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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十三話 試練の時、来たる(6)

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   ◆◆◆

 一方、同じようにため息を吐いている者がいた。

「……ふう」

 それはクラウス。
 しかし、その息に込められている感情はまったく違うものであった。
 ここまでくればまずは一安心、そんな言葉がクラウスの頭の中で木霊していた。
 腰を下ろしている場所がただの木箱であるがゆえに、臀部は鈍い痛みを発していたが、今のクラウスにとってはどうでもよかった。
 椅子が欲しくないわけでは無い。しかし注文しても出てこないだろうとクラウスはあきらめていた。
 なぜなら、今クラウスがいる場所が戦いの最前線だからだ。こんなところで満足な家具を望むのは、世間知らずの馬鹿だけだ。
 しかしありがたいことに、この陣を守っている隊長は屋根と一つの寝具を与えてくれた。
 その寝具にはアランが横たわっている。

「……」

 アランはここに辿り着いてからほとんど言葉を発していない。
 当然である。ここまでほとんど休み無く移動し続けてきたのだから。
 だがクラウスは、明日になったらまたすぐに移動しなければならない、と考えていた。
 この陣地にいる戦力が弱いからだ。
 クラウスの意識には、あの夢で師が放った言葉がこびりついていた。
 アランは狙われている、と。
 だから移動しなければならない。幸いにも近くにクリス将軍の陣地があるらしい。そこにはアンナ様もいる可能性が高い。そこに移動するべきだ。

「……」

 クラウスは何一つ喋らず、まるで確認するかのように、同じ思考を繰り返した。
 その心の声は木霊の様にアランに伝わっていた。
 だからアランは上半身を起こし、口を開いた。

「なあ、クラウス」

 これにクラウスは、今はお休みくださいと制止しようとしたが、それよりも早くアランが言葉を続けた。

「少し前から尾行されているが、あいつらは何者だと思う?」

 この質問にクラウスは少し考えてから、

「……分かりませぬ」

 と答えた。
 しかし少しでも絞ることは出来る、それを考えていたクラウスはすぐに「ですが、」と言葉を続けた。

「教会側の人間では無いと思われます」

 同意見であったアランは頷きを返した。
 アランとクラウスは理解していた。教会が反乱を起こされていることを。
 だからこの最前線も静かなのだ。
 そしてクラウスの言葉にはまだ続きがあったが、アランは口を開き、それを代弁した。

「さらに言えばサイラスが放った追っ手でも無い、だな?」

 その言葉にクラウスが頷きを返すと、アランは言葉を続けた。

「町を出た後、しばらくはサイラスの部隊に追われた」

 これを振り切るのは難しくなかった。アランの感知能力を持ってすれば、相手の警戒線を外し、くぐり抜けることは簡単なことであった。
 しかし問題は次だ。アランはそれを言葉にした。

「しかし奴らは、それを振り切ってしばらくしてから現れた。……全く違う方向から」

 そうなのだ。「連中」が出現した方向から考えるに、サイラスの仲間とは思えないのだ。
 アランはその時のことを思い出した。
「連中」は自分達が向かっている方向から、平原の方から現れた。
 そいつらは森の中から意識を巡らし、自分のことを探していた。相手の心が、台本がそう教えてくれた。だからこれは避けた。
 しかし次の集団に見つかってしまった。
 それは商人らしき風貌をした荷馬車の一団だった。
 だから油断してしまった。相手の思考を読む前に視線に入ってしまった。遠距離から見られてしまった。
 自分を認識された直後に、意識の線がこちらに結びついた瞬間に台本が開いた。この一団は商人では無いと。自分を探すために、欺くためにそう振舞っているのだと。
 しかしかなりの距離があったおかげで、振り切ることは出来た。
 そしてその後、自分達を見失ったその一団は、先に現れた賊のような連中と合流した。
 一体こいつらは何なのか。
 なぜ、自分を探しているのか。
 その答えを導く情報をアランは持っていない。

「……」

 だからアランの言葉はそこで止まってしまった。
 しかしまだ気になる事があったアランは、その口を再び開いた。
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