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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に
第四十三話 試練の時、来たる(31)
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◆◆◆
アランは昼頃になって目覚めた。
「……っ」
しかしその目覚めは最悪なものであった。
頭が割れそうに痛い。
そして奇妙で大きな喪失感が続いている。
ゆえにか、アランはベッドから降りた。その無くした何かを探しに行くかのように。
しかし何をすればいいのかなんて分からない。
だから、アランの爪先は自然と訓練場の方に向いた。
そこから強い感情と魔力の迸りを感じるからだ。
(アンナ……?)
そこにいるのは妹だと思った。
しかし何かが違うように感じられた。
頭痛のせいだろうか。まるで父の気配のようにも感じられる。
だが、父にしては若々しい。
やはりこれはアンナだ。
しかしアンナは何をしているのか。どうしてそんなに昂ぶっているのか。
(一体何を――)
答えを求めて、集中させた感知の線を窓から訓練場の方に向けた瞬間、
「!」
アランは感じ取った。
が、アランはそれが何か一瞬分からなかった。
まるでアンナが髪の毛を振り回しているように感じられた。
しかしそれが高熱を帯びていることを感知した瞬間、アランは理解した。
(これは……細い炎の束?)
鉄の塊にライターの火を当てても燃えない。
しかしその塊を細く紐状に伸ばし、丸め、綿状にすれば?
俗に言うスチールウール、これが簡単に燃えることは多くの方がご存知だろう。
だが、なぜ燃えるようになるのか?
答えは単純である。空気と、酸素と触れ合う表面積が大幅に増加したからである。
アンナがやっている事は同じこと。
理想を言えば粒状、粉末状であるが、そんな精密かつ緻密な制御は人間業では無い。
しかし紐状でも、アンナの望みを叶えるには十分であった。
「えぃやッ!」
アンナが気勢と共に長剣を振るう。
赤い刀身から同じ色の髪の毛が溢れるようにほどけ、剣閃の中に流れる。
直後、赤毛は弾けるように燃えた。
光る刀身が残した銀色の軌跡を赤色で染めるかのように。
眩しいほどの燃焼速度。リーザの炎に少し似ている。あっという間に燃え尽きるため、射程はまったく無いが。
しかし今のアンナにとってそれは些細な問題であった。
ただ、目の前に広がる赤色に心奪われていた。
その赤色から大量の火の粉と共に、熱波が溢れる。
術者を焦がしかねない熱量。
しかしアンナはその焼け付く痛みを心地よく感じていた。
こうでなくては。これぐらいでなくては、彼らは止められない。
(いや、)
まだ足りない。
(もっと――)
もっと大きな赤色を、アンナはそう思った。
長剣を左から右へ。
赤い軌跡がアンナの眼前を流れる。
その赤色はただの一本の太い枝のように見えた。
が、次の瞬間、それは数え切れないほどの髪の毛にほどけ始めた。
元々不安定であり、ばらけやすい性質を持つ光魔法と上手く組み合わせることでこんな事が出来る。
この瞬間、アンナは新たな技術を会得していた。
赤い樹の、枝の制御である。
さらにこの時既に左手は刀のそばに。
そしてアンナは柄を握り締めると同時に、
「破っ!」
目の前にある赤色に線を引くように一閃した。
切り裂かれた赤い髪束が輝くように燃え始める。
刹那遅れて、刀が描き残した束がそれに混じった。
「っ!」
直後、アンナはそこから溢れた熱と光に目を細めた。
しかしアンナの手は、心は止まらなかった。
(まだ足りない。もっと、もっと――)
その言葉の先は思い浮かばなかったが、アンナの力への欲求が萎えることは無かった。
そしてそれを感じ取ったアランは、
(……武の神よ、どうか彼女に祝福を)
ただ、妹のさらなる成長を祈った。
アランは昼頃になって目覚めた。
「……っ」
しかしその目覚めは最悪なものであった。
頭が割れそうに痛い。
そして奇妙で大きな喪失感が続いている。
ゆえにか、アランはベッドから降りた。その無くした何かを探しに行くかのように。
しかし何をすればいいのかなんて分からない。
だから、アランの爪先は自然と訓練場の方に向いた。
そこから強い感情と魔力の迸りを感じるからだ。
(アンナ……?)
そこにいるのは妹だと思った。
しかし何かが違うように感じられた。
頭痛のせいだろうか。まるで父の気配のようにも感じられる。
だが、父にしては若々しい。
やはりこれはアンナだ。
しかしアンナは何をしているのか。どうしてそんなに昂ぶっているのか。
(一体何を――)
答えを求めて、集中させた感知の線を窓から訓練場の方に向けた瞬間、
「!」
アランは感じ取った。
が、アランはそれが何か一瞬分からなかった。
まるでアンナが髪の毛を振り回しているように感じられた。
しかしそれが高熱を帯びていることを感知した瞬間、アランは理解した。
(これは……細い炎の束?)
鉄の塊にライターの火を当てても燃えない。
しかしその塊を細く紐状に伸ばし、丸め、綿状にすれば?
俗に言うスチールウール、これが簡単に燃えることは多くの方がご存知だろう。
だが、なぜ燃えるようになるのか?
答えは単純である。空気と、酸素と触れ合う表面積が大幅に増加したからである。
アンナがやっている事は同じこと。
理想を言えば粒状、粉末状であるが、そんな精密かつ緻密な制御は人間業では無い。
しかし紐状でも、アンナの望みを叶えるには十分であった。
「えぃやッ!」
アンナが気勢と共に長剣を振るう。
赤い刀身から同じ色の髪の毛が溢れるようにほどけ、剣閃の中に流れる。
直後、赤毛は弾けるように燃えた。
光る刀身が残した銀色の軌跡を赤色で染めるかのように。
眩しいほどの燃焼速度。リーザの炎に少し似ている。あっという間に燃え尽きるため、射程はまったく無いが。
しかし今のアンナにとってそれは些細な問題であった。
ただ、目の前に広がる赤色に心奪われていた。
その赤色から大量の火の粉と共に、熱波が溢れる。
術者を焦がしかねない熱量。
しかしアンナはその焼け付く痛みを心地よく感じていた。
こうでなくては。これぐらいでなくては、彼らは止められない。
(いや、)
まだ足りない。
(もっと――)
もっと大きな赤色を、アンナはそう思った。
長剣を左から右へ。
赤い軌跡がアンナの眼前を流れる。
その赤色はただの一本の太い枝のように見えた。
が、次の瞬間、それは数え切れないほどの髪の毛にほどけ始めた。
元々不安定であり、ばらけやすい性質を持つ光魔法と上手く組み合わせることでこんな事が出来る。
この瞬間、アンナは新たな技術を会得していた。
赤い樹の、枝の制御である。
さらにこの時既に左手は刀のそばに。
そしてアンナは柄を握り締めると同時に、
「破っ!」
目の前にある赤色に線を引くように一閃した。
切り裂かれた赤い髪束が輝くように燃え始める。
刹那遅れて、刀が描き残した束がそれに混じった。
「っ!」
直後、アンナはそこから溢れた熱と光に目を細めた。
しかしアンナの手は、心は止まらなかった。
(まだ足りない。もっと、もっと――)
その言葉の先は思い浮かばなかったが、アンナの力への欲求が萎えることは無かった。
そしてそれを感じ取ったアランは、
(……武の神よ、どうか彼女に祝福を)
ただ、妹のさらなる成長を祈った。
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