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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十三話 試練の時、来たる(3)

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 だからルイスは薄い笑みを浮かべながら尋ねた。

「生きていた頃の名前は覚えていないのかい?」

 彼は首を振った。

「……名前があったのかどうかすら思い出せない」

 これにルイスは「そうか」と返した後、次の質問を投げた。

「じゃあ性別は? これくらい覚えているだろう」

 彼はこの質問にも即答出来なかった。

「……実は、それすらもよく覚えていないんだ」

 しかし彼は「でも、」と言葉を続けた。

「……僕は男の名前が欲しいと思っている。男性として、男らしく振舞いたいと思っている。……この感覚が、かつて男として生きていたからなのかどうかは分からないけれど」

 その言葉に、ルイスは少し間を置いてから口を開いた。

「……じゃあ、『アトラク=ナクァ』っていうのはどうだ?」

 聞いた事の無い名詞であったゆえに、彼は尋ねた。

「なんだい、その、『アトラク=ナクァ』っていうのは?」

 ルイスは浮かべている笑みを強くしながら答えた。

「恐怖を題材にした娯楽話に出てくる、蜘蛛の神様の名前だよ」

 この答えに、彼は微妙な表情を作りながら、再び尋ねた。

「蜘蛛? ルイス、君は僕が蜘蛛に似ていると言いたいのかい?」

 ルイスは「ああ」と肯定の返事を返し、言葉を続けた。

「大きく網を張って獲物を捕らえる、まさに蜘蛛だと思うぞ」

 そう言われればそうなのかもしれない、生きている人間にはそう見えるものなのかもしれない、彼はそう思ったが、やはり微妙な表情は戻せなかった。「恐怖を題材にした娯楽話」という部分が気に食わなかった。
 だから彼は再び尋ねた。

「ルイス、僕はそんなに恐ろしい存在に見えるかい?」

 これにルイスは再び同じ肯定の言葉を返し、理由を述べた。

「普段はかなり大きいからな。初めて見る人はみんな驚いて警戒すると思うぞ」

 自分もそうだったからな、とルイスは言葉を付け足した。

「……」

 彼は微妙な表情を維持したまま押し黙り、ルイスが別の候補を提案してくれることを期待した。
 しかし、それはどうやら無駄のようであった。
 だから彼はあきらめ、

「……わかった。じゃあそれでいいよ」

 とりあえず受け入れることにした。

 この日、一つの大きな存在に名前が与えられた。

 翌日、ルイスは思い出す。
 作者によって、話に登場する『アトラク=ナクァ』は男性であったり、女性だったりすることを。
 しかしルイスは「まあ、大したことでは無いな」と勝手に判断し、本人には黙っておくことにした。

 はたして、ルイスとこの蜘蛛の怪物は一体どういう関係なのか? どういう立場にあるのか?
 そもそも、ルイスは何者なのか?
 今のところアランの味方では無い。共感を使ってアランの才能の開花をうながそうとしなかったことがその証拠だ。ルイスがその気なら、この物語は序盤から大きくその様相を変えていただろう。
 しかし敵でも無い。もしそうであったなら、アランの物語はとっくに終わっている。
 今のところルイスは中立を装って(よそおって)いる。アラン達の戦いから距離を置いている。しかしある者に協力しているゆえに、ルイスはまったくの無関係というわけでは無い。
 そしてそれだけでは無い。ルイスにもシャロンが抱いているような夢が、望みがあり、それを目指して行動している。
 だがそれはシャロンのものと比べると途方も無いものだ。一人の人間の一生ではとても辿り着けないような、そんな大きなものだ。
 しかし、時間というものはルイスにとってさしたる問題では無い。その点に関しては、ルイスは蜘蛛の怪物とほぼ同じ価値観を持っている。
 だからルイスはのんびりと構えている。ゆえにその行動は非常に遅い。いつか出来たら、叶ったらいいな、程度に夢を追っている。危険から身を遠ざけて。

 しかしリックが来たことで、その状況にヒビが入ったことをルイスはまだ気付いていない。
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