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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に
第四十三話 試練の時、来たる(4)
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◆◆◆
一方、蜘蛛と称されたものが探している『彼女』は、まだ森の中を移動していた。
「……」
シャロンは息を乱す事無く、軽快に駆けていた。
虫の報告から、連中の狙いはやはりアランであることが分かった。
そしてどうやら、先ほどそのアランは見つかったようだ。
情報の流れが止まったのがその証拠。上からの指示を待っているのだ。伝達者の心を読むまでも無い。
指示はまだ下りてくる気配が無い。しかし準備はしているはずだ。
(さて……アランは一体どこに)
これに関しても伝達者の心を読む意味は無い。伝達者は情報を運んでいる虫に魂の力を与え、次の伝達者に向かって投げ送るという作業をしているだけなのだ。何もしらない。
ゆえにアランの位置を知るには、情報を持つ虫自体を捕まえるか、末端にいる者、最前でアランに張り付いているものを見つけなければならない。そして情報の流れが止まった以上、期待できる選択肢は後者のみだ。
「……っ」
そして、ある虫からの報告を聞いたシャロンはその場で足を止めた。
帰ってきた内容は「辿り着けなかった」というもの。
捜索のために放った虫がその力を使い果たしたのだ。
つまり、かなり遠いということ。
(アランが収容所から姿を消して既に二ヶ月。その間、移動し続けていたとしたら……馬を使ったとしたら、既に故郷に辿り着いていても不思議では無い)
ならばこちらも馬を使わないと。
しかしそうすると確実に見つかる。連中と合流することになる。
そうなると再び隠れるのは難しくなる。好き勝手するのが難しくなる。言い訳を作るのが困難になる。
(……やむを得ない、か)
そう考えたシャロンはその足を、最寄にある馬屋の方へ向けた。
「……?」
直後、シャロンは足に違和感を感じた。
足が重くなったような、反応が鈍くなったように感じたのだ。
そして同時にある感情が湧きあがった。
「逃げたい」「やめたい」という類のものだ。
「!?」
瞬間、シャロンの背中は「びくり」と跳ね上がった。
これはマズい、という危機感とともに心臓が加速する。
「……」
シャロンは即座に目を閉じ、意識を集中させた。
「自己点検」するためだ。
それはすぐに終わった。
見つかった「問題」を「上」に報告する。
すると間も無く、シャロンの足はいつもの感覚を取り戻した。
「……」
しかしシャロンの気持ちは晴れなかった。
シャロンの身に何が起きているのか。
これはオレグの身に起きたものと似た問題である。
違うのは、シャロンの体において「第四の存在」は権力を持たないということ。シャロンの体は基本的に独裁制度である。
しかし、裏の手があるのだ。
第四の存在が持つ機能自体は失われていない。それを利用した攻め手だ。
良い機会なので「第四の存在」について説明しよう。もう隠す必要は無いからだ。
オレグの過去話が出た時点で気付いた方がいると思うが、「第四の存在」とは「魂を一から創造する」機能を持つ存在である。つまり、肉体である。肉体が己を操作、支配する独裁者を自ら生み出しているのだ。そして魂が理性と本能を生み出す。
なぜ、そんなことをするのか。そのようになっているのか。
理由は単純である。独裁の方が何をするにも速いからだ。メリットはそれのみであり、それが肉体においてはとても重要である。考えてみてほしい。命の危機が迫っているような緊急時に、多数決を取っている暇があるのかと。
ではオレグはその弱点をどのように補っているのか、と思われた方は多いだろう。申し訳ないが、ここでそれについて触れるのは避けさせていただく。オレグには「技」がある、とだけ言っておこう。
話を戻そう。
既に独裁者がいる場合は第四の存在は活動しない。
しかしある条件が満たされている場合は別だ。
それは、いま存在する独裁者が第四の存在にとって「気に食わない者」である場合だ。
第四の存在は支配者が誰でもいいわけでは無いのだ。ゆえに、「作り変える」。
ケビンが真実に辿り着いた時に疑問に思った方は多いだろう。なぜ、シャロンは作り変えられないのかと。
実際にはシャロンも時々作り変えられている。しかしシャロンはそれを「自己修復」しているのだ。混沌にはそのための部品、予備も格納されている。シャロンは定期的に「メンテナンス」されている。
つまり、シャロンは本来あるべき関係を歪ませているのだ。
そして本来あるべきシャロンとは、元のシャロンとはどういう人物だったのか。
それは今シャロンの身に起きている問題から察することが出来る。
シャロンの心に突然湧きあがった「逃げたい」「やめたい」という感情が答えである。
元のシャロンは臆病な人間である。戦いに身を晒すことなどありえないほどの。
臆病であること自体は弱点では無い。危険な対象から隠れる能力に長けていれば、生存するという点では有利に働く。
だが、逃げられない、または逃げてはいけない状況というものは存在する。こちらから攻め込まなければ、先手を仕掛けなければならない時というものは必ずある。
元のシャロンはその点に関しては論外の域だ。元のシャロンに出来たことは「逃げ」の一手のみである。シャロンの肉体がそのような支配者を望んだがゆえに、シャロンは臆病な気質に作られたのだ。
そのような欠点や問題は改善されることがある。ケビンが良い例だ。魂が理性や本能の影響を受けて変化することがあるように、同じことが第四の存在、肉体にも起きることがあるのだ。
そして変わっているのはケビンだけでは無い。さらに言えば、その変化はケビンのような急なものだけでは無い。描写するまでも無い、本人すら気付かないようなゆっくりとしたものもある。ある者がその変化を突然自覚し、驚く場面がもうじき描かれるだろう。
だが、それはシャロンでは無い。シャロンの肉体に変化が起きる望みは薄い。その理由としては、シャロンがいつでも逃げようと思えば逃げられる立場にあることが大きい。
ゆえに、シャロンの「点検と修理」では根本的問題は解決しない。ただの時間稼ぎである。
そしてその問題が発生する周期が短くなってきていることをシャロンは自覚していた。
だから、シャロンは、
(アランの件が片付いたら、すぐにでも『調整』してもらったほうがいいわね……)
と考えていた。
一方、蜘蛛と称されたものが探している『彼女』は、まだ森の中を移動していた。
「……」
シャロンは息を乱す事無く、軽快に駆けていた。
虫の報告から、連中の狙いはやはりアランであることが分かった。
そしてどうやら、先ほどそのアランは見つかったようだ。
情報の流れが止まったのがその証拠。上からの指示を待っているのだ。伝達者の心を読むまでも無い。
指示はまだ下りてくる気配が無い。しかし準備はしているはずだ。
(さて……アランは一体どこに)
これに関しても伝達者の心を読む意味は無い。伝達者は情報を運んでいる虫に魂の力を与え、次の伝達者に向かって投げ送るという作業をしているだけなのだ。何もしらない。
ゆえにアランの位置を知るには、情報を持つ虫自体を捕まえるか、末端にいる者、最前でアランに張り付いているものを見つけなければならない。そして情報の流れが止まった以上、期待できる選択肢は後者のみだ。
「……っ」
そして、ある虫からの報告を聞いたシャロンはその場で足を止めた。
帰ってきた内容は「辿り着けなかった」というもの。
捜索のために放った虫がその力を使い果たしたのだ。
つまり、かなり遠いということ。
(アランが収容所から姿を消して既に二ヶ月。その間、移動し続けていたとしたら……馬を使ったとしたら、既に故郷に辿り着いていても不思議では無い)
ならばこちらも馬を使わないと。
しかしそうすると確実に見つかる。連中と合流することになる。
そうなると再び隠れるのは難しくなる。好き勝手するのが難しくなる。言い訳を作るのが困難になる。
(……やむを得ない、か)
そう考えたシャロンはその足を、最寄にある馬屋の方へ向けた。
「……?」
直後、シャロンは足に違和感を感じた。
足が重くなったような、反応が鈍くなったように感じたのだ。
そして同時にある感情が湧きあがった。
「逃げたい」「やめたい」という類のものだ。
「!?」
瞬間、シャロンの背中は「びくり」と跳ね上がった。
これはマズい、という危機感とともに心臓が加速する。
「……」
シャロンは即座に目を閉じ、意識を集中させた。
「自己点検」するためだ。
それはすぐに終わった。
見つかった「問題」を「上」に報告する。
すると間も無く、シャロンの足はいつもの感覚を取り戻した。
「……」
しかしシャロンの気持ちは晴れなかった。
シャロンの身に何が起きているのか。
これはオレグの身に起きたものと似た問題である。
違うのは、シャロンの体において「第四の存在」は権力を持たないということ。シャロンの体は基本的に独裁制度である。
しかし、裏の手があるのだ。
第四の存在が持つ機能自体は失われていない。それを利用した攻め手だ。
良い機会なので「第四の存在」について説明しよう。もう隠す必要は無いからだ。
オレグの過去話が出た時点で気付いた方がいると思うが、「第四の存在」とは「魂を一から創造する」機能を持つ存在である。つまり、肉体である。肉体が己を操作、支配する独裁者を自ら生み出しているのだ。そして魂が理性と本能を生み出す。
なぜ、そんなことをするのか。そのようになっているのか。
理由は単純である。独裁の方が何をするにも速いからだ。メリットはそれのみであり、それが肉体においてはとても重要である。考えてみてほしい。命の危機が迫っているような緊急時に、多数決を取っている暇があるのかと。
ではオレグはその弱点をどのように補っているのか、と思われた方は多いだろう。申し訳ないが、ここでそれについて触れるのは避けさせていただく。オレグには「技」がある、とだけ言っておこう。
話を戻そう。
既に独裁者がいる場合は第四の存在は活動しない。
しかしある条件が満たされている場合は別だ。
それは、いま存在する独裁者が第四の存在にとって「気に食わない者」である場合だ。
第四の存在は支配者が誰でもいいわけでは無いのだ。ゆえに、「作り変える」。
ケビンが真実に辿り着いた時に疑問に思った方は多いだろう。なぜ、シャロンは作り変えられないのかと。
実際にはシャロンも時々作り変えられている。しかしシャロンはそれを「自己修復」しているのだ。混沌にはそのための部品、予備も格納されている。シャロンは定期的に「メンテナンス」されている。
つまり、シャロンは本来あるべき関係を歪ませているのだ。
そして本来あるべきシャロンとは、元のシャロンとはどういう人物だったのか。
それは今シャロンの身に起きている問題から察することが出来る。
シャロンの心に突然湧きあがった「逃げたい」「やめたい」という感情が答えである。
元のシャロンは臆病な人間である。戦いに身を晒すことなどありえないほどの。
臆病であること自体は弱点では無い。危険な対象から隠れる能力に長けていれば、生存するという点では有利に働く。
だが、逃げられない、または逃げてはいけない状況というものは存在する。こちらから攻め込まなければ、先手を仕掛けなければならない時というものは必ずある。
元のシャロンはその点に関しては論外の域だ。元のシャロンに出来たことは「逃げ」の一手のみである。シャロンの肉体がそのような支配者を望んだがゆえに、シャロンは臆病な気質に作られたのだ。
そのような欠点や問題は改善されることがある。ケビンが良い例だ。魂が理性や本能の影響を受けて変化することがあるように、同じことが第四の存在、肉体にも起きることがあるのだ。
そして変わっているのはケビンだけでは無い。さらに言えば、その変化はケビンのような急なものだけでは無い。描写するまでも無い、本人すら気付かないようなゆっくりとしたものもある。ある者がその変化を突然自覚し、驚く場面がもうじき描かれるだろう。
だが、それはシャロンでは無い。シャロンの肉体に変化が起きる望みは薄い。その理由としては、シャロンがいつでも逃げようと思えば逃げられる立場にあることが大きい。
ゆえに、シャロンの「点検と修理」では根本的問題は解決しない。ただの時間稼ぎである。
そしてその問題が発生する周期が短くなってきていることをシャロンは自覚していた。
だから、シャロンは、
(アランの件が片付いたら、すぐにでも『調整』してもらったほうがいいわね……)
と考えていた。
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