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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に
第四十三話 試練の時、来たる(12)
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そして、父の声はまだ続いた。
「そして力を正しきことに使うことを『武』と呼び、その道を歩む者を『武人』と呼ぶ。アラン、お前もその『武人』にならねばならないのだ。それは我々、炎の一族の使命と言ってもいい」
瞬間、アランの心に不思議な感情が湧きあがった
その感情は悲しみと後悔の色が濃かった。
幼き頃の自分はなんと愚かだったのかと。
父のこの言葉に対し自分はひねくれた解釈をしたからだ。ならば、弱い自分はどうしようもないじゃないか、と。
最も大事なのはそこじゃない。重要なのは、「力を正しいことに使う」という部分だ。強弱の概念はあらゆるものに付きまとうだろうが、弱いなりにやれることはある。
ああ、なんと自分は愚かだったのか。幼き頃に気付けていれば、自分の人生は大きく違ったものになっていたのでは無いか。
しかし同時に奇妙でもある。幼き頃の自分がひねくれていたから、腐っていたから、自分はディーノやリリィと出会い、だからこそ今の自分がある。これが運命というものなのか。
そして大事なのはこれからだ。自分には他の人には無い力がある。だから――
その先の言葉は、自然と口から漏れた。
「俺はどうしたら、どうすべきなんだ? 何を『成す』べきなんだ?」
弱肉強食、そのような変えられない自然の法を「摂理」と呼び、それに人間としてどう向き合うか、どのように考え実行するか、それを「義」と呼ぶ。
この時、アランは真の武人の土俵に登ったのだ。
ここに至るまでに何度くじけただろう、何度死線をくぐっただろう、何と遠い回り道であろうか。
「……」
アランが漏らしたその問いにアンナは何も答えることが出来なかった。
そしていつの間にかアランの手は、二人の動きは止まっていた。
その事にようやく気付いたアランは、
「すまない。考えすぎた」
そう言って、練習を再開した。
そして今度はアランの方から尋ねた。
最近何があったのかと。俺がいない間どうしていたのかと。
「……」
しかしこれにもアンナは言葉を返さなかった。剣に思いを乗せなかった。
だが、それはアンナの心の表層に強く現れていた。だからアランは覗き見るまでも無く、アンナ自身から感じ取ることが出来た。
「……え?」
直後、アランは少し間の抜けた声を上げた。
同時に手も再び止まった。
それほどまでに信じ難いものだったからだ。
だからアランは、思わずそれを声に出した。
「アンナがディーノに、負けた……?」
さらに、ディーノはまだこの陣にいるという。
どこに? あれほど探しても見つからなかったのに。
「あ……」
直後、アンナが声を漏らした。
その声には「そこに」という思いの後に、「兄様の後ろからゆっくりと近づいて来ている」という言葉が含まれていた。
「え?」
そして、アランは少し間の抜けた声を漏らしながら振り返った。
そこにはアンナが言うとおり、何かがいた。
しかしあくまでも何かだ。アランにはそれがディーノだとは思えなかった。
だが、直後、
「久しぶりだなアラン」
その何かは、ディーノの声を放った。
「……え?」
しかしアランは、その挨拶に間の抜けた声を返す事しか出来なかった。
(……なんだ、これは?!)
アランには信じられなかった。
(これがディーノ?!)
まるでそこだけ切り取られているような、黒いもやのような何か。アランにはそのようにしか感じ取れ無かった。
波をぶつけても何も帰って来ない。吸収される。
まるで暗黒。何もかも吸い込む虚無。
これが本当に、ディーノ?
しかしアンナはそう言っている。そう認識している。アンナの目にはあのディーノが映っている。周りにいる目が見える者達はみな同じだ。これをディーノだと言っている。
何がディーノの身に起きたのだ。
それをアランは脳波を使ってディーノの頭に直接尋ねた。
しかしその波もやはり虚無に、暗黒に吸い込まれた。波が伝わったのかどうか、何も分からない。
(暗黒……)
そして直後、アランが抱いた「暗黒」という印象に思うところがあったアンナは、その言葉を心の中で復唱した。
確かに、言い得て妙だと思ったのだ。
しかし、目が見えるアンナが今のディーノに対して最初に抱いた印象は別のものであった。
それは「影」。
比喩では無い。本当に、ディーノのところだけ日光があまり届いていないかのように、影が薄く差しているように見えるのだ。
遠目には単純に日焼けしたかのように見える。
しかしよく見ると違う。焼けたというよりは、暗くなっているように見えるのだ。
一体、ディーノの身に何が起きているのか。
それはアンナも知りたいことであった。
だからアンナはディーノの言葉を待った。
が、直後にディーノの口から飛び出した言葉はその答えでは無かった。
「……そうか。お前でも分からないか。良かった。自信がついたよ」
そう言った後、ディーノはアランに対して背を向け、周囲を取り囲んでいる観客達の方へ歩き始めた。
「ディーノ……!」
待ってくれ、話を聞かせてくれ、そんな思いを放ちながらアランは声を上げたが、ディーノは何の声も返さなかった。
しかし代わりに、アランの頭の中にディーノの言葉が響いた。
「悪いが、まだ大した事は話せない。実はまだ俺にもはっきりとは分かってないんだ。なんとなく使えてるだけなんだ」と。
「!」
これに、ディーノが声では無く脳波を返してきたことに、アランは驚いた。
こちらからの波は吸い込んでしまうが、ちゃんと受け取っている上に、しかも返すことが出来る?!
その事実に、やはりアランはディーノから話を聞こうと、引きとめようと口を開いた。
しかしその口から音が出るよりも早く、別の者の声が場に響いた。
「せっかくの再会のところ悪いのだが、少しいいか?」
声の主はクリスであった。
「そして力を正しきことに使うことを『武』と呼び、その道を歩む者を『武人』と呼ぶ。アラン、お前もその『武人』にならねばならないのだ。それは我々、炎の一族の使命と言ってもいい」
瞬間、アランの心に不思議な感情が湧きあがった
その感情は悲しみと後悔の色が濃かった。
幼き頃の自分はなんと愚かだったのかと。
父のこの言葉に対し自分はひねくれた解釈をしたからだ。ならば、弱い自分はどうしようもないじゃないか、と。
最も大事なのはそこじゃない。重要なのは、「力を正しいことに使う」という部分だ。強弱の概念はあらゆるものに付きまとうだろうが、弱いなりにやれることはある。
ああ、なんと自分は愚かだったのか。幼き頃に気付けていれば、自分の人生は大きく違ったものになっていたのでは無いか。
しかし同時に奇妙でもある。幼き頃の自分がひねくれていたから、腐っていたから、自分はディーノやリリィと出会い、だからこそ今の自分がある。これが運命というものなのか。
そして大事なのはこれからだ。自分には他の人には無い力がある。だから――
その先の言葉は、自然と口から漏れた。
「俺はどうしたら、どうすべきなんだ? 何を『成す』べきなんだ?」
弱肉強食、そのような変えられない自然の法を「摂理」と呼び、それに人間としてどう向き合うか、どのように考え実行するか、それを「義」と呼ぶ。
この時、アランは真の武人の土俵に登ったのだ。
ここに至るまでに何度くじけただろう、何度死線をくぐっただろう、何と遠い回り道であろうか。
「……」
アランが漏らしたその問いにアンナは何も答えることが出来なかった。
そしていつの間にかアランの手は、二人の動きは止まっていた。
その事にようやく気付いたアランは、
「すまない。考えすぎた」
そう言って、練習を再開した。
そして今度はアランの方から尋ねた。
最近何があったのかと。俺がいない間どうしていたのかと。
「……」
しかしこれにもアンナは言葉を返さなかった。剣に思いを乗せなかった。
だが、それはアンナの心の表層に強く現れていた。だからアランは覗き見るまでも無く、アンナ自身から感じ取ることが出来た。
「……え?」
直後、アランは少し間の抜けた声を上げた。
同時に手も再び止まった。
それほどまでに信じ難いものだったからだ。
だからアランは、思わずそれを声に出した。
「アンナがディーノに、負けた……?」
さらに、ディーノはまだこの陣にいるという。
どこに? あれほど探しても見つからなかったのに。
「あ……」
直後、アンナが声を漏らした。
その声には「そこに」という思いの後に、「兄様の後ろからゆっくりと近づいて来ている」という言葉が含まれていた。
「え?」
そして、アランは少し間の抜けた声を漏らしながら振り返った。
そこにはアンナが言うとおり、何かがいた。
しかしあくまでも何かだ。アランにはそれがディーノだとは思えなかった。
だが、直後、
「久しぶりだなアラン」
その何かは、ディーノの声を放った。
「……え?」
しかしアランは、その挨拶に間の抜けた声を返す事しか出来なかった。
(……なんだ、これは?!)
アランには信じられなかった。
(これがディーノ?!)
まるでそこだけ切り取られているような、黒いもやのような何か。アランにはそのようにしか感じ取れ無かった。
波をぶつけても何も帰って来ない。吸収される。
まるで暗黒。何もかも吸い込む虚無。
これが本当に、ディーノ?
しかしアンナはそう言っている。そう認識している。アンナの目にはあのディーノが映っている。周りにいる目が見える者達はみな同じだ。これをディーノだと言っている。
何がディーノの身に起きたのだ。
それをアランは脳波を使ってディーノの頭に直接尋ねた。
しかしその波もやはり虚無に、暗黒に吸い込まれた。波が伝わったのかどうか、何も分からない。
(暗黒……)
そして直後、アランが抱いた「暗黒」という印象に思うところがあったアンナは、その言葉を心の中で復唱した。
確かに、言い得て妙だと思ったのだ。
しかし、目が見えるアンナが今のディーノに対して最初に抱いた印象は別のものであった。
それは「影」。
比喩では無い。本当に、ディーノのところだけ日光があまり届いていないかのように、影が薄く差しているように見えるのだ。
遠目には単純に日焼けしたかのように見える。
しかしよく見ると違う。焼けたというよりは、暗くなっているように見えるのだ。
一体、ディーノの身に何が起きているのか。
それはアンナも知りたいことであった。
だからアンナはディーノの言葉を待った。
が、直後にディーノの口から飛び出した言葉はその答えでは無かった。
「……そうか。お前でも分からないか。良かった。自信がついたよ」
そう言った後、ディーノはアランに対して背を向け、周囲を取り囲んでいる観客達の方へ歩き始めた。
「ディーノ……!」
待ってくれ、話を聞かせてくれ、そんな思いを放ちながらアランは声を上げたが、ディーノは何の声も返さなかった。
しかし代わりに、アランの頭の中にディーノの言葉が響いた。
「悪いが、まだ大した事は話せない。実はまだ俺にもはっきりとは分かってないんだ。なんとなく使えてるだけなんだ」と。
「!」
これに、ディーノが声では無く脳波を返してきたことに、アランは驚いた。
こちらからの波は吸い込んでしまうが、ちゃんと受け取っている上に、しかも返すことが出来る?!
その事実に、やはりアランはディーノから話を聞こうと、引きとめようと口を開いた。
しかしその口から音が出るよりも早く、別の者の声が場に響いた。
「せっかくの再会のところ悪いのだが、少しいいか?」
声の主はクリスであった。
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