322 / 586
第六章 アランの力は遂に一つの頂点に
第四十三話 試練の時、来たる(13)
しおりを挟む
◆◆◆
意外なことに、クリスの話はアランが見せた神秘についてでは無かった。
「お二人が練習している間にカルロ将軍の使いが命令を伝えに来た。アンナは至急城に戻ってくるように、とのことだ」
「ただの伝言では無く、命令、ですか?」
その内容に、アンナが尋ね返すと。
「そうだ。大至急とのことだ」
クリスは即答しながらアランの方に視線を移し、
「そしてアラン殿、『今回は』あなたも戻ったほうがいい」
含みを持たせる言い回しで、そう言った。
わざわざ『今回は』などという言葉を付けた理由を、アランは尋ねるまでも無く読み取っていた。
それはある噂であった。
カルロが突然前線から離れ、しかも戻ってこないのは、戦いで重症を負ったからだという噂。
クリス自身は真実を知らない。あくまでもただの噂である。
が、
「……」
アランは何かをかみ締めるように歯に力を入れていた。
アランは思い出していた。
ラルフと共感した時に、彼の記憶の中に父の姿があったことを。
その時は大変だったからそれ以上記憶を探る余裕が無かった。
「……」
そんな言葉が浮かんだ瞬間、アランの心は沈んだ。
いまの言葉を言い訳にするにはあまりに苦しいと、自分自身分かっていたからだ。
本当は探ろうと思えば探れた。でもそうしなかった。
どうしてかはもうはっきりとは思い出せない。もしかしたら、怖かったのかもしれない。
自分の予想では、ラルフの心から感じ取れた勝気と自信から察するに――
「……」
そこでアランは思考を切った。
会って確かめよう、そう思ったからだ。
「兄様……?」
そして、兄が何かを知っていることを察したアンナは尋ねるように声を出した。
が、アランは、
「……」
アンナに対しては何も答えず、
「わかった。俺もアンナと一緒に城へ戻るよ」
と、クリスに対して少し遅い返事を返すだけに終わった。
それを聞いたクリスは、
「そうか。なら早速出発しよう。二人はすぐに準備してくれ。私は外で馬を用意しておく」
と言いながら、戦装束などの私物が詰まった麻袋を肩にかけた。
その動作に、気付いたアランはそれを尋ねようとしたが、それよりも先にクリスが答えた。
「命令には私も来るようにとあった。将軍としての務めは一時お休みしていいらしい。……何の話かは分からないが、よほど大事な事のようだな」
クリスが不安を煽ろうとしているわけでは無いことは分かっていたが、それでもアランの心はその言葉に少しざわついていた。
◆◆◆
移動は早馬によるものでは無く、徒歩に合わせた馬車となった。
アランとクラウスが話したからだ。妙な連中に尾行されていると。
ならばと、クリスは防御が硬い馬車を用意した。
護衛の兵士も多くついている。
クラウスはその兵士達を率いるように、自ら外の警護についた。
そしてアランは尾行の位置を馬車の中から探し出し、クラウスに伝えていた。
馬車の中にいる人数は三人。アランとアンナ、そしてクリスだ。
アンナが一緒にいるためか、緊張感はあまり無かった。
だからクリスは、馬車の中でアランが見せた神秘について尋ねた。
これにアランは快く、隠し事無しに答えた。
そしてアンナに対してやったように、クリスとも練習を行った。
馬車の中なので剣を振り回すことは出来なかったが、クリスに関してはそれでも問題は無かった。やはりアランが思った通り、クリスの感知能力の素質は本物であった。
クリスが慣れてからはアンナを交えて三人で練習するようになった。三人で剣を抜き、刀身を鏡とするように、輝く剣に祈るように眼前に構えながら、感情をやり取りした。
クリスの上達は速く、みるみるうちにアンナと差をつけ始めた。それに伴い感知の範囲も急速に広がっていった。尾行の位置に気付くほどに。
その円はアランほどには大きくない。神楽を起こせるほどの強大な波も発生させられないように感じられた。
しかしそれは「今はまだ」というだけのものに思えた。練習を積めばクリス将軍はきっと化ける。アランはそう思っていた。
そして三人はそのまま練習を楽しみながら、目的地に着くのを待った。
ゆえに緊張感は薄かった。
それが問題であった。
クラウスもだ。アンナと一緒に行動出来ていることに安心感を抱いている。
アランとクラウスは致命的な間違いを犯している。ディーノを強引にでも連れてこなかったことだ。
まだ誰も気付いていない。自分達を遥かに凌駕する怪物に狙われていることに。
意外なことに、クリスの話はアランが見せた神秘についてでは無かった。
「お二人が練習している間にカルロ将軍の使いが命令を伝えに来た。アンナは至急城に戻ってくるように、とのことだ」
「ただの伝言では無く、命令、ですか?」
その内容に、アンナが尋ね返すと。
「そうだ。大至急とのことだ」
クリスは即答しながらアランの方に視線を移し、
「そしてアラン殿、『今回は』あなたも戻ったほうがいい」
含みを持たせる言い回しで、そう言った。
わざわざ『今回は』などという言葉を付けた理由を、アランは尋ねるまでも無く読み取っていた。
それはある噂であった。
カルロが突然前線から離れ、しかも戻ってこないのは、戦いで重症を負ったからだという噂。
クリス自身は真実を知らない。あくまでもただの噂である。
が、
「……」
アランは何かをかみ締めるように歯に力を入れていた。
アランは思い出していた。
ラルフと共感した時に、彼の記憶の中に父の姿があったことを。
その時は大変だったからそれ以上記憶を探る余裕が無かった。
「……」
そんな言葉が浮かんだ瞬間、アランの心は沈んだ。
いまの言葉を言い訳にするにはあまりに苦しいと、自分自身分かっていたからだ。
本当は探ろうと思えば探れた。でもそうしなかった。
どうしてかはもうはっきりとは思い出せない。もしかしたら、怖かったのかもしれない。
自分の予想では、ラルフの心から感じ取れた勝気と自信から察するに――
「……」
そこでアランは思考を切った。
会って確かめよう、そう思ったからだ。
「兄様……?」
そして、兄が何かを知っていることを察したアンナは尋ねるように声を出した。
が、アランは、
「……」
アンナに対しては何も答えず、
「わかった。俺もアンナと一緒に城へ戻るよ」
と、クリスに対して少し遅い返事を返すだけに終わった。
それを聞いたクリスは、
「そうか。なら早速出発しよう。二人はすぐに準備してくれ。私は外で馬を用意しておく」
と言いながら、戦装束などの私物が詰まった麻袋を肩にかけた。
その動作に、気付いたアランはそれを尋ねようとしたが、それよりも先にクリスが答えた。
「命令には私も来るようにとあった。将軍としての務めは一時お休みしていいらしい。……何の話かは分からないが、よほど大事な事のようだな」
クリスが不安を煽ろうとしているわけでは無いことは分かっていたが、それでもアランの心はその言葉に少しざわついていた。
◆◆◆
移動は早馬によるものでは無く、徒歩に合わせた馬車となった。
アランとクラウスが話したからだ。妙な連中に尾行されていると。
ならばと、クリスは防御が硬い馬車を用意した。
護衛の兵士も多くついている。
クラウスはその兵士達を率いるように、自ら外の警護についた。
そしてアランは尾行の位置を馬車の中から探し出し、クラウスに伝えていた。
馬車の中にいる人数は三人。アランとアンナ、そしてクリスだ。
アンナが一緒にいるためか、緊張感はあまり無かった。
だからクリスは、馬車の中でアランが見せた神秘について尋ねた。
これにアランは快く、隠し事無しに答えた。
そしてアンナに対してやったように、クリスとも練習を行った。
馬車の中なので剣を振り回すことは出来なかったが、クリスに関してはそれでも問題は無かった。やはりアランが思った通り、クリスの感知能力の素質は本物であった。
クリスが慣れてからはアンナを交えて三人で練習するようになった。三人で剣を抜き、刀身を鏡とするように、輝く剣に祈るように眼前に構えながら、感情をやり取りした。
クリスの上達は速く、みるみるうちにアンナと差をつけ始めた。それに伴い感知の範囲も急速に広がっていった。尾行の位置に気付くほどに。
その円はアランほどには大きくない。神楽を起こせるほどの強大な波も発生させられないように感じられた。
しかしそれは「今はまだ」というだけのものに思えた。練習を積めばクリス将軍はきっと化ける。アランはそう思っていた。
そして三人はそのまま練習を楽しみながら、目的地に着くのを待った。
ゆえに緊張感は薄かった。
それが問題であった。
クラウスもだ。アンナと一緒に行動出来ていることに安心感を抱いている。
アランとクラウスは致命的な間違いを犯している。ディーノを強引にでも連れてこなかったことだ。
まだ誰も気付いていない。自分達を遥かに凌駕する怪物に狙われていることに。
0
お気に入りに追加
88
あなたにおすすめの小説


いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです
yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~
旧タイトルに、もどしました。
日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。
まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。
劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。
日々の衣食住にも困る。
幸せ?生まれてこのかた一度もない。
ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・
目覚めると、真っ白な世界。
目の前には神々しい人。
地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・
短編→長編に変更しました。
R4.6.20 完結しました。
長らくお読みいただき、ありがとうございました。

ぽっちゃり幼馴染とサムライビッチ
綾 遥人
恋愛
村上翔吾は、デカイ身体にコワモテの高校2年生。若干、女子コミュ障を発症しており、彼女いない歴=17年目を迎え、熟練の域に達していた。翔吾の幼馴染で村上家の胃袋を鷲掴みしている料理上手、吉田球恵。何度も翔吾に告白するが断られ続けている。
アルバイトを始めた翔吾の前に凛という少女が現れる。凛が暴漢を叩きのめしていた所に通りがかった翔吾は凛の陰謀にはまり、交際が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる