上 下
340 / 586
第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十三話 試練の時、来たる(31)

しおりを挟む
   ◆◆◆

 アランは昼頃になって目覚めた。

「……っ」

 しかしその目覚めは最悪なものであった。
 頭が割れそうに痛い。
 そして奇妙で大きな喪失感が続いている。
 ゆえにか、アランはベッドから降りた。その無くした何かを探しに行くかのように。
 しかし何をすればいいのかなんて分からない。
 だから、アランの爪先は自然と訓練場の方に向いた。
 そこから強い感情と魔力の迸りを感じるからだ。

(アンナ……?)

 そこにいるのは妹だと思った。
 しかし何かが違うように感じられた。
 頭痛のせいだろうか。まるで父の気配のようにも感じられる。
 だが、父にしては若々しい。
 やはりこれはアンナだ。
 しかしアンナは何をしているのか。どうしてそんなに昂ぶっているのか。

(一体何を――)

 答えを求めて、集中させた感知の線を窓から訓練場の方に向けた瞬間、

「!」
 アランは感じ取った。
 が、アランはそれが何か一瞬分からなかった。
 まるでアンナが髪の毛を振り回しているように感じられた。
 しかしそれが高熱を帯びていることを感知した瞬間、アランは理解した。

(これは……細い炎の束?)

 鉄の塊にライターの火を当てても燃えない。
 しかしその塊を細く紐状に伸ばし、丸め、綿状にすれば?
 俗に言うスチールウール、これが簡単に燃えることは多くの方がご存知だろう。
 だが、なぜ燃えるようになるのか?
 答えは単純である。空気と、酸素と触れ合う表面積が大幅に増加したからである。
 アンナがやっている事は同じこと。
 理想を言えば粒状、粉末状であるが、そんな精密かつ緻密な制御は人間業では無い。
 しかし紐状でも、アンナの望みを叶えるには十分であった。

「えぃやッ!」

 アンナが気勢と共に長剣を振るう。
 赤い刀身から同じ色の髪の毛が溢れるようにほどけ、剣閃の中に流れる。
 直後、赤毛は弾けるように燃えた。
 光る刀身が残した銀色の軌跡を赤色で染めるかのように。
 眩しいほどの燃焼速度。リーザの炎に少し似ている。あっという間に燃え尽きるため、射程はまったく無いが。
 しかし今のアンナにとってそれは些細な問題であった。
 ただ、目の前に広がる赤色に心奪われていた。
 その赤色から大量の火の粉と共に、熱波が溢れる。
 術者を焦がしかねない熱量。
 しかしアンナはその焼け付く痛みを心地よく感じていた。
 こうでなくては。これぐらいでなくては、彼らは止められない。

(いや、)

 まだ足りない。

(もっと――)

 もっと大きな赤色を、アンナはそう思った。
 長剣を左から右へ。
 赤い軌跡がアンナの眼前を流れる。
 その赤色はただの一本の太い枝のように見えた。
 が、次の瞬間、それは数え切れないほどの髪の毛にほどけ始めた。
 元々不安定であり、ばらけやすい性質を持つ光魔法と上手く組み合わせることでこんな事が出来る。
 この瞬間、アンナは新たな技術を会得していた。
 赤い樹の、枝の制御である。
 さらにこの時既に左手は刀のそばに。
 そしてアンナは柄を握り締めると同時に、

「破っ!」

 目の前にある赤色に線を引くように一閃した。
 切り裂かれた赤い髪束が輝くように燃え始める。
 刹那遅れて、刀が描き残した束がそれに混じった。

「っ!」

 直後、アンナはそこから溢れた熱と光に目を細めた。
 しかしアンナの手は、心は止まらなかった。

(まだ足りない。もっと、もっと――)

 その言葉の先は思い浮かばなかったが、アンナの力への欲求が萎えることは無かった。
 そしてそれを感じ取ったアランは、

(……武の神よ、どうか彼女に祝福を)

 ただ、妹のさらなる成長を祈った。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

赤貧令嬢の借金返済契約

夏菜しの
恋愛
 大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。  いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。  クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。  王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。  彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。  それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。  赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」  リーリエは喜んだ。 「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」  もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

処理中です...