばれた伯爵令嬢ローズ。 しかし数日後、側妃として王宮にやってきたオレンダに、王子は夢中になってしまう。 ローズは形だけの正妃となるが……

別に構いませんよ、離縁するので。

杉本凪咲
恋愛
父親から告げられたのは「出ていけ」という冷たい言葉。 他の家族もそれに賛同しているようで、どうやら私は捨てられてしまうらしい。 まあいいですけどね。私はこっそりと笑顔を浮かべた。

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...