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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に
第四十三話 試練の時、来たる(27)
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アランはそれを声に出した。
「魂?」
聞きながらも、アランはなんとなく分かっていた。
この場所に何度も訪れているからだ。
最初は夢のようなものだと思っていた。
しかし今はそうじゃない。
そして知りたい。今の自分はどんな存在なのかを。
そんな思いを内包した一言に、ナチャは意外な答えを返した。
「……君はここに登ったのはこれが初めてでは無いんだね。ここがどんな場所なのか、一回で理解する生者も多いんだけど、魂に人格が無い君の場合は無理かな。だからここでも理性と本能の人格を使って話している。魂を交えて三人で話したことなんてないだろう?」
これにアランは「?」という、少し間の抜けた表情を返すことしか出来なかった。
そしてアランがすぐには理解出来ないことをナチャは予想出来ていた。
だからナチャはすぐに言葉を付け加えた。
「今の君がどういう状態なのかというと……」
そしてその口から紡がれた内容は、既にサイラスすら知っているような基本的なことから始まった。
人間の中には理性と本能と魂があり、それぞれが体を操縦する権利を有していると。
理性が前に立ち、本能がそれを影から補佐する、それが基本であると。
しかし魂との関係は人によって異なると。
「魂が人格を持ち、三つが話し合って協力している者もいる。理性と本能を盾にしている魂もある。でも君はそのどちらでも無い。さっきも言ったけど、君の魂に人格は無い。そしてそれは『この国では』珍しいことでは、特別なことでは無いよ」
その言葉にアランは質問を返した。
『この国では』、ということは地域によって特色や偏りがあるのか、と。
これにナチャは頷きを返し、口を開いた。
そしてナチャの口から出た言葉、それは魂と人類の関係の歴史であった。
気が遠くなるほどの古い時代において、人類は魂の奴隷であった。
当時のヒトの体は弱く、魂にされるがままであった。
ゆえに先祖、死者との関係は今では考えられないほどに近しいものであった。当時に出来た先祖を敬うという風習は現在でも残っている。
しかし時を経て人類は強くなった。死神など無視出来るほどに。
だがその過程は、歩んだ道はみな同じでは無かった。先に述べたように。
ナチャはその古き時代を懐かしみながら口を開いた。
「当時は良かったよ。少なくとも退屈はしなかった。僕のような存在がもっとたくさんいて、賑やかだったからね」
その「良かった」とは、穏やかであったという意味では無かった。
適度な緊張感があったという意味だ。
既に述べた通り、死者の世界でも摂理が、弱肉強食の関係がある。そして当時の死者の戦いは今よりもはるかに激しいものであった。
ナチャのような強力な存在は今よりも多く、それらは人類と同じように利害の不一致などでぶつかりあっていた。
気取った言い回しをすれば、それは「神々の戦い」であったと言える。
しかし今のナチャにそれを話すつもりは無かった。
そして、ナチャの話は今のアランにとって重要な部分に入った。
「そうしてヒトと魂の関係は逆転した。最近では、ヒトは魂を『道具』として使うようになった」
ナチャの言う「最近」とは百年単位であるが、その感覚の差は今はどうでもいいことであった。
そしてナチャは喋りながら、手の平からあるものを出した。
それは今のアランには、
(天道虫……?)
に見えた。
その赤い太陽のような虫はふわりと飛び上がり、アランの前で止まった。
アランは無意識に、上に向けた手の平をその天道虫に向かって差し出した。
すると、天道虫はそれを待っていたかのように――
(いや、これはまるで――)
その時、アランは気付いた。
まるで天道虫にそうしろと、着陸するための足場を用意して欲しいと頼まれたような、そんな気がした。
そして天道虫が手の平に降り立った瞬間、
「!」
「それで正解だ」というナチャの声が響いた。
その「正解」という言葉が、これを「虫」と表現したことに対してのものなのか、どちらなのかアランには分からなかったが、
(こんな事が出来るのか!?)
そんな事は今はどうでもいいと思えるほどに、アランの驚きは強かった。
だが、対するナチャはアランの興奮など、アランの興味などどうでもいいかのように、口を開いた。
「さて、説明はこれくらいでいいだろう? そろそろ、君と『一対一で』じっくりと話がしたいな」
言いながら、ナチャはソフィアの方に視線を移し、
「君はもう帰っていいよ」
そう「命令」した。
すると、ソフィアはナチャに対して一礼した後、「海」の中に潜った。
これにアランが「知り合いなのか?」と尋ねるよりも早く、ナチャは答えた。
「ああ。『誘拐された子供』の話を聞きたくてね。一緒にその子の様子も見に行ったりしたんだ。でも、特に興味を引くものは無かったから帰ってきたんだ。その時の彼女がすごくうるさくてね。うんざりしたから、拾った場所で手放したんだよ。しかしまさか、その彼女が君のところに居候しているとはね。これも何かの縁と言えるのかな?」
「……!」
その言葉を聞いたアランは警戒心を強めた。
同時に、心の底からふつふつと、何かがこみ上げてきた。
そして分かった。
こいつは決して自分にとって善たる存在では無いと。
恐らく、こいつは自身の興味、または欲望を満たすためだけに行動しているのだと。
ならば、自分をここに引っ張り上げた理由は――
(こいつは、危険……!)
直後、アランは身構えた。
が、
「……」
その構えにナチャは警戒心を表さなかった。
意味が無いからだ。
今のアランに抵抗する手段は無い。
しかし面倒なことになったな、とナチャは思っていた。
もう素直に話し合ってはくれないだろう。
だからナチャは手っ取り早い手段で済ませることにした。
「ここに君を呼んだ理由は君の想像通りだよ。……君の死に目に確実に会えるとは限らないからね。今の君を一応もらっておくよ」
直後、ナチャは動いた。
と言うよりも、変わった。
ヒトの形から雲へ、そして洪水へ。
「!」
その変化にアランは声を上げることすら出来なかった。
何も出来なかった。ただ、飲み込まれた。
その後、アランの魂は子供がおもちゃを弄る様に、分解され、調べられた。
そしてアランの魂は死んだ。
だが、その時既に、アランの肉体では新たな魂が第四の存在によって作り出されつつあった。
「こんなことをするやつが、あんな化け物がいるなんて!」
「生きているやつにも同じようなことをするやつが、出来るやつがきっといるだろう」
「俺もそう思う」
「今のままでは駄目だ。強くならなくては。作り変えなくては」
怯えるソフィアの横で、アランは生まれ変わろうとしていた。
前よりもただ強く、そんな思いを込められながら。
これも一つの進化と言えるのかもしれない。
「魂?」
聞きながらも、アランはなんとなく分かっていた。
この場所に何度も訪れているからだ。
最初は夢のようなものだと思っていた。
しかし今はそうじゃない。
そして知りたい。今の自分はどんな存在なのかを。
そんな思いを内包した一言に、ナチャは意外な答えを返した。
「……君はここに登ったのはこれが初めてでは無いんだね。ここがどんな場所なのか、一回で理解する生者も多いんだけど、魂に人格が無い君の場合は無理かな。だからここでも理性と本能の人格を使って話している。魂を交えて三人で話したことなんてないだろう?」
これにアランは「?」という、少し間の抜けた表情を返すことしか出来なかった。
そしてアランがすぐには理解出来ないことをナチャは予想出来ていた。
だからナチャはすぐに言葉を付け加えた。
「今の君がどういう状態なのかというと……」
そしてその口から紡がれた内容は、既にサイラスすら知っているような基本的なことから始まった。
人間の中には理性と本能と魂があり、それぞれが体を操縦する権利を有していると。
理性が前に立ち、本能がそれを影から補佐する、それが基本であると。
しかし魂との関係は人によって異なると。
「魂が人格を持ち、三つが話し合って協力している者もいる。理性と本能を盾にしている魂もある。でも君はそのどちらでも無い。さっきも言ったけど、君の魂に人格は無い。そしてそれは『この国では』珍しいことでは、特別なことでは無いよ」
その言葉にアランは質問を返した。
『この国では』、ということは地域によって特色や偏りがあるのか、と。
これにナチャは頷きを返し、口を開いた。
そしてナチャの口から出た言葉、それは魂と人類の関係の歴史であった。
気が遠くなるほどの古い時代において、人類は魂の奴隷であった。
当時のヒトの体は弱く、魂にされるがままであった。
ゆえに先祖、死者との関係は今では考えられないほどに近しいものであった。当時に出来た先祖を敬うという風習は現在でも残っている。
しかし時を経て人類は強くなった。死神など無視出来るほどに。
だがその過程は、歩んだ道はみな同じでは無かった。先に述べたように。
ナチャはその古き時代を懐かしみながら口を開いた。
「当時は良かったよ。少なくとも退屈はしなかった。僕のような存在がもっとたくさんいて、賑やかだったからね」
その「良かった」とは、穏やかであったという意味では無かった。
適度な緊張感があったという意味だ。
既に述べた通り、死者の世界でも摂理が、弱肉強食の関係がある。そして当時の死者の戦いは今よりもはるかに激しいものであった。
ナチャのような強力な存在は今よりも多く、それらは人類と同じように利害の不一致などでぶつかりあっていた。
気取った言い回しをすれば、それは「神々の戦い」であったと言える。
しかし今のナチャにそれを話すつもりは無かった。
そして、ナチャの話は今のアランにとって重要な部分に入った。
「そうしてヒトと魂の関係は逆転した。最近では、ヒトは魂を『道具』として使うようになった」
ナチャの言う「最近」とは百年単位であるが、その感覚の差は今はどうでもいいことであった。
そしてナチャは喋りながら、手の平からあるものを出した。
それは今のアランには、
(天道虫……?)
に見えた。
その赤い太陽のような虫はふわりと飛び上がり、アランの前で止まった。
アランは無意識に、上に向けた手の平をその天道虫に向かって差し出した。
すると、天道虫はそれを待っていたかのように――
(いや、これはまるで――)
その時、アランは気付いた。
まるで天道虫にそうしろと、着陸するための足場を用意して欲しいと頼まれたような、そんな気がした。
そして天道虫が手の平に降り立った瞬間、
「!」
「それで正解だ」というナチャの声が響いた。
その「正解」という言葉が、これを「虫」と表現したことに対してのものなのか、どちらなのかアランには分からなかったが、
(こんな事が出来るのか!?)
そんな事は今はどうでもいいと思えるほどに、アランの驚きは強かった。
だが、対するナチャはアランの興奮など、アランの興味などどうでもいいかのように、口を開いた。
「さて、説明はこれくらいでいいだろう? そろそろ、君と『一対一で』じっくりと話がしたいな」
言いながら、ナチャはソフィアの方に視線を移し、
「君はもう帰っていいよ」
そう「命令」した。
すると、ソフィアはナチャに対して一礼した後、「海」の中に潜った。
これにアランが「知り合いなのか?」と尋ねるよりも早く、ナチャは答えた。
「ああ。『誘拐された子供』の話を聞きたくてね。一緒にその子の様子も見に行ったりしたんだ。でも、特に興味を引くものは無かったから帰ってきたんだ。その時の彼女がすごくうるさくてね。うんざりしたから、拾った場所で手放したんだよ。しかしまさか、その彼女が君のところに居候しているとはね。これも何かの縁と言えるのかな?」
「……!」
その言葉を聞いたアランは警戒心を強めた。
同時に、心の底からふつふつと、何かがこみ上げてきた。
そして分かった。
こいつは決して自分にとって善たる存在では無いと。
恐らく、こいつは自身の興味、または欲望を満たすためだけに行動しているのだと。
ならば、自分をここに引っ張り上げた理由は――
(こいつは、危険……!)
直後、アランは身構えた。
が、
「……」
その構えにナチャは警戒心を表さなかった。
意味が無いからだ。
今のアランに抵抗する手段は無い。
しかし面倒なことになったな、とナチャは思っていた。
もう素直に話し合ってはくれないだろう。
だからナチャは手っ取り早い手段で済ませることにした。
「ここに君を呼んだ理由は君の想像通りだよ。……君の死に目に確実に会えるとは限らないからね。今の君を一応もらっておくよ」
直後、ナチャは動いた。
と言うよりも、変わった。
ヒトの形から雲へ、そして洪水へ。
「!」
その変化にアランは声を上げることすら出来なかった。
何も出来なかった。ただ、飲み込まれた。
その後、アランの魂は子供がおもちゃを弄る様に、分解され、調べられた。
そしてアランの魂は死んだ。
だが、その時既に、アランの肉体では新たな魂が第四の存在によって作り出されつつあった。
「こんなことをするやつが、あんな化け物がいるなんて!」
「生きているやつにも同じようなことをするやつが、出来るやつがきっといるだろう」
「俺もそう思う」
「今のままでは駄目だ。強くならなくては。作り変えなくては」
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