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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十三話 試練の時、来たる(32)

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   ◆◆◆

 夜――

「……?」

 これまで経験した事の無い感覚と共に、アランは目を覚ました。
 周りは真っ暗。
 時間の感覚が無い。どれくらい寝ていたのか予想がつかない。
 窓も同じ色。月明かりが差し込んでいない。月が雲に隠されているのだろうか?。
 そして頭痛は依然変わらず。
 寝直すしか無いな、そう思ったアランは体を再び横たえようとした。
 しかしその時、

「……ん?」

 あるものにアランは気付いた。
 目の前に何か、小さなものがある。
 アランはその何かに感知を集中させた。

「……!」

 瞬間、アランの意識は硬直した。
 それはあの夢で見た天道虫だった。

「……」

 しかしアランはすぐに平静を取り戻した。
 なぜだか、こいつは危険では無い、そんな気がするのだ。
 いや、「気がする」などという曖昧なものでは無い。「理解出来る」と表現した方が正しい。
 こいつは自分にとって危険な存在では無い、それが分かる。
 しかしそれ以上の事は分からない。

「……」

 ゆえに、アランにはそれを凝視することしか出来なかった。
 すると、天道虫はアランの目の前から飛び立ち、離れた。
 そして、天道虫は少し距離を置いたところで止まった。
 その様子はまるで――
 アランはそれを言葉にした。

「……ついて来い、と言っているのか?」

 そう感じたアランがベッドから降りて近付こうとすると、天道虫は双方の間の距離を維持するかのように離れた。
 どうやら正解のようだな、そう思ったアランは大人しく虫の誘導に従うことにした。

   ◆◆◆

 そして案内された場所は城内にある兵の詰所(つめしょ)であった。
 城を守る兵達が仮眠や食事休憩を取る場所である。
 夜勤の兵士達がドアの向こうにいるのを感じる。
 虫はこの中に消えた。
 こんな所に案内して一体どうするつもりなんだ、どういうつもりなのか、そんな迷いがアランの中に生じたが、

(ああくそ、ままよ!)

 なるようになれ、そんな思いと共にアランはドアを開けて踏み込んだ。

「……!」

 直後、緊張感がアランの体を包んだ。
 アランのものでは無い。意外な訪問客に驚いた兵士達から発せられたものだ。
 アランはそのぴりぴりとした感覚に思わず身構えそうになった。

「「……」」

 そして訪れる奇妙な静寂。
 アランも兵士達も、誰も口を開かない。
 そして緊張感も衰える気配が無い。
 しかししばらくして、兵士の一人が勇気を振り絞った。

「……ええと、アラン様、こんな時間に一体どんなご用件でしょうか?」

 それはこっちが聞きたい、そんな事を思った直後、アランはあるものに気付いた。
 テーブルの上に娯楽用のカードが並んでいる。

(ああ、なるほど)

 瞬間、アランは兵士達が緊張している理由を察した。
 ここにいる兵士達はサボっていたというわけだ。
 しかし今のアランにとってはそれはどうでも良かった。
 なぜだか、あのカードゲームが無性に気になる。そそられる。
 だからアランは少し乱暴にテーブルの席につき、

「俺もまぜてくれ」

 と、断れないお願いを発した。
 これに先ほど勇気を絞った兵士が、

「え、それは――」

 もちろん構いませんが、と言葉を続けようとした瞬間、

「……お兄様?」

 さらなる珍客が場に姿を現した。
 親しきその珍客にアランが声を返す。

「アンナ? こんな時間にどうした?」

 アンナは答えた。

「なんだか眠れなくて……」

 その理由は謎の頭痛であったが、それは今のアンナにとっては訴えるほどのことでは無かった。
 だからアンナはここに来た最大の理由を直後に答えた。

「お兄様がこっちの方に来るのを見たから、それで……」

 ならばと、アランは口を開いた。

「じゃあ、一緒にやらないか?」

 まるでそのゲームの主催者かのように。
 これにアンナは少し困った顔で、

「え、でも――」

 ルールを知らないので、とアンナは言葉を続けようとしたが、遮るようにアランが割り込んだ。

「知らないなら俺が教えてやるよ。だから一緒にやろう」

 この時点でアランは気付いていた。
 アンナも自分と同じ感情を、カードゲームへの強い興味を抱いていることに。
 これは少しおかしい。
 二人とも「あいつ」に、何かされた、されているのだろうか?
 しかしもしそうだとしても何のために?
 単純にカードゲームをやらせることが目的なのか?

(まさかな……)

 アランはそんな馬鹿げた考えから生まれた微笑を、カードへの興味から生まれた表情の中に紛らわせた。
 そしてその顔を見たアンナは、

「じゃあ、せっかくなので……」

 と、席についた。
 これに先ほどの兵士が、

「あ、では、よろしくお願いします……」

 と、少し緊張した表情で言葉を返す。
 そんなやり取りを見ながら、アランはもう一つの事に気付いていた。
「したくない」などの否定的な感情よりも、「したい」などの明るい感情に抗う方が難しい。

(これは戦いにも利用出来そうだ……)

 具体的にどう利用するのか、そんな事を考えながらアランはカードの束を切った。
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