324 / 586
第六章 アランの力は遂に一つの頂点に
第四十三話 試練の時、来たる(15)
しおりを挟む
◆◆◆
その後、話はすぐに終わった。
クリスから現在の状況と、彼が知る限りのこれまでの詳細な経過報告がされたくらいである。
その話にカルロは即答せず、「続きは明日にする」と答えるだけに留めた。
クリスの城を勢いだけでねじ伏せるほどの戦力が、リックが存在することに、カルロは頭を痛めたのだ。
リックはもう教会側の人間では無い。しかしカルロはそれを知らない。
そしてアランに対しては、生きて帰って来たことに対しての言葉が贈られるだけに終わった。
これにアランも同じような言葉を返したが、それ以上は何も言わなかった。
話すならば一対一で、そう思っていたからだ。
そしてその時は予想外に早く訪れた。
重症の身でありながらカルロは寝具から降り、松葉杖を片手に部屋を出た。
そして城から出る頃には、片手に花束が握られていた。
行き先は城の裏手にある一族の墓地であった。
そこにある妻の墓前に、カルロは花束を添えた。
「……」
妻に対しての言葉は特に無かった。
カルロは自問自答していた。今後について。
しかしどう考えても戦力が足りない。
教会側でまた反乱が起きたという情報は届いていたが、カルロは確定では無い甘い未来に希望を抱くような男では無かった。教会が倒れたとしても、その後の権力者達が同じ態度で我々に迫るとすれば、状況は大して変わらないだろうとカルロは考えていた。
そしてこの問答にカルロは少し追い詰められていた。
こういう時、カルロはよくここに来ていた。
妻の霊が助言を与えてくれるなどとはカルロは思っていない。
これはカルロにとっての一つの儀式であった。自身が困難に立たされていることの再認識を行う、そのためのもので、それ以上のものでは無かった。
だがそれでも、いつもならば妻に対して一つか二つの言葉がある。
しかし今日は無い。なぜなら、
「……どうした、アラン?」
アランが尾けてきていることに気付いていたからだ。
といってもアランは隠れてはいなかった。距離を置いていたというだけだ。
そして声をかけられたアランは足を前に出した。
「……」
しかし歩み寄るだけで、問われた用件については即答しようとしなかった。
聞きたいことは数多くあった。
しかし、それらについては既にアランの中で答えが出来上がっていた。
父からどんな返事をもらおうと、それは今の自分にとって一つの意見に過ぎないだろうと、そう思えるほどにその答えは強固なものだった。
そしてそれらを口で説明するのは正直面倒だった。
そう思ったアランは、
「父上、お聞きしたいことがたくさんありました」
と、「過去形」で言いながら、父の手を握った。
「!?」
瞬間、カルロはあの時のアンナと同じ顔を浮かべた。
わざわざ手を握ったのは、「自分がこれをやっている」ということをはっきりと分からせるためだ。
そしてカルロの脳内では映像が流れていた。
それはアラン自身が感じ取った収容所の惨状から始まった。
その後、映像はクラウスから知った、教会と反乱軍の戦いの記憶へ。
そして映像の場面は戦いから貧民街へ。
(やめろ……!)
直後、アランの脳内に父の拒絶の声が響いた。
やはり鮮明には思い出したくないのだろう。
しかしアランはこの声を無視した。
「……っ!」
父の苦悶の感覚とともに「その場面」が映し出される。
アランはそこで映像を停止し、口を開いた。
「父上、私は最初彼らのことを、教会と戦ったこの者達のことを『正義』だと思いました」
これにカルロは怒りの感情を滲ませ、声を上げようとした。
しかしそれよりも早くアランが言葉を続けた。
「しかし彼らの多くは貧民街で『悪』に転化しました」
「……」
父が感情を沈めるのを確認してから、アランは再び口を開いた。
「今となっては真実は分かりませんが、彼らのほとんどはただ教会が憎かっただけで、高潔な人間では無かったのでしょう」
そしてアランは母の墓に視線を向けながら、言葉を付け足した。
「……母は、彼らの『正義』であった『一面』だけを全てと思い込んでしまったのかもしれません」
「……」
アランの言葉に対し、カルロは何の言葉も感情も返さなかった。
今となっては真実は分からないからだ。
そして正直なところ、今のアランにとって重要なことは別にあった。
アランはそれを声に出した。
「父上、私はこの力を使ってやってみたいことがあります」
それはなんだ、と、カルロが心の声で尋ねるよりも早く、アランは手を離し、共感を切った。
そこから先は読まれたくないからだ。まだ早い。そう思う理由をアランは声に出した。
「ですが私にはまだ分からないことがあります。ゆえにおぼろげなのです。何を目指してこの力を使うべきなのかが、まだはっきりと定まっていないのです」
その言葉にカルロは残念だと思ったが、それが顔に表れることは無かった。
アランがすぐに言葉を続けたからだ。
「ただそれでも、一つはっきりしていることは――」
そしてその言葉はカルロの内に湧いた残念という思いをひっくり返すに十分なものだった。
「父上、私はどんな形であれ、この国を今よりも善く、そして強くしたいと思っています」
アランが悩んでいること、それは魔法使いと無能力者の関係をどうすべきか、であった。
そしてそのことについて相談する相手はもう決まっていた。
それはただの直感であった。しかし、これが正解であろうという確信がアランにはあった。
その後、話はすぐに終わった。
クリスから現在の状況と、彼が知る限りのこれまでの詳細な経過報告がされたくらいである。
その話にカルロは即答せず、「続きは明日にする」と答えるだけに留めた。
クリスの城を勢いだけでねじ伏せるほどの戦力が、リックが存在することに、カルロは頭を痛めたのだ。
リックはもう教会側の人間では無い。しかしカルロはそれを知らない。
そしてアランに対しては、生きて帰って来たことに対しての言葉が贈られるだけに終わった。
これにアランも同じような言葉を返したが、それ以上は何も言わなかった。
話すならば一対一で、そう思っていたからだ。
そしてその時は予想外に早く訪れた。
重症の身でありながらカルロは寝具から降り、松葉杖を片手に部屋を出た。
そして城から出る頃には、片手に花束が握られていた。
行き先は城の裏手にある一族の墓地であった。
そこにある妻の墓前に、カルロは花束を添えた。
「……」
妻に対しての言葉は特に無かった。
カルロは自問自答していた。今後について。
しかしどう考えても戦力が足りない。
教会側でまた反乱が起きたという情報は届いていたが、カルロは確定では無い甘い未来に希望を抱くような男では無かった。教会が倒れたとしても、その後の権力者達が同じ態度で我々に迫るとすれば、状況は大して変わらないだろうとカルロは考えていた。
そしてこの問答にカルロは少し追い詰められていた。
こういう時、カルロはよくここに来ていた。
妻の霊が助言を与えてくれるなどとはカルロは思っていない。
これはカルロにとっての一つの儀式であった。自身が困難に立たされていることの再認識を行う、そのためのもので、それ以上のものでは無かった。
だがそれでも、いつもならば妻に対して一つか二つの言葉がある。
しかし今日は無い。なぜなら、
「……どうした、アラン?」
アランが尾けてきていることに気付いていたからだ。
といってもアランは隠れてはいなかった。距離を置いていたというだけだ。
そして声をかけられたアランは足を前に出した。
「……」
しかし歩み寄るだけで、問われた用件については即答しようとしなかった。
聞きたいことは数多くあった。
しかし、それらについては既にアランの中で答えが出来上がっていた。
父からどんな返事をもらおうと、それは今の自分にとって一つの意見に過ぎないだろうと、そう思えるほどにその答えは強固なものだった。
そしてそれらを口で説明するのは正直面倒だった。
そう思ったアランは、
「父上、お聞きしたいことがたくさんありました」
と、「過去形」で言いながら、父の手を握った。
「!?」
瞬間、カルロはあの時のアンナと同じ顔を浮かべた。
わざわざ手を握ったのは、「自分がこれをやっている」ということをはっきりと分からせるためだ。
そしてカルロの脳内では映像が流れていた。
それはアラン自身が感じ取った収容所の惨状から始まった。
その後、映像はクラウスから知った、教会と反乱軍の戦いの記憶へ。
そして映像の場面は戦いから貧民街へ。
(やめろ……!)
直後、アランの脳内に父の拒絶の声が響いた。
やはり鮮明には思い出したくないのだろう。
しかしアランはこの声を無視した。
「……っ!」
父の苦悶の感覚とともに「その場面」が映し出される。
アランはそこで映像を停止し、口を開いた。
「父上、私は最初彼らのことを、教会と戦ったこの者達のことを『正義』だと思いました」
これにカルロは怒りの感情を滲ませ、声を上げようとした。
しかしそれよりも早くアランが言葉を続けた。
「しかし彼らの多くは貧民街で『悪』に転化しました」
「……」
父が感情を沈めるのを確認してから、アランは再び口を開いた。
「今となっては真実は分かりませんが、彼らのほとんどはただ教会が憎かっただけで、高潔な人間では無かったのでしょう」
そしてアランは母の墓に視線を向けながら、言葉を付け足した。
「……母は、彼らの『正義』であった『一面』だけを全てと思い込んでしまったのかもしれません」
「……」
アランの言葉に対し、カルロは何の言葉も感情も返さなかった。
今となっては真実は分からないからだ。
そして正直なところ、今のアランにとって重要なことは別にあった。
アランはそれを声に出した。
「父上、私はこの力を使ってやってみたいことがあります」
それはなんだ、と、カルロが心の声で尋ねるよりも早く、アランは手を離し、共感を切った。
そこから先は読まれたくないからだ。まだ早い。そう思う理由をアランは声に出した。
「ですが私にはまだ分からないことがあります。ゆえにおぼろげなのです。何を目指してこの力を使うべきなのかが、まだはっきりと定まっていないのです」
その言葉にカルロは残念だと思ったが、それが顔に表れることは無かった。
アランがすぐに言葉を続けたからだ。
「ただそれでも、一つはっきりしていることは――」
そしてその言葉はカルロの内に湧いた残念という思いをひっくり返すに十分なものだった。
「父上、私はどんな形であれ、この国を今よりも善く、そして強くしたいと思っています」
アランが悩んでいること、それは魔法使いと無能力者の関係をどうすべきか、であった。
そしてそのことについて相談する相手はもう決まっていた。
それはただの直感であった。しかし、これが正解であろうという確信がアランにはあった。
0
お気に入りに追加
88
あなたにおすすめの小説
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅
あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり?
異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました!
完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。
妹に婚約者を取られましたが、辺境で楽しく暮らしています
今川幸乃
ファンタジー
おいしい物が大好きのオルロンド公爵家の長女エリサは次期国王と目されているケビン王子と婚約していた。
それを羨んだ妹のシシリーは悪い噂を流してエリサとケビンの婚約を破棄させ、自分がケビンの婚約者に収まる。
そしてエリサは田舎・偏屈・頑固と恐れられる辺境伯レリクスの元に厄介払い同然で嫁に出された。
当初は見向きもされないエリサだったが、次第に料理や作物の知識で周囲を驚かせていく。
一方、ケビンは極度のナルシストで、エリサはそれを知っていたからこそシシリーにケビンを譲らなかった。ケビンと結ばれたシシリーはすぐに彼の本性を知り、後悔することになる。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
勇者じゃないと追放された最強職【なんでも屋】は、スキル【DIY】で異世界を無双します
華音 楓
ファンタジー
旧題:re:birth 〜勇者じゃないと追放された最強職【何でも屋】は、異世界でチートスキル【DIY】で無双します~
「役立たずの貴様は、この城から出ていけ!」
国王から殺気を含んだ声で告げられた海人は頷く他なかった。
ある日、異世界に魔王討伐の為に主人公「石立海人」(いしだてかいと)は、勇者として召喚された。
その際に、判明したスキルは、誰にも理解されない【DIY】と【なんでも屋】という隠れ最強職であった。
だが、勇者職を有していなかった主人公は、誰にも理解されることなく勇者ではないという理由で王族を含む全ての城関係者から露骨な侮蔑を受ける事になる。
城に滞在したままでは、命の危険性があった海人は、城から半ば追放される形で王城から追放されることになる。 僅かな金銭で追放された海人は、生活費用を稼ぐ為に冒険者として登録し、生きていくことを余儀なくされた。
この物語は、多くの仲間と出会い、ダンジョンを攻略し、成りあがっていくストーリーである。
侯爵夫人は子育て要員でした。
シンさん
ファンタジー
継母にいじめられる伯爵令嬢ルーナは、初恋のトーマ・ラッセンにプロポーズされて結婚した。
楽しい暮らしがまっていると思ったのに、結婚した理由は愛人の妊娠と出産を私でごまかすため。
初恋も一瞬でさめたわ。
まぁ、伯爵邸にいるよりましだし、そのうち離縁すればすむ事だからいいけどね。
離縁するために子育てを頑張る夫人と、その夫との恋愛ストーリー。
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる