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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十三話 試練の時、来たる(16)

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   ◆◆◆

 一方その頃――

 かつてアランが働いていた貧民街の鍛治屋にめずらしい客が訪れていた。
 それはアンナ。

「……」

 しかしアンナは店先に立ったまま中に入ることも、声をかけることも出来ずにいた。
 どのように振舞うのが正解なのか分からなかったからだ。
 よくいる魔法使いの貴族らしく、高圧的に立ち回ればいいのだろうか?
 いや、それは個人的に嫌だ。それにここは兄様がかつて働いていた職場。貧民相手であっても失礼な振る舞いをしてはいけない気がする。

「……」

 アンナはそんな決着のつかない問答を繰り返していたがゆえに動けなかった。
 しかし次の瞬間、救いの手がアンナのもとに伸びた。

「いらっしゃいませ」

 鍛冶場から出てきた一人の男が、軽快な声と共に丁寧な礼を見せた。
 その男は魔法使いとの商売のやり方、すなわち作法や言葉遣いを心得ていた。
 ゆえに男の口はよく回った。

「当鍛冶場は初めてで御座いますか? ご安心ください。私達は貴族の方ともよくお付き合いさせて頂いておりますゆえ。特に、カルロ様には御贔屓にしてもらっております」

 最後の部分はこの男にとって殺し文句であった。
 しかしアンナにはその効果は無かった。
 だが、アンナはカルロの名を耳にしたことでわずかな安心感を抱き、それを勇気に変えて声に出した。

「あの、ここに私の兄がよく来ていたはずなのですが……」

 言いながら、アンナは「しまった」と思った。
 これでは何を言いたいのかよく分からないからだ。
 しかし男は察した。

「アラン様の妹君ということは……まさか、貴女はアンナ様?!」

 この男はアランに対して「様」をつけたことなど無かったのだが、そこはさすが商売人と褒められるべきところであった。
 そして万が一にもそれを指摘されると困る男は、口調に表れない程度に焦りながら用件を尋ねた。

「それで、本日はどのようなご用件で? 何かお探しのものでも?」

 その質問を待っていたアンナは即座に答えた。

「剣を探していて……それで、兄が働いていたここになら、良いものがあるのではないかと思って」

 これに男は「なるほど」という意味を込めた頷きを返しながら、アンナを誘導するように手を鍛冶場の方に向けた。

「では中へどうぞ。炉に火が入ってるんで少し熱いですが」

 今は真冬。しかしそれでも鍛冶場が蒸し暑いことを、男の額に滲んだ汗が証明していた。
 だが、アンナは気にせず中に入った。
 その時、アンナはある人物とすれ違った。
 それはルイス。
 ルイスがここに来ること自体は珍しく無い。アランが働いていた間でも、包丁などの日用品を求めて店先のほうには何度も顔を見せている。
 しかし鍛冶場の中にまで入って来ることは別だ。
 ルイスはある鍛冶師と机を挟んで話し合っていた。
 アンナの視線は短い間だが、その机の上に釘付けになった。
 妙な絵が描かれた大きな紙が数枚乗せられている。
 それは何かの図面であった。
 その絵が何を意味しているのか分からなかったゆえに、アンナはすぐに興味を失った。

「……?」

 しかしアンナの意識は別のものにも引かれた。
 それはルイス自身。
 この男、何か変だ、とアンナは感じた。
 服の下に妙なものを身に着けているような感じがする。
 だがアンナの感知はまだ未熟であったがゆえに、具体的な造形までは分からなかった。
 そしてその興味の持続力もそれほど長くは続かなかった。
 ゆえに、

「奥です。こちらへどうぞ」

 直後に耳に入った男の声に、アンナは即座に従った。
 そして案内された場所には、大小様々な剣がずらりと並んでいた。

「これは……?」

 アンナが尋ねると、男は答えた。

「実は剣はあまり種類は作っていないんです。兵士達はみんな腰に差してはいますが、やっぱりあまり使われないみたいで。盾の方が圧倒的に数は多いんです。じゃあこれは何なのかっていうと、アラン様が打ったものです」

「全部?」というアンナの問いに男は「はい」と即答した。
 そしてアンナは並べられた剣を見渡すように眺めた。
 すると、

(あ、これは……)

 ある一本が目に止まった。

(お兄様が昔使っていたものとそっくり……)

 それは長剣であった。
 そしてそれがアンナが探していた理想に近いものであった。
 だからアンナはそれを手に取った。
 直後、男は少し困惑した様子で口を開いた。

「それ、で御座いますか?」

 その声色には「あなたにはそれは重過ぎる」という思いが込められていた。
 しかしアンナは断言した。

「ええ。これです。これを探していました。これをください」

 アンナは新たな力を求めていた。
 自分を打ち負かしたディーノに近づくために。
 そのためには自分も重いものを持つ必要があると、アンナは考えたのだ。
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