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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に
第四十三話 試練の時、来たる(34)
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「収容所が反乱軍に攻撃されてしまってな。それでこんなところに来るハメになってしまった。 ……ああ、そういえば、お前は仕事でそこに行ったんだったか。ならば言わずとも知ってたか?」
これにシャロンがうんざりとした表情で「ええ」と返すと、デズモンドはシャロンに尋ねた。
「収容所はどんな様子だった?」
ちゃんと答えるのが面倒だったシャロンは「見てないから知らないわ」とだけ答えた。
しかしその淡白な返事にも老人の口は止まる様子を見せなかった。
「珍しい気配を放つ女がいなかったか? リリィという女なんだが」
これにはさすがのシャロンも興味を抱いた。
ゆえにシャロンは尋ねた。
「珍しい? どういうこと?」
この言葉に、デズモンドは下卑た笑みを浮かべた。
生理的嫌悪感を抱かせるその顔に、シャロンが思わず眉をひそめる。
が、シャロンのその表情はデズモンドを饒舌にする効果しか無かった。
「たまに、無条件にある感情を抱いている者がいるだろう?」
ケビンのような者のことである。
当然知っているシャロンが頷きを返すと、デズモンドは言葉を続けた。
「その女もそれを持っていてな。何だと思う?」
知らないのだから答えようが無い。だからシャロンは「分からないわ」と答えた。
その素っ気の無い回答は老人の御気に召さなかったようだ。
だからデズモンドは即座に口を開いた。
「あの女はそれのおかげでどんなことがあっても絶望に打ちひしがれることは無かったよ」
その言葉を聞いたシャロンの心には「不屈」という言葉が浮かんだ。
そしてそれを感知したデズモンドは首を振った。
「私も最初は不屈だと思った。……だが、違った」
これにシャロンは強い苛立ちを抱いた。
「不屈」という言葉を浮かべさせるために「絶望」という言葉を使って誘導したのが明らかだからだ。
そしてデズモンドはシャロンのその苛立ちをさらに煽るかのように、下卑た笑みを濃くしながら正解を述べた。
「やつが持っていたのは無条件の希望だったよ」
そしてデズモンドは言葉を続けた。
「あの女には多くの男が惹かれるだろう。感知の才能が強いものであればなおさらだ。明るく、そして力強い。そんな感覚を傍にいるだけで共有出来るのだから」
それは確かにそうだろうが、シャロンが抱いた感想は少し違っていた。
シャロンはそれを心の中で言葉にした。
(羨ましいわね。だけどそれ以上に哀れだわ)
これに、デズモンドは尋ねた。
「どうしてそう思う?」
またしても勝手に心を読まれたわけだが、これにはシャロンは腹を立てなかった。
読まれてもいいと思っていたからだ。だから隠す工夫もしていない。
だからシャロンは答えた。
「……無条件のそれはただの松明と同じよ。その光は綺麗な虫だけで無く、悪い虫も引き寄せてしまう。本人に選ぶ力が、抵抗する力が無ければ不幸になる可能性があるわ」
その言葉は今のリリィの状況を的確に表していた。
そして正解をずばり当てたシャロンに対し、
「……」
デズモンドはつまらなそうな顔を返した。
しかしその冷たい無言は長くは続かなかった。
「……話は変わるが、今回の仕事、私はどうにも気が乗らんよ。出来るならば前の仕事に戻りたいね」
瞬間、シャロンは察した。
(また始まった)と。
そしてデズモンドはシャロンが思った通りの話を始めた。
「そういえばこれは話したかな? 反乱が起きる少し前に、新しい『素材』が来たんだが、これが中々良いものでね。時間さえあれば、私の手で完璧に仕上げられたんだが」
デズモンドがそこまで喋ったところで、シャロンは人格を切り替えた。
デズモンドの口からあふれ出しているこの「いつもの話」がシャロンにとっては耐え難いものだからだ。
要は以前の仕事の自慢話である。
しかしその内容はおぞましい。
デズモンドの仕事、それは囚人達の「感情のコントロール」であった。
教会に憎しみを抱かせることが目標だ。
だが、デズモンドはさらに先の域に踏み込んでしまった。
一言で表すならばそれは「人格改造」。
ある日、デズモンドは気付いた。
強いストレスを与え続けると、その者の人格に変化が表れることに。
そしてその変化にはストレス対象との関係などの条件によって規則性、偏りが生まれることに。
その日から、デズモンドにとっての仕事は退屈な何かから、輝かしい何かに変わった。
変化の多くは「屈服」であった。
出来るだけストレスを感じないように、痛み無く物事をやりすごせるように人格が変化するのだ。
その改造手術は魂がやることもあれば、第四の存在によって行われることもあった。
魂と第四の存在がどうにもならない状況に屈服したのだ。だからせめて苦痛なく、そんな思いを込めて理性と本能を変えるのだ。
この変化はデズモンドにとって快感の一言であった。
しかし屈服しない者も少数いた。
表面上は屈服した連中とあまり変わらないように見える。
だがそれはただの処世術。不必要な被害を避けるため、ただそれだけのものだ。
心の中では反撃の機会を虎視眈々(こしたんたん)と狙っている。
そしてそのような変化が起きる者達には大きく分けて二つの特徴があった。
一つは高潔な者。
悪に対しての正義感から変化する。
そしてもう一つは反抗的な者。
自分を虐げる相手に対しての怒りから変化する。
デズモンドはそのような変化を何十年も観察し、そして楽しんできた。
「人格改造」、それ自体は輝かしい可能性を持っている。
しかし使い方が、方向性がおぞましい。どんな力も技術も、全ては使い手次第なのだ。
「……」
そしてシャロンの代わりに前に立った誰かは、そのおぞましい話に淡々と耳を傾けていた。
今の彼女に感情の起伏は無い。
しかしなぜシャロンはデズモンドをこれほどまでに嫌っているのか。
それはデズモンドがサイラスを手にかけたからだ。
大切なものをおもちゃにされた、その怒りがシャロンの奥底に渦巻いているのだ。
「……」
シャロンの代役はデズモンドの話を適当に聞き流しながら、アランのいる街を眺めた。
彼女は考えていた。アランをどうやって終わらせるかを。あの城をどうやって攻めるべきかを。
試練の時はついに来た。
アランが理想を成すためにはこの試練を越えねばならない。
しかしこの壁は厚い。
戦闘能力差は歴然。
その差を過去の戦いで例えるならば、魔王と隊長ほどの差だ。
つまり、少々の奇跡が起きた程度では勝敗が覆らない、ということだ。
第四十四話 再戦 に続く
これにシャロンがうんざりとした表情で「ええ」と返すと、デズモンドはシャロンに尋ねた。
「収容所はどんな様子だった?」
ちゃんと答えるのが面倒だったシャロンは「見てないから知らないわ」とだけ答えた。
しかしその淡白な返事にも老人の口は止まる様子を見せなかった。
「珍しい気配を放つ女がいなかったか? リリィという女なんだが」
これにはさすがのシャロンも興味を抱いた。
ゆえにシャロンは尋ねた。
「珍しい? どういうこと?」
この言葉に、デズモンドは下卑た笑みを浮かべた。
生理的嫌悪感を抱かせるその顔に、シャロンが思わず眉をひそめる。
が、シャロンのその表情はデズモンドを饒舌にする効果しか無かった。
「たまに、無条件にある感情を抱いている者がいるだろう?」
ケビンのような者のことである。
当然知っているシャロンが頷きを返すと、デズモンドは言葉を続けた。
「その女もそれを持っていてな。何だと思う?」
知らないのだから答えようが無い。だからシャロンは「分からないわ」と答えた。
その素っ気の無い回答は老人の御気に召さなかったようだ。
だからデズモンドは即座に口を開いた。
「あの女はそれのおかげでどんなことがあっても絶望に打ちひしがれることは無かったよ」
その言葉を聞いたシャロンの心には「不屈」という言葉が浮かんだ。
そしてそれを感知したデズモンドは首を振った。
「私も最初は不屈だと思った。……だが、違った」
これにシャロンは強い苛立ちを抱いた。
「不屈」という言葉を浮かべさせるために「絶望」という言葉を使って誘導したのが明らかだからだ。
そしてデズモンドはシャロンのその苛立ちをさらに煽るかのように、下卑た笑みを濃くしながら正解を述べた。
「やつが持っていたのは無条件の希望だったよ」
そしてデズモンドは言葉を続けた。
「あの女には多くの男が惹かれるだろう。感知の才能が強いものであればなおさらだ。明るく、そして力強い。そんな感覚を傍にいるだけで共有出来るのだから」
それは確かにそうだろうが、シャロンが抱いた感想は少し違っていた。
シャロンはそれを心の中で言葉にした。
(羨ましいわね。だけどそれ以上に哀れだわ)
これに、デズモンドは尋ねた。
「どうしてそう思う?」
またしても勝手に心を読まれたわけだが、これにはシャロンは腹を立てなかった。
読まれてもいいと思っていたからだ。だから隠す工夫もしていない。
だからシャロンは答えた。
「……無条件のそれはただの松明と同じよ。その光は綺麗な虫だけで無く、悪い虫も引き寄せてしまう。本人に選ぶ力が、抵抗する力が無ければ不幸になる可能性があるわ」
その言葉は今のリリィの状況を的確に表していた。
そして正解をずばり当てたシャロンに対し、
「……」
デズモンドはつまらなそうな顔を返した。
しかしその冷たい無言は長くは続かなかった。
「……話は変わるが、今回の仕事、私はどうにも気が乗らんよ。出来るならば前の仕事に戻りたいね」
瞬間、シャロンは察した。
(また始まった)と。
そしてデズモンドはシャロンが思った通りの話を始めた。
「そういえばこれは話したかな? 反乱が起きる少し前に、新しい『素材』が来たんだが、これが中々良いものでね。時間さえあれば、私の手で完璧に仕上げられたんだが」
デズモンドがそこまで喋ったところで、シャロンは人格を切り替えた。
デズモンドの口からあふれ出しているこの「いつもの話」がシャロンにとっては耐え難いものだからだ。
要は以前の仕事の自慢話である。
しかしその内容はおぞましい。
デズモンドの仕事、それは囚人達の「感情のコントロール」であった。
教会に憎しみを抱かせることが目標だ。
だが、デズモンドはさらに先の域に踏み込んでしまった。
一言で表すならばそれは「人格改造」。
ある日、デズモンドは気付いた。
強いストレスを与え続けると、その者の人格に変化が表れることに。
そしてその変化にはストレス対象との関係などの条件によって規則性、偏りが生まれることに。
その日から、デズモンドにとっての仕事は退屈な何かから、輝かしい何かに変わった。
変化の多くは「屈服」であった。
出来るだけストレスを感じないように、痛み無く物事をやりすごせるように人格が変化するのだ。
その改造手術は魂がやることもあれば、第四の存在によって行われることもあった。
魂と第四の存在がどうにもならない状況に屈服したのだ。だからせめて苦痛なく、そんな思いを込めて理性と本能を変えるのだ。
この変化はデズモンドにとって快感の一言であった。
しかし屈服しない者も少数いた。
表面上は屈服した連中とあまり変わらないように見える。
だがそれはただの処世術。不必要な被害を避けるため、ただそれだけのものだ。
心の中では反撃の機会を虎視眈々(こしたんたん)と狙っている。
そしてそのような変化が起きる者達には大きく分けて二つの特徴があった。
一つは高潔な者。
悪に対しての正義感から変化する。
そしてもう一つは反抗的な者。
自分を虐げる相手に対しての怒りから変化する。
デズモンドはそのような変化を何十年も観察し、そして楽しんできた。
「人格改造」、それ自体は輝かしい可能性を持っている。
しかし使い方が、方向性がおぞましい。どんな力も技術も、全ては使い手次第なのだ。
「……」
そしてシャロンの代わりに前に立った誰かは、そのおぞましい話に淡々と耳を傾けていた。
今の彼女に感情の起伏は無い。
しかしなぜシャロンはデズモンドをこれほどまでに嫌っているのか。
それはデズモンドがサイラスを手にかけたからだ。
大切なものをおもちゃにされた、その怒りがシャロンの奥底に渦巻いているのだ。
「……」
シャロンの代役はデズモンドの話を適当に聞き流しながら、アランのいる街を眺めた。
彼女は考えていた。アランをどうやって終わらせるかを。あの城をどうやって攻めるべきかを。
試練の時はついに来た。
アランが理想を成すためにはこの試練を越えねばならない。
しかしこの壁は厚い。
戦闘能力差は歴然。
その差を過去の戦いで例えるならば、魔王と隊長ほどの差だ。
つまり、少々の奇跡が起きた程度では勝敗が覆らない、ということだ。
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