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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十三話 試練の時、来たる(9)

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   ◆◆◆

 その後、アランは言った通りにアンナの元に向かった。
 強力な感知があるゆえに探す必要は無かった。アランの足は真っ直ぐにアンナのほうに向いていた。

「……」

 しかしその足取りは軽く無かった。
 アランは感知を使ってもう一人探していた。
 しかし見つからないのだ。
 この陣にはいない? 何かあったのだろうか? そんな考えが暗い感情とともにアランの心に湧きあがっていた。
 足を遅くしながら感知の範囲を絞り、捜索能力の精度と強度を増す。
 だが、それでも見つからない。
 牛歩のように遅くなるアランの足取り。
 しかし妹との再会の時はアランのその足取りの重さにかかわらず、早く訪れた。
 向こうのほうから走って来たからだ。

「お兄様!」

 アランが生きて戻ってきたという話は既に陣全体に伝わっていた。
 それを耳にしたアンナは誰よりも早く会いたいという思いを抱き、足に乗せていた。
 その勢いはまるで体当たりでもするかのようであったが、

「!? お兄様……目が?!」

 その足はアランの目の前で止まった。

「……」

 そして訪れる沈黙。
 アンナが口を開かないのは何と声をかければ良いのか分からなくなったから。
 アランはどう説明すればいいのか分からなかったから。
 その沈黙はアランにとっては息苦しさを覚えるほどでは無かった。
 しかしアンナにとっては重いものであることを感じ取ったアランは、咄嗟に口を開いた。

「気にしないで。問題は無いから」

 言いながら、これは無理があるなとアランは思った。
 そして思った通りに、アンナは、

「見えないのに、そんなわけが!」

 と返した。
 これにアランは「そりゃあそうだよな、そう思うのが普通だろうな」などと思い、危うく笑みを浮かべそうになった。
 いま笑えば自虐的か、不謹慎だと受け取られるに違いない。まずは説明しなくては。
 しかしどう言えば分かってもらえるのかが分からない。

(いや、待てよ?)

 そもそも言葉に頼る必要は無いのでは? それに気付いたアランは直後にいい手を思いつき、口を開いた。

「本当だよ。手を貸して」
「……?」

 兄が何を言いたいのか、何をしようとしているのか分からなかったゆえに、アンナは動けず、ただ奇妙な表情を返すことしか出来なかった。
 だからアランはやや強引にその手を取った。

「あ……え?」

 直後、アンナの体にかつて経験したことの無い感覚が走った。



 まるで自分が水の中にいるような感覚。
 その水が、世界が様々な波で満たされていることが分かる。その振動を全身で感じる。
 あの時のクラウスと同じであった。この瞬間、アンナもまた新たな世界を知ったのだ。
 しかし同時に疑問も沸き起こる。
 どうして私は、私の体は今までこれを感じ取ることが出来なかったのか――

(いや違う、これは、この感覚は――)

 その答えはすぐに分かった。正確には教えられた。
 これは私が感じ取っているものじゃない。私の体は、脳はまだそのような能力を持っていない。体に走っている振動は恐ろしく微弱なものだ。これを正確に解析する精度を、私の脳はまだ有していない。
 この感覚は兄様の感覚だ。兄様が感じ取っているものを、私が感じ取っているんだ。繋がっている手から増幅した波が送り込まれているんだ。

 アンナの考えは正解である。共感者として重要な能力は、波を正確に分析する精度と、解析した波を増幅して他者に伝播する能力である。

 良い機会なので神楽についても説明しておこう。
 共感の連鎖を利用する神楽は、発動者である神官の能力と、全体の共感能力の平均値が規模に直結する。
 ほとんどの人間は波を正確に受信、解析する能力を有していない。しかしそれは微弱な通常の波に対しての場合であり、とてつもなく大きな波であれば話は別だ。神楽の起動条件はその巨大な波を発生させることが出来るかである。
 そして波は距離に応じて減衰していくが、伝播者がそれを少しずつ増幅して他者に伝えることで、その距離を稼ぐことが出来るというわけだ。

 そしてアランがわざわざ手から伝えている理由は、あることを教えるためだ。
 そのために、アランは繋がっている手を離した。

「あ……」

 直後、アンナは残念そうな声を漏らした。
 身を包んでいた感動的な感覚が失われたからだ。

 能力が突然開花するということは、一瞬で別人に変化するということはありえない。
 なぜなら、体を作り直さなければならないからだ。古いものを破壊してから、新しく強力なものを作り直さなければならない。それには時間が必要であり、材料である大量の栄養も消費する。
 古いものの破壊には強い刺激が必要である。大きな負荷、大きな信号である。そして変化の速度には個人差があり、成長が鈍い場合には継続的な刺激が必要となる。
 しかし世の中は広い。
 鍛えるまでも無く、生まれた時点でその能力を有する人間は存在する。
 アランは違う。鍛錬によって登った人間だ。そして戦場がアランにとって良い鍛錬場となった。戦場には強い感情が、大きな波が頻繁に飛び交うからだ。
 アランの成長は早い方であった。そしてそれは才能だけによるものでは無かった。
 鍛錬を補助する道具があったからだ。
 アランはそれをアンナに教えてあげようと思っていた。
 だからアランはそれを声に出した。

「剣を抜いて、アンナ」
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